やがて沙希が入ってきて、話しかけられる間もなく担任はやってきて。ホームルームが始まる。

沙希の号令に合わせて席を立ち上がり、礼をして着席。

五十路手前の、皺が目立つ顔のうちの担任。

定年までの時間をやり過ごそうとしているかのように事なかれ主義を貫いた結果、大卒後数年は満ち溢れていたはずの生気をいつの間にか失くした目を瞬かせる。

つまらないことを告げるような口調で開口一番こう言った。

転校生を紹介します


どうやら谷口の噂というのは、正しかったようだ。珍しい。

急に生徒達は落ち着きを失い、ホームルーム中にも関わらず隣前後で話し声を立て始める。

静かに。じゃあカガミさん、入ってきて


カガミ?

違和感。

俺はほんのついさっき。本当に今しがた。

そんな珍しい名前を思い出していたような。

転校生が教室へと入って来た。

……………夢?

教壇に立った転校生はあの、公園の真ん中に立っていた女の子だった。

彼女は周囲の生徒と同じように、青海学園の教室に溶け込んでいる。

非日常が日常に紛れ込んで同じ空間に立っている。そんな違和感。

喩えになってない。そのまんまじゃないか。

俺はどうしようもなく混乱してるらしい。

再び教室が騒がしくなる。可愛いとか、綺麗とか、そんなくだらない単語が聞き取れた。

俺は何故か腹が立つ。

違うだろ。もっとよく見ろよ。そんな言葉じゃなくて、言葉なんかで言い表せない不自然さに気付かないのかよ。

そんなことを頭の片隅で考えながら、目は彼女の一挙手一投足を追っていた。

何かを期待して。

教卓の横に立つ彼女は、視線を教室の右から左へと巡らせて、それが俺の方に向くと一瞬その動きを止め、ふと微笑んだ、気がした。

気のせいだ。しかし不意に、心臓が高鳴る。偶然で片付けるにはあまりに。

はい、じゃあ黒板に名前書いて、自己紹介を


彼女はゆっくりとした動作で黒板上にチョークを走らせ、文字を浮かび上がらせた。

そして振り向いて。見渡す。

沈黙。

カガミ、ミヨ


ほとんど抑揚のない声で、彼女は言った。

そしてその声は、教室の静寂へと吸収されていった。

教室中の視線が彼女に集まり、これから始まるであろう彼女の自己紹介への期待で満ちる。

そして彼女は再び口を開いた。

私の家には昔、神様がいた


…………あまりにも唐突な一言だった。

教室にいる彼女を除いた全員が、言葉を失い、その語りに引きこまれた。

いや、引きずり込まれた。誰もが思考を止め、ただ言葉を受け入れた。

それこそ望んでいたことであったかのように彼女は『自己紹介』を続けた。

けど、その神様はもういない。死んだから


彼女の真剣な眼差しを見ると、決して冗談で言っているとは思えない。

それでも、言ってること自体は昨日俺に語ったのと同じように、トンデモな内容。

家に神様がいた、神様は死んだ。

正気に戻ったかのように周りは皆、一様に困惑した表情を浮かべていた。

だが、何故だろう。気付けば俺だけは。一字一句聞き逃さないよう前のめりになっていた。

神様。

神様は死んだ。

知ってる?神様って自殺するの。今はもう誰も、私でさえも信じてない


そして、彼女は俯いて喋らなくなった。

神様がいた。神様は死んだ。神様が自殺した。

その言葉の意味はわからずただ脳裏を言葉だけが駆け巡り俺は確信した。

彼女は違う。

この教室にいる他の人間とは、根本から違っている。

異質だ。

異端だ。

異常だ。

だから思った。

彼女を知りたい。彼女に触れてみたい。

………と、というわけだから。皆、よろしくやってくれ。
鏡もわからないことがあれば、さっき紹介した委員長の天河に聞いてくれ


あっけにとられていた高杉が、思い出したかのように言った。

少女のあまりに異質な自己紹介は何でもなかったことにされる。

それでも彼女が消えてなくなることはなく、そこにいた。

安堵の息を吐いてしまう。

じゃあ、鏡の席は……って机を持って来るの忘れたな。
間宮、悪いが今から鏡と一緒に教科準備室から机と椅子を運んできてくれ。
彼女の席はお前の後ろだ


そして俺が望んだ機会は、思ったよりも早く訪れた。

あたかもそれが運命であるかのように。

わかりました

あと、鏡。今言ったとおりお前の席は窓際の一番後ろ、そこの間宮の後ろでいいな?

はい


彼女が俺を見ていた。

目が合う。

pagetop