本当は何でもなくない。
昨日、あけみから聞いた言葉が頭の中をリフレインしている。
隼人
……
隼人って!
……
おい! 隼人!
はっ!
どうした? ボーっとして
べ、別になんでもねーよ
本当は何でもなくない。
昨日、あけみから聞いた言葉が頭の中をリフレインしている。
冗談だよな?
冗談?
悪かったって! 確かに冷たくしてしまってたかもしれないけどさ……
慣れから来る甘えって奴でさ……
お前のこと、ちゃんと心から大好きだから、そんな試すような嘘つかなくていいからさ……
……嘘じゃないよ
え……じゃあ、マジで?
うん、これ、くっきり線が出てるでしょ?
あけみが差し出したのは妊娠検査薬。
棒状のものにくぼんだ窓があり、そこに線が出ている。
あけみが言うには妊娠していると、線が浮かび上がるという。
……つまり、結果は陽性。
……
ねえ、一緒に病院に行ってくれるよね?
びょ、びょ、病院!?
うん、産婦人科! 本当に妊娠しているか、診て貰わなくっちゃ!
ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!
? 落ち着いているけど?
違う! 落ち着くのは俺だ!
何が何だかよく分からない。
展開に付いて行けない。
とりあえず、お前は早く帰れ! 明日の放課後、ちゃんと話そう!
う、うん……分かった!
もちろん、昨日は一睡も出来なかった。
そして、もうすぐ放課後がやって来てしまう。
放課後……だ。
隼人~来たよ~!
ふっ、奥さんのお出ましか……
いつも旦那がお世話になってます!
……旦那じゃねーし
……
じゃ、ごゆっくり~
そそくさと立ち去る颯太。
その気の使われ方が意味もなく俺をイラつかせる。
俺はあけみを促すと、無言のまま一緒に屋上へと上がった。
……で、体調は大丈夫なのか?
体調? 大丈夫だけど?
いや、その、なんだ……「つわり」っていうのがあるんだろ?
今のところは大丈夫!
そっか、ならいいけど
で、いつ病院に行く? 早い方が良いと思うんだ
あー、そのことなんだけどさ……
?
妊娠が確定したとして……産むの?
産むの? って……どういうこと?
い、いや、俺たち、まだ学生だしさ……
うん、そうだね
まだ、就職もしてないし、そもそも結婚もしてないわけで……
ウン、ソウダネ……
そんな状態で、子育てなんて、出来るのかなって……
エ? ソレッテ……
「産ムナ」ッテ……コト?
あけみが一歩、にじり寄る。
無意識に俺は一歩、後ずさった。
えっと、いや、あ、あのさ……
ドウイウコト?
ネエ?
ドウイウコトナノ?
また、あけみが一歩、にじり寄って来る。
俺の知らないあけみが、目の前にいた……。
いや、その、さ、はは……
ナニ笑ッテルノ?
ネエ?
ナニガオカシイノ?
また、一歩。
さらに一歩、もう一歩。
背中にはいつの間にか、金網の感触。
これ以上はもう下がれない……!!!!!
な、名前も考えとかなくちゃだな!
……
男の子だったら格好良い名前、女の子だったら可愛い名前がいいな☆
あ、でもキラキラネームはダメだよ!
だな! はははっ!
俺は覚悟を決めるしかなかった。
ところで妊娠したこと、誰にも言ってねーだろーな?
? 言ったけど?
親にも相談して、これからのこと、考えないといけねーしな……って
えーー!!!!!!
麗花ちゃんと小春に言っちゃった!
ちょっ、おま……
ちょうどその時、校内放送が鳴り響いた。
「えー、山崎隼人と戸塚あけみ、至急、生徒指導室まで来るように」
くはっ……
半分、口から魂が抜け出た気がする。
そして、仰ぎ見た空はこの上なく青かった……。