怪盗ソルシエールから犯行予告状を受け取ってから数日後。
その予告状に記された日付――つまり、僕らの街の博物館で宝石展が開催されるその初日。
一日の授業を終えた僕らは、急いで件の博物館へと足を運び、早速、頑丈そうなガラスケースに納められた巨大な青いダイヤモンドを眺めていた。
怪盗ソルシエールから犯行予告状を受け取ってから数日後。
その予告状に記された日付――つまり、僕らの街の博物館で宝石展が開催されるその初日。
一日の授業を終えた僕らは、急いで件の博物館へと足を運び、早速、頑丈そうなガラスケースに納められた巨大な青いダイヤモンドを眺めていた。
お~……
これが世界最大のブルーダイヤモンドっすか……
ネレイドの涙……
奇麗……
ネレイドって確か、ギリシャ神話に出てくる海の精霊の名前よね?
その海の精霊が落とした涙に例えるだなんて……
中々いいセンスしてるじゃない
ただのブルーダイヤモンドというだけでも天然というだけで超希少なのに、それがこの大きさとなるとその価値は計り知れないですね……
マサヒロが青い宝石の大きさに目を見張り、鏡花さんが吸い込まれそうな輝きにうっとりとし、どこか陶酔とするように奈緒が蘊蓄を披露して、予告状を届けた女子生徒がほうっと息をついた。
みんなそれぞれその美しさと大きさに目を奪われているけど、僕にはその頭に超が何個もつく希少なダイヤモンドよりももっと気になることがあった。
って、どうしてあなたまで一緒にいるんですか!?
ナチュラルに僕らに混ざりこんでいた、ソルシエールからの予告状を届けた女子生徒にツッコむと、彼女は一瞬キョトンとした後、僕を振り返った。
改めて自己紹介させていただきますね
私は大久保ルルと申します
学年は横島先生たちと同じです
以後、お見知りおきください
微笑みながら、まるで社交界で披露されそうな優雅なお辞儀をする大久保ルルさんの態度に、ぽかんと間の抜けた表情をさらした僕も慌てて頭を下げる。
あ……
これはどうもご丁寧に……
横島正太郎といいます……
よ……よろしくお願いします……
はい、知ってます
横島先生の名探偵の噂はよく聞いてますし、私自身、依頼しましたから……
そう言えばそうでしたね……
たはは、とごまかし笑いを浮かべていると、突然、僕と大久保さんの間に奈緒が強引に割って入ってきた。
先生!
見てください、このガラスケース!
かなり頑丈に作られていますよ!
ぐいぐいと僕の腕を引っ張る奈緒に、大久保さんは微笑ましいものを見たかのように目を細めた。
あらあら……
私はお邪魔みたいですし、目的のものも見れたのでお先に失礼させていただきますね
そう言いながらその場を去っていく大久保さんを見送っていると、再び奈緒に腕を引っ張られた。
ほら、先生!
こっちです!
……なんだか今日の奈緒は、彼女らしくない気がする……。
そんな訝しさを覚えながらも、とりあえず促されるままに「ネレイドの涙」を覆っているガラスケースに目を向けた。
柔らかそうなクッションの中央に鎮座する、見るものを魅了する巨大なブルーダイヤモンドを覆うのは、それだけで頑丈そうなガラスケース。
きっと、生半可な衝撃ではびくともしないんだろうなと簡単に予想できる。
さらにその、頑丈そうなガラスケースは、幾つもの鍵で強固に固定されていて、簡単に取り外せそうにない。
ここまで厳重に封印するということはきっと……。
ソルシエールへの対策……
なんでしょうね……
……うん、まったくもってその通りなんだけど……。
僕の心の声を勝手に読み取らないで。
くくく……。
私は、自分の部屋で準備をしながら、昼間に下見したときの様子を思い出して小さく笑みをこぼした。
いくら頑丈そうなガラスケースに保管して、幾重にも鍵を取り付けようと、この私の前には無意味だということをまだ理解できていないらしい。
あの程度の単純な鍵の構造ならば、私なら一つ5秒もあれば開けられる。
恐らく配備されるであろう警察に関しても、毎回面白いように出し抜かれてくれるので問題はない。
それに、もしかしたら唯一の障害となるかもしれない名探偵のあの少年も、接触してみた限りでは大した脅威とはなりえない。
どうやら、今夜の獲物も楽に奪うことができそうだ。
思わず、警察やあの名探偵の少年が出し抜かれて間抜けな顔を晒す様子を思い浮かべてしまい、私は溢れる笑いをとめることができなかった。
とはいえ、いつまでもそうしているわけにはいかず、とりあえず頭を振って笑いを追い出す。
さぁ、もうすぐショーの時間だ……。
今夜も楽しくいこうじゃないか……。
くっくっく……。
急げ!
予告時間までもう時間がないぞ!!
閉館した博物館の中を、警察の人たちが慌しく動き回っているのを、邪魔にならないように端っこによって眺めていると、マサヒロが感心したようにぼやいた。
ほへ~……
同じ警察でも、相月さんのお父さんとまた随分と違いますね……
そりゃそうよ……
うちのお父さんは殺人を専門とする捜査一課で、こっちは捜査三課
課が違えば、毛色も随分と変わってくるもんよ……
くぁ……
素人どもはだまっとれ!!
欠伸をかみ殺しながら奈緒が答えると、指示を出している刑事さんに睨まれて、僕らは慌てて首を引っ込める。
怪盗ソルシエールが予告した時間までもう少しだし、余裕がないのだろう。
ちなみに、本来ならばとっくに家に帰っていなければいけないはずの僕らが、何故この場にとどまることを許されているかということを軽く説明すると、閉館時間になったと同時に、奈緒曰く捜査三課の刑事さんたちが乗り込んできて、まだ館内に残っている人たちを追い出し始めた。
当然、怪盗ソルシエールを捕まえようと息巻いていた(僕を除く)探偵部の面々は、その横暴さに納得できずに反抗した。
そして喧々囂々と言い争いをし、果ては警察側が「公務執行妨害」の現行犯で逮捕するぞと脅された直後だった。
まぁまぁ、そんなこといわずに……
私からも彼らが残ることをお願いしますよ……
優しそうな笑みとともに現れた一人の男性が、にこやかに警察へ話しかけた。
しかし館長さん……
こいつらはまだ子供ですし……
これは我々警察の仕事ですから……
刑事さん、ご存じないんですか?
彼らはただの子供じゃありませんよ?
彼らは、近所の高校に通う探偵部です
話によると、数々の事件をすでに解決に導いているとか……
たしか……、先日起きた殺人事件もあっという間に解決したって話ですよ?
彼らがいれば実に心強いじゃないですか……
あくまでもにこやかに説得する館長に根負けしたのか、刑事さんはしぶしぶといった様子で僕らが残ることを認めてくれた。
と、まぁそうして僕らもまた、こうして閉館後の博物館に残っているわけだ。
僕がそんなことを考えていると、突然奈緒が表情を引き締めながら僕に声をかけてきた。
先生……
ソルシエールの予告時間まで後一分をきりました……
瞬間、その声が聞こえたわけでもないだろうけど、その場にいた全員が動きを止めて固唾を呑む。
どこから、どうやって現れるのか。
それが分からず緊張する僕らをよそに、徐々に時間は減っていく。
そして、全員が各々の時計を眺める。
あと10秒……
9……
8……
7……
6……
5……
3……
2……
1……
0!
カウントダウンが0になった瞬間、館内の照明がいっせいに落ちた。
思わぬ事態に僕らが息を呑むのと同時に、突然、ブルーダイヤモンド「ネレイドの涙」があるところから盛大に煙が噴出した。
!?
なに!?
全員が驚きながら見守る中、ゆっくりと煙が晴れていき、その中から奇妙なお面をつけた一人の男性が姿を現した。
ふふふふはははははは!
手ぬるいな、警察諸君!
世界最大のブルーダイヤモンド「ネレイドの涙」はこの通り、私がいただいた!!
それではまた、どこかでお会いしましょう!
その手に「ネレイドの涙」を輝かせて、その男性……ソルシエールはゆっくりと空中へ舞い上がり、やがて姿を消した。