何もせずに無為に過ごした日曜をまたいで、今日も一週間が始まる。

喧噪に包まれる教室の脇を通り、俺は席に着いた。

教壇の上に掛けられた無機質な時計は、八時二十五分を指している。

また一日を演じきってしまわないと。

そう思うと、抑えようもなく自然とため息が漏れ出た。

昨夜の思考を引きずってしまってるらしい。

切り替えよう。無理矢理にでも。

朝っぱらから元気ないな。天河さんは?一緒じゃなかったのか?

見上げると、谷口が顔をニヤつかせながら俺の席の横に立っていた。

あいつなら校門前で別れたよ、担任に呼ばれているんだって

いいタイミングで話しかけてくれた。俺は声なく目の前に級友に感謝する。

お前……何したんだ?

なんで俺のしたことであいつが担任に呼ばれると思うんだよ


何もしてない、はずだ。

いや本当に。

とまあ冗談はさておいて。今日はそんな元気のないお前に、良い知らせがある。たぶん天河さんがうちの担任に呼ばれたのもそのためだ

良い知らせ?

訝しげな声を出す俺の反応に満足したらしい谷口は、急にわざとらしく声を潜めて言った。

ああ。これはとある情報筋から聞いたんだがな

なんだよ

具体的にはうちの担任が、先週の教室掃除の連中に漏らしちまったらしいが

その前置きの長さはわざとか、早く知らせってのを言ってくれ

悪い悪い、実はな。なんと今日うちのクラスに、可愛い転校生が来るっていう噂が流れている

可愛い転校生?

ああ。それも相当なものらしい。どうだ、楽しみじゃないか?

俺は拍子抜けしてため息まじりに答えた。

いや、別に

すると谷口は、これみよがしに大げさに肩を落とした。

あーあ。全くこれだから……

なんだよ


転校生程度にそこまで嬉しそうにする方がおかしいだろ。

そんなことを思っていたら、意外な方面を突かれた。

わかってるよ。結局お前は、天河さんのことしか頭にないんだろ

は?

チャイムが鳴り、四方八方に散っていた生徒が各々の席に戻る。

可愛い幼なじみ持ちめ!爆発しろ!

谷口はそんな捨て台詞を残して去って行った。

………


何なんだ一体。

谷口にしろ。図星を突かれたような顔をしてしまった俺にしろ。

空を、見上げた。

青く澄んだ空には、色々な形をした雲が浮かんでいて、彼方には入道雲が見える。

蝉の鳴き声は、先週よりも遠くに聞こえる気がした。

こうして冷静になってみると。冷静にさせられてみると。
心底どうでもいい。本当に、どうだっていい。

転校生も、谷口も、クラスの奴らも。

そして、天河沙希でさえも。

このゴミ溜めのような日常。与えられた役割を果たすだけの日々。

沙希と仲が良いからなんだ。転校生が可愛いからどうした。

俺が誰でもなくて誰かであって、それで俺は救われるか?

もう、どうでもいい。

早く終わって欲しいとすら思う。

俺はあと何年経てば周囲に波風立たせずに消えるように死ねるんだ?

あなたは人を殺す側?私は違う

鏡水夜

あなたはランプをこすって何を望む?


ふと、昨日の出来事が思い浮かんできた。

俺はどう答えたっけ。そう、確か。

救い

或いは。

或いは彼女なら、変えることが出来るのだろうか。

この腐りきった日常を。

俺を救えるのか。

馬鹿げてる。

もう二度と会うことのないだろう夢みたいな少女に救いを求めるなんて。

自嘲の笑みが溢れ、俺は隠すように口元を手で覆った。

嗚咽を押し殺すように。

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