第五話 凄惨なるお茶会
第五話 凄惨なるお茶会
――学生寮 サニーの部屋――
だからちゃんと反省はしてるんだよ。
ごめんね、レイリー?
その言葉は聞き飽きました!
今回の事件があってから、私が学園でなんて呼ばれているか知ってますか?
『キス魔レイリー』ですよ!
ぶふっ
アニー。笑うのは可哀想だろう
えへへ、ゴメーン
大丈夫ですわよ。
ちゃんとこの件に関しては先生方から説明がされてるハズですから、
そのうち誤解も解けますわ
……問題は心の傷のほうだよね……
小さな声で呟いたのはナタリア・テレシコワだった。
人見知りで影の薄い彼女はサニーたちと同じ黒組にもかかわらず、
その影の薄さゆえ友人たちにさえたびたび忘れられていた。
しかし彼女ももれなく『レイリーキス魔事件』もとい
『レイリーサキュバス乗っ取られ事件』の被害者だったのでここに呼ばれた。
この『サニー主催、みんなへのお詫びのお茶会』に。
ええっと。そういうワケでもゴメンねってことで、みんなを呼んだんだよね。
だからほら! 今日はアタシのおごりだからっ
サニーはそう言って頭を下げながら、山盛りのお菓子をテーブルに置いていく。
澄んだ色の紅茶と一緒に並べられたのは七色のマカロン、みずみずしいフルーツ、
香ばしいクッキーにふっくらとしたシュークリーム、チョコのかかったドーナツ。
流行の駄菓子もあるし、甘い物だけではなく塩味のチップスもあった。
一目見ただけでサニーが小遣いをはたいて揃えたのは明らかだった。
まあこれを見れば、サリーが謝罪しようとしていることは分かりますけど……
ヴェロニカとしてはもうちょっと塩っぱいものも欲しかったなぁ
アニーは甘い物が苦手だからな
とりあえずみなさんいただきませんこと?
茶葉はわたくしが持参したものですのよ。冷めるともったいないですわ
夫人が用意したものなら絶対美味しいよね……いただきます
そんなわけで、一部は不承不承ながらもお茶会が始まる。
エマニュエルの紅茶はやはり好評で、サニーの用意したお菓子もそれにあわせて減っていく。
美味しい物を食べれば、機嫌というのも多少は上向くもので。
あっ、このマカロン美味しい……!
どうやって手に入れたんですかサリー?
でしょー? 購買の人に無理言って取り寄せてもらったんだよ!
名前もカワイイんだよね、『ハッピートリッキー☆おじゃ魔女マカロン』だって
なんだか色んな意味でギリギリな香りがしますね……
このシュークリームも美味しいですわね。
甘さが控えめで、上品な味がします
本当に……美味しい……!
そう言ってもらえてよかったよ。
……で、アタシ、ナタリアのこと呼んだっけ?
っ!? ひ、ひどいよ……!
あの事件の時のことを話したら、お茶会に来て欲しいって
サリーが言ったんじゃない……!!
あっ、そうだったっけ、ゴメンゴメン。
全然記憶にないよ、ゴメンね
フォローになってないよぉ……!
ナタリアは印象が薄いからな
うっうっ……あんなに激しくもみくちゃにされたのに……
これじゃキスされ損だよ……
えー? そんなにすごかったの?
それはもう……激しく……!
すみませんがその話題やめませんか?
私も私でトラウマになってるので……
あっはっはー! まあとにかく食べて忘れようよ。
ほら、ケーキもあるんだよ。これはレイリー用の特製ケーキ!
サニーが運んできたのは生クリームとイチゴがたっぷりのホールケーキだった。
甘い物が大好きなレイリーの顔はパッと明るくなるが、
その飾り付けを見た途端、眉間に皺が寄る。
あの……これって……?
レイリーが指差したのはケーキの上に書かれた文字だった。
チョコレートでいびつに『ごめんねレイリー』と書いてある。
見たままだよ。
ごめんねレイリー、って謝罪の気持ちを込めて!
そうじゃなくて。
よく見るとこのケーキ、どことなく歪んでるし……
まさか、サリーの手作りだったり……?
もちろんそうだよ。
こんな立派なケーキ、普通ならなかなか手に入らないじゃない
その言葉を聞いた瞬間、友人一同がわずかに椅子を引く。
サリーの手作り……ですか?
見た目は、まあ……そこまで劣悪ではないが
うふふふふ。でもこの辺り青く変色してるよ?
ヴェロニカは食べないからね~
そ、それはズルいよ、アニー
えー? だって甘い物キライって言ってるじゃない
何ちょっと、なんでみんなそんな風に警戒してるのさ?
美味しいから大丈夫だよ。本見て作ったから変な物とかも入ってないし
本当ですか……?
確かに、匂いは普通のケーキの匂いがしますけれど……
――いや、ちょっと待て。
なんだかこのケーキ、少しずつ膨らんでないか?
チズのひとことで全員が固まる。
そして視線がケーキに集中したその瞬間、ポワンとケーキが一回り大きくなった。
ケーキが、大きくなった……!
ど、どういうことですの、サリー。
このケーキに何をしたんですの!?
何って、別に……
よく膨らむように魔法をかけただけだよ
よく膨らむ魔法!?
次の瞬間、またポワンとケーキが膨らむ。
それも先ほどより二回りは大きくなった。
現時点で元のケーキの倍はあるな。
放っておくと相当大きくなってしまうんじゃないか?
あははは。それって膨らむのが止まったらの場合でしょ?
止まらなかったら部屋が壊れちゃうんじゃないの~?
このまま膨らむのが……止まらなかったら――
その最悪な事態を想像し、ほぼ全員が青くなる。
ケーキが部屋を埋め尽くし、さらには寮を、さらには学園を呑み込んでしまう。
そんな最悪の事態になったら――。
さ、サリー! どうにかしてください!!
んー、わかったよ。
最初の一口はレイリーに食べて欲しかったんだけど……
そしてサニーはためらうことなくケーキにナイフを入れ、
その一切れを自分の口の中に放り込んだ。
さ、サリー!
えっ!? た、食べ……!?
きゃ~。サリーの胃が膨らんで爆発する~
んぐもぐ……ふぅー。
爆発って、そんなワケないじゃん。
美味しく食べてもらうためにたくさん膨らめーって魔法かけたんだからね
な、なるほど……食べれば膨らまなくなるのか。
って、こっちの残りのケーキは相変わらず膨らみ続けてるぞ
あああ!! テーブルの上がケーキでいっぱいですわ!
なら全部食べちゃえばいーじゃん。
美味しいよ? もぐむぐ……
サニーが二切れ目を口にするが、当然膨らんでしまったケーキはそれくらいでなくなるはずがない。
テーブルいっぱいのケーキを目の前に、一同は固唾を呑んだ。
……もう、食べるしかないんですね
そういうことですわね。一刻も早く食べきらないともっとひどいことになりますわ
仕方がないか。わたしもケーキはそこまで得意じゃないんだが
が、頑張って食べる……!
……ヴェロニカは食べないよ?
そんなことを言ってる場合じゃありませんわ!
このままじゃケーキに押しつぶされますわよ!
ええ~……キライだって言ってるのに……
話している間に食べましょう! ほら、また膨らみますっ
そして一斉にケーキを頬張り始める。
六人もいれば減りも早いが、相手は膨らむケーキだ。
半分食べてもまた一回り、いやそれ以上に大きくなる。
はむはむはむ!
むむ……んぐ、もぐ
ぱくっ、はぐっ
……うっぷ
あまい~~舌が死ぬ~~
がんばれアニー! あむんむ
そうして全員で協力し、ようやく8割は食べただろうか。
しかし残りの二割がまたテーブルの上でポワンと膨らむ。
ああもう、終わりはないんですの!?
食べれば終わるよ、大丈夫!
これもサリーのせいなんですからね、わかってますか!?
あっはっはっは。美味しいケーキを延々食べられるなんてすごいじゃん
は、反省してよサリー……!
そして、数刻後。
果てなきケーキとの死闘はなんとか終わりを告げ、
欠片も残すことなくサニーの手作りケーキはなくなったのだった。
うっぷ……しばらくケーキは……見たくない……
同感ですわ……
今日は生クリームの夢を見そう……
いくらケーキが好きでも、この量は胃がもたれます……
ごめんごめん。
みんなに喜んでもらおうと思ったんだけど――
…………
……え? ちょっとアニー、
もう食べ終わったからナイフは使わないよ?
ふふ、食後の眠気覚ましは、ナイフと縄とどっちがい~い?
やっぱり見た目的にナイフだよねぇ
アニー。そのナイフを下ろせ。
冗談じゃ済まないぞ
え~? ヴェロニカ冗談のつもりはないよぉ?
ならなおさらダメだ。落ち着け
あ、アニー……
甘い物を無理矢理食べさせられて怒っているのはわかります。
でも、殺しはダメです。ねっ
え、えっ? なに……?
なんでヴェロニカさんは急に刃物を持ちだしたの……?
アニーは不機嫌になるとちょっと悪い人格が出るんですの。
ですからその……えーと……
サリー、大人しく首を差し出しましょう!
い、イヤだよ!?
首じゃないほうがいいの?
じゃあどこがいいかな~。太腿とか、脇がいいかな?
動脈がいっぱいあるところがいいよね♪
ねえみんな! 誰か止めようよ!!
止めたいのですが止められないと言うか……
アニーがこうなると怖いです……
動脈がいっぱいあるところってね、神経も集まってるんだって。
だから性感帯みたいなものらしいよ? 切ると気持ちよ~くなっちゃうかもぉ
いい、いい。気持ちよくならなくていい
遠慮しないで、絶対に気持ちいいから~。
ドバドバ血が出てサリーが真っ青になっていくところを
まばたきせずに眺めていてあげる……!
そして予備動作もほとんどなしにヴェロニカのナイフが閃く。
しかしそこは運動神経がよく、運のいいサニー。
レイリーを盾にして自分は上手くかわしてしまった。
きゃっ!? す、スカートが……!
逃げないでよサリー。
逃げると余計な物まで切れちゃう
私のスカートは余計な物ですか!?
そして二度三度とナイフがサニーを追うが、
そのたびに上手く逃げてそのたびにレイリーの服が切れていく。
あのですね!?
それやるたびに私の服が切れてるんですけど!
あああブラまで切れて……
ほぼ半裸だな
でも、レイリーの服を切り刻むことで気が済むならそれでいい気もしますけれど
よくないに決まってるでしょう!
やっぱり血が出ないと楽しくない~。
逃げないでちゃんと動脈差し出して、サリー?
出来るわけないでしょ……!!
サニーはそれを最後の台詞にして、慌てて廊下に飛び出していく。
もちろんヴェロニカもそれを追っていく。ナイフを持ったまま。
大丈夫だよ、綺麗に切ってあげるから~!
バタバタといなくなった二人。
残された四人は呆然としてはいたが、部屋の中はとりあえず平和になった。
――相変わらずサイコパスですわね、アニーは
相変わらず……? いつもあんな感じなの……?
機嫌さえ損ねなければ極端な行動には出ない。
今回はサリーが怒らせたから、サリーが悪いな
そのとばっちりをいつも私が受けるのはなんでですか……!!
あちこちをナイフで切られて半裸のレイリーが泣き伏せる。
おわびどころかさらなる惨状を生み出したお茶会が、ようやく終わろうとしていた。