第四話 無情なおしおき
第四話 無情なおしおき
――地下 お仕置き部屋――
いやー。
まさかこんな形で噂のお仕置き部屋に入るだなんて、思いもしなかった……なー……
自分で自分を励ますために張り上げた声が、虚しく地下に響く。
それが逆に孤独を駆り立て、途中でボリュームダウンしてしまった。
うぅ……お腹減った……
と、サニーのお腹の音がまた響く。
お仕置き部屋は学園の地下にあり、よほどのことがない限り生徒が訪れることはない。
というのも、普通の悪さをしでかしたくらいでは到底ここに入れられることはないからだ。
それだけアンと学園側が今回の騒動を重くみた、ということだろう。
反省はしてるけどさ……
それにしても、とサニーは自分の両手を改める。
やりすぎじゃない? これって
サニーの両手は手枷で拘束され、鎖で壁に繋がれていた。
お仕置き部屋はまるで小さな地下牢のようになっており、三面は石壁になっている。
残りの一面は鉄格子が取り付けられているので見た目は完全に牢屋に入れられた囚人だ。
無情にもアンはサニーを拘束した上、出入り口に鍵をかけてサニーを放置した。
そしてそれから、何時間経っただろうか。
とまた大きくサニーの腹が鳴る。
十分に眠れなかったせいもあるが、やけにお腹が空いていた。
この分では今頃外は明るくなっているのではとサニーは思う。
いい加減出してくれてもいいと思うんだけど
ただ、アンが昨日説教する中で『レイリーが目を覚ましていない』ことも
大きな問題としてあげていた。
もしあれからずっと寝込んでたとしたら……
色々なことを思い返して、サニーは石造りの床に視線を落とす。
いつも怒られたり泣かれたりしてばかりではあったが、サニーはレイリーを大切な友人だと思っていた。
……大丈夫かな、レイリー
だから今は、自分の境遇を恨むよりは反省の気持ちのほうが大きい。
そうしてしょぼくれていると、遠くから
と、靴の音が近づいてくる。
こちらに向かってきている足音にサニーはわずかな希望を抱く。
アン先生かな? やっと出してもらえるのかも
しかしサニーが入っているお仕置き部屋の前で立ち止まったのは、アンではなかった。
あら。ずいぶんいい格好でお休みなのね、サニー
サマンサ!? どうしてアンタがここに
皮肉たっぷりの声で話しかけながら鉄格子の前に立ったのは白組のサマンサだった。
白組の組長である彼女はなぜかサニーを目の敵にしており、事あるごとに突っかかってくる。
良家のお嬢様という点はエマニュエルと変わらないが、高慢で皮肉屋なところが大きく違っていた。
ふふん。お仕置き部屋の場所くらい、私の情報網をもってすればすぐにわかるのよ。
貴方にひとこと言いたくてわざわざこんなカビ臭いところまで足を運んであげたわ
わざわざドーモデスー
くっ、相変わらずイラつくわね……。
先のサキュバスの騒動で、白組のほうにもかなりの被害が出たわ。
貴方この件についてどう責任を取るつもり?
どうって……見ての通りじゃない?
そう言いながらサニーはガチャガチャと手枷を鳴らしてみせる。
それだけで済む話だと思っているの?
今回の件でどれだけ多くの生徒が心と体に傷を負ったか……
その点貴方はちゃんとわかっているのかしら
それは……うん、わかってるよ。
ここから出たら一人一人謝っておく
謝る? 謝るだけで許されるわけないでしょう。
貴方程度が頭を下げたくらいで償える話じゃないのよ
じゃあどうしろって言うのさ。
他に何か方法があるの?
あら開き直るの? 呆れるわねぇ。
そんなことだから誰も訪れないようなお仕置き部屋に入れられるのよ
いーじゃんレア感があって。
その誰も来ないお仕置き部屋へ嫌味を言うためにわざわざ来るほうがどうかしてるよ
来て『あげた』のよ、感謝して欲しいわね……!
このままお仕置き部屋に閉じ込められてますます授業についていけなくなればいいんだわ。
まあ元々学力で言えば私の足元にも及ばないけど!
そういうサマンサはレイリーに全然敵わないくせに
なんですって!? サニーなんて0点取っちゃえばいいのよばーかばーか!
なんだよ!? バカって言ったほうがバカなんだからなばーかばーか!
サニーとサマンサが対立するのはいつものことだったが、
今日は止める友人が誰もいないのでひたすら口論になってしまう。
そこへ割って入ったのは――まさかの腹の虫だった。
お仕置き部屋に鳴り響くサニーの空腹のサイン。
つい真っ赤になったサニーの前で、サマンサは勝ち誇った笑顔になる。
ははぁん。貴方さては、昨日から何も食べてないのね?
まあそんなことかとは思ったけど!
うっさいなぁ。これもお仕置きのうちなんじゃないの
……さて、これが何かわかる?
っ!? そ、それは――新作のティアティアグミ!?
サマンサが取り出したのは、学園の購買に新作として入荷するたび品切れになっていた生徒に大人気のお菓子だった。
このお菓子はね、まさに名前に偽りなしなのよ。
あまりに美味しくって食べるたびに感動して泣いちゃうくらいの代物で、
けして安くはないのにすぐ購買でも売り切れになってしまう
アンタ……それをどこで……!
決まってるじゃない、朝早く購買に並んで買い占めたのよ!!
あ、そうなんだ……意外と地味だね
今はそういう話じゃないわ!
……ほらサニー。食べたい? 食べたいでしょう? 美味しそうでしょう?
……ぐっ
七色に輝くティアティアグミを、サマンサは柵の間から差し出してくる。
サニーがわずかに身を乗り出すと、手枷がガチャリと鳴った。
なんて卑怯なことを……!
食べてもいいのよ? 食べさせてあげてもいいのよ?
でも食べたいのならそれなりの態度ってものがあるわよね。
『誠意ある態度』っていうものが
…………な、何よ。誠意って
床に這いつくばって私のつま先を舐めなさい。
そうしたらここから一粒落としてあげる。
優しいでしょ? 靴じゃなくてつま先でいいって言ってるの
はぁっ!? そんなことするわけないでしょ!
あら、それならそれでいいのよ。
残念だわ、このティアティアグミ――とっても美味しそうなのにね?
そう言ってサマンサはサニーの目の前にティアティアグミを一粒ぶら下げる。
虹色に艶めきながらも透明感を残したままのグミは、
軽くつまんだだけでその食感を感じさせるほどに柔らかい。
サニーもその様子を見ていると、不思議な誘惑に駆られる。
う、うぅ……っ。美味しそう……
……お腹、減ったでしょう? 我慢しなくてもいいのよ?
ちょっとのプライドを捨てればいいだけ
ちょっとではないような……
じゃあやめる? 別に私はいいのよ。
貴方が飢えて死んじゃっても痛くもかゆくもないんだから
いや死ぬまで放置はされないでしょ
わからないわよ?
でもこのティアティアグミがあれば、少なくとも今の空腹は紛れると思わない……?
くうぅっ……!!
――ほら、床に顔をつけて
心とは裏腹に、サニーの身体は勝手に動いてしまう。
両手を拘束されたまま、膝をつき、頭を下げ、まるで犬の伏せのような格好になる。
その舌で、私のつま先を舐めるのよ……!
と、鎖を鳴らしながらゆっくりとサニーは口を開く。
靴を脱いだサマンサは白い素足を鉄格子の間から滑り込ませる。
……んっ……
そう、そうよ。いい子ねサニー……
……あ……
憂いを帯びた目を細めて、冷たい床に伏せながら。
そしてゆっくりと舌を差し出していき――。
…………何をしてるんですの、二人とも
はっ!?
うっ!?
その声で二人は一気に我に返った。
声を掛けたのはエマニュエルで、その後ろにチズやヴェロニカも続く。
なんかあやしー空気だったよね~。
仲悪いと思ってたけどそんなことなかった?
よせ、アニー。
二人の邪魔をしてしまったのはわたしたちのほうなんだから、無粋なことは言うな
な、な、何を言ってますの!?
私とサニーの仲がいいだなんて太陽と月が入れ替わったってあり得ませんわ!!
そうだよ! っていうかアタシ今何しようとしてた!?
なんか意識飛んでたんだけど!!
ま、まあなんでも構いませんけれども……。
とりあえず、サリー。アン先生から鍵を預かってきましたわよ
えっ、鍵?
エマニュエルは鍵束を見せるなり鉄格子の扉にそれを差し込む。
もちろん扉は簡単に開き、さらにサニーの両手を拘束していた手枷もあっさりと外された。
これでサニーは自由の身、ということだ。
あー、よかった。これいつまで続くのかと思ってたんだ
わたくしたちでアン先生に頼み込んだのですから、感謝してくださいまし
そ~だよぉ。ちゃんと反省してるはずだからってお願いしたんだよ♪
まあ、チョロかったがな
さすがアン先生……でも、ありがとうみんな
まったくこれだから黒組は。アン先生も生徒に甘すぎるのよ!
さきほどのサニーの格好を写真にでも撮っておけばよかったわ
写真に撮ってどうすんの、飾るの?
やっぱりそういう関係……
違うに決まってるでしょ!
ええいもう、さっきの話、ちゃんと覚えておきなさいよねサニー!!
それを捨て台詞にサマンサはお仕置き部屋の前から去って行く。
さっきの話、とは?
なんだったっけ? ティアティアグミの話かな?
たぶんですけど、違うと思いますわよ……
ともあれ無事お仕置き部屋から解放されたということで、
四人はその場を離れることにする。
――地下――
お仕置き部屋のある地下は、入り組んだ迷路のような構造になっている。
道を外れれば簡単に迷ってしまうので注意が必要だ。
四人はアンから借りた地図があったので、それを頼りに歩いてゆく。
そうだ、レイリーの様子ってどう?
まだ眠ったままだったりする……?
ちゃんと目を覚ましたよ。
ただ背中が痛いということで、今は部屋で安静にしている
背中が痛い?
筋肉痛のような痛みだそうだ
羽のせいか……
羽のせいですわね……
――ぴゃっ!
どしたのアニー。変な声あげて
今、何かが足元を走って行った~ような~……
イヤですわね、ネズミとかでしょうか?
周りも薄暗いですし……?
そこで先頭を歩いていたエマニュエルが立ち止まる。
さっきこんな道通りましたか?
アニー、アン先生からもらった地図は?
ヴェロニカ持ってないよ。チズが持ってるんじゃないの?
いや。わたしじゃない
…………
…………
…………
……ま、まあ! 学園の地下なんだし!
適当に歩いてればそのうち出られるんじゃないの~?
で、ですわよね!
そうそう~!
そうだろうか
そこで一人冷静になんないでよ!
とにかく進もう、アタシお腹空いちゃってさ~。早くご飯食べたいよ
それならほら、ここに美味しそうなキノコ
ひっ!? なんですの、そのキノコ。
表面に人の顔のようなものが……!
うわー、死相出てる感じだね。うん、絶対食べない
先ほどから小さな声で笑ってるのは誰だ?
こんな時に呑気なことだな
え~? ヴェロニカじゃないよ?
誰も笑ってなんか……
全員が口を閉じ静かになると、ふいに後ろから生温かい風が吹いてくる。
そしてその風に乗って怪しげな笑い声が響くのだった。
うふふふ、ひひひひ、と。
ぎゃああああああ!!
いやああああああ!!
あははははははは!!
!?
一斉に駆け出し、地下道のどこをどう走ったことやら。
とにかくひたすら走って、少しでも灯りのあるほうへと向かった。
はぁ、はぁ、はぁ……もう、やだ……
あははは、ヴェロニカなんか踏んじゃった
……スライムみたいだな。こちらに近づけないでくれ
ああもう、地図さえあれば……!
そう言ってエマニュエルが壁に手をついたその時。
と、どこかで音がした。
今、変な感触がしたような……
……おい、足元!
派手な崩落音と共に足元が崩れた。
チズが声を掛けて皆を下がらせたので誰も落ちたりはしなかったが、
通路の床が根こそぎなくなってしまった。
間一髪。落とし穴だったのかな、これって
び、び、び、びっくりしましたわ……!
迂闊に壁を触るもんじゃありませんわね
っていうかこれ危ないかも~?
ヴェロニカが指差した先の床が、ボロボロと崩れだし穴が拡大している。
そう思った瞬間、一気に穴が広がり崩れ始めた。
ああああ戻って戻って!!
に、逃げますわよぉおおお!!
崩れ落ちる床に追われるように一斉に走り出す。
それから何度も何度も四人は地下道に悲鳴を響き渡らせ、
何度も何度も迷いながらようやく地上へ出ることができた。
――中庭――
ふっ……まさかこんなところに出るなんてね
ガサガサと茂みの中からサニーが顔を出す。
やっとのことで見つけた地上への出口は、中庭の藪の中へ繋がっていたのだった。
んふふ~。楽しかったね、地下探検♪
楽しかったのは恐らくアニーだけだな
あんなところ二度と行きませんわ……
まあ、あんなところまで迎えに来てくれてありがとね、助かったよ
ってわけでアタシはお腹減ったから食堂にでも行こうかな~
あらサニー、その前にアン先生のところへ行きませんと。
魔法詠唱文を書き写すための紙を、今用意してくれているはずですわ
…………ん? 今なんて?
お仕置き部屋から出してもらう代わりに、
魔法詠唱文を100枚分書き写すことになっている。
だからそのための用紙だ
ひゃ、100枚……!?
大変そうだね~。がんばってね、サリー♪
それは……えーと、みんなも手伝ってくれる?
やだよぉ
無理だな
ご自分でお願いします
ええええええ~~~!!
せっかくお仕置き部屋から出られたのにぃいい
こういうものは自分でやらなくては
そうですわ。反省したことになりませんもの
あはは。みんな厳しいね~。ヴェロニカ応援してるよ!
う、うううぅ……でも食堂は先に行く……
……さすがサリーだな
半分呆れられながら、それでも四人は仲良く食堂へ行った後
教員室へ向かったのだった。