昼の第六天ーー和らな光が差し込む長い廊下を、一人の天使が歩いていた。その顔は、困っているようにも、笑っているようにも見える。
時折あたりをきょろきょろと見まわし、しゅんと肩を下げるあたりが、かくれんぼで最後の一人を見つけられない鬼のようだった。

彼の名前は「ルシフェル」その昔、神に最初に創られた天使だ。

これは、彼が愛したとある日常が、儚くも崩れ去った日の話ーー。

ルシフェル

ミカエル―!ミカエル、どこだ?

八つ時近くになってもミカエルが見つからない、とラファエルが泣きそうな顔で私に助けを求めてきたのは、もう四半刻ほど前のことだ。
第六天のみと範囲を指定し、かくれんぼをしていたらしいが、その隅々を探しても見つからなかったそう。キッチンには間違いなく来なかったので、それ以外のところを見て回っていくと、廊下でふと視線を感じ今に至る。

魔術が得意なミカエルならではの隠れ方だと感心しながら、私は少しミカエルの遊びに付き合ってやろうと思った・・・たまには、こうして子どもらしくからかってやるのもいいだろう。

ルシフェル

早く出てこないと、みんな待ってるぞ?

ルシフェル

・・・・・・はああ~、今日のスコーンはとびきりいい出来なのだが・・・
時間がたつと乾燥が・・・

ルシフェル

・・・しょうがない。ミカエルの分はあとの三人に食べてもらうとするか・・・

呟く、というより、そこにいる本人に聞こえるように言って踵を返すと、背後からあわただしい足音が聞こえてきた。

ミカエル

ま、待ってルシ兄!!ここ!!ここに居るよ!!だからぼくの分ガブリエルたちにあげないで!!

ルシフェル

ふふ、ミカエル、みっけ。

ミカエル

ふあ!?

ミカエル

る、ルシ兄・・・もしかして・・・ラファエルに頼まれたり・・・

ルシフェル

ああ、頼まれたな。
だから探しに来た。

ミカエル

ずるい!!ルシ兄に手伝ってもらうのは禁止って言ったのに!!

かくれんぼに中級の不可視魔法を使うのもどうかと思うが・・・そんなことを言うと拗ねてしまうので、その呟きは心の中にそっとしまっておいた。

ミカエル

今日のおやつがスコーンっていうのも・・・

ルシフェル

それは本当だ。今日のスコーンは格別だと思うぞ?

ミカエル

ホント!?やったぁ!!

ピョンピョンと跳ねるミカエルの頭を軽く撫でてやると、彼は目を細めて頬を摺り寄せてくる。まるで子猫のようだと笑うと、ミカエルは不思議そうに首をかしげた。

ルシフェル

さあ、みんな待ってるから、行こうか。

ミカエル

うん!!

ミカエルの小さな手を引き、ダイニングルームへ向けて歩き出した。

ここの天使がまだ私だけではなかったとき・・・それまでは、魔界の悪魔たちの勢力もここまで強大ではなかった。しかし彼が・・・私の弟が堕天してしまってから、悪魔たちは有力なものが指揮を執るようになり、その統率力は格段に上がった。悪魔の集団がここへ攻め入って来たとなれば、いくら私でも防ぎようがない。
そこで、神は悪魔たちの動きが緩慢なうちに新たな天使を創造することに決めた。創られた数多くの天使のうち、とびぬけて能力の高かった4人の天使を四つの部隊の長として置くことにし、その育成を私が担当することになった。
神に与えられた仕事だが、これがなかなか楽しい。日々成長していく四人の天使を見ていると、心の中が暖かい何かで満たされるような、不思議な気持ちになる。神曰く、この感情は「愛」というものらしい。この「愛」という感情も、この子たちにうまく伝えられたらと思うが・・・それにはまだまだ時間が必要なようだ。どうも、他の天使にものを教えるという行為に慣れることができない。

でも、時間はまだたくさんある。その時間をめいっぱい使って、ゆっくり教えてやろう。

・・・そう、思っていた・・・。

それに気づいたのは、ダイニングルームにつく少し前だった。ねっとりと絡みつくような、嫌な気配・・・

ルシフェル

・・・・・・

ミカエル

ルシ兄?どうしたの?早く行こうよ!

ルシフェル

あ、ああ・・・

ルシフェル

・・・そうだ・・・
ミカエル、ちょっと先に行っててくれないか?

ミカエル

へ?何で?

ルシフェル

ミカエルは隠れるのが上手だからな。
探しているうちに紅茶が冷めてはいけないと思って、まだ淹れてなかったのを思い出して・・・

ミカエル

そっかぁ!
わかった!!とびっきり美味しいのを淹れてね!!

ルシフェル

ああ、わかった。
じゃあ、いい子で待っているように。

ミカエル

うん!!

ミカエルがパタパタと走っていくのを見送り、廊下には私と何者かが残された。感覚を研ぎ澄まし、「何者か」の正体を探る・・・ああ、間違えようもない。これは・・・。

おやおや・・・ずいぶん気づくのが遅かったじゃないか・・・兄さん?

ルシフェル

・・・・・・何で、お前がここにいる・・・ベリアル。

虚空を睨み付けて問いかけると、突如目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。咄嗟に後ろに飛び退き、距離をとる。もう一度視線を前に戻すと、そこには、以前堕天したはずの弟ーーベリアルが立っていた。

ベリアル

やあ、そんなに怖い顔しないでよ・・・兄弟同志の感動の対面じゃないか。

ルシフェル

感動の対面・・・な。
神の意志に背き、堕天した身でよく言う・・・

ベリアル

ふふふ・・・兄さんは相変わらずだなぁ・・・

ベリアル

アイツじゃ、何も救えない。
アイツについていったって何にも残らないよ?

ルシフェル

黙れ

一気に魔力を解放させる。
あたりの空気が凍り付くのが、私にもわかった・・・こんな姿、ミカエルたちには見せられないな・・・。

ベリアル

おーおー、怖い怖い・・・
聡明なあなたが、そんなことで魔力を解放してはいけないよ?

ルシフェル

黙れ・・・今すぐここから出ていけ。
出ていかないのなら・・・消す

ベリアル

乱暴なのは好かないんだけどなぁ・・・
俺は何もする気はないよ。ただ、話を聞いてもらいたいだけなんだ。

ルシフェル

・・・話?

それが本当なら、こちらとしても手を下す必要はない。しかし、嘘だった場合・・・それを警戒し、魔力は納めずに聞き返した。

ベリアル

聞いてくれるんだね?ありがとう!

ベリアル

俺が堕天した後、悪魔が強くなったとは思わないかい?

ルシフェル

・・・ああ、確かに・・・
統率を執るようになっていたが・・・あれはやはりお前が?

ベリアル

まあね。あいつら、いい腕してるのに馬鹿だからさ。ちょっと入れ知恵してやったのさ。
そしたら、呑み込みが早いこと早いこと・・・感動さえ覚えたよ。

からからと笑うベリアルに多少の怒りが湧いたが、何とか抑えて続きを促す。

ルシフェル

余計なことを・・・

ベリアル

大変だったんだから・・・もっと労わってよね・・・。

ベリアル

まあでも、その甲斐あって悪魔たちはあんなに強くなった・・・

ベリアル

・・・・・・でも

ルシフェル

・・・・・・でも?

ベリアル

大事なものが欠けていたんだ。大事な、大事なものが・・・

ベリアル

なんだと思う?

コツコツと靴音を響かせ、こちらへと向かってくる。口元に笑みを浮かべて、しかし、目元は笑っていない。
手元に魔力を集中させ、万が一の時に備えた。

ベリアル

・・・「王」だよ。

ルシフェル

ッ・・・!!

胸元に魔拳を撃ち込まれそうになったが、体をひねって何とか回避した。すれ違い際にベリアルの脇腹目がけて魔弾を打ち込む・・・!

ベリアル

ッく、う・・・!!

ルシフェル

話をするだけ・・・じゃなかったのか。

ベリアル

っ、はは・・・早いなぁ・・・兄さんは・・・

ベリアル

そう、王だ。我々には王がいない・・・
だから、王が必要なんだよ、兄さん。

ルシフェル

その話と、今の行動に何のつながりがある?

ベリアル

それは・・・おや

ふと、ベリアルの視線が外れる。
その先には・・・

ミカエル

ルシ兄・・・?何やってるの?その人は・・・?

私の背後に、さっき別れたはずのミカエルが立っていた。

ルシフェル

ミカエルッ・・・!なんで・・・

ベリアル

・・・あは

ずぶり、と、嫌な音がした。

ミカエル

・・・ルシ、に・・・?

ルシフェル

・・・う、あ・・・

ベリアル

駄目じゃないか、こんな気の抜けない睨み合いの最中に、目を反らしたりしちゃ♪

何が起きたのか、わからなかった。
ぐらりと体が傾き、視界がはんてんする・・・

ミカエル

ルシ兄・・・ルシ兄!ルシ兄!!

ベリアル

あっははははは!!
やった、やった!!兄さんのエンジェリックコア!こんな簡単に手に入るなんて!!

ミカエル

返して!返してよ!!それがなくちゃ、ルシ兄が、ルシ兄がぁッ!!

エンジェリック、こあ・・・?あ、そうか・・・わたしは・・・

ベリアル

じゃあね子天使君。
大天使ルシフェルのエンジェリックコア、いただいていくよ!

ミカエル

待って!!待て!!返せ、返せよおおおおお!!!

ミカエル、ごめん・・・こうちゃが、まd・・・・・・・・・----。

暖かい日差し、柔らかな風・・・

ねえ、見える?

今日の空もすごくきれいだよ。
きっと、とても素敵なお茶会になる・・・

ラファエル

ミカエル、早く来てくださいよ!
みんな待ってますよ!!

あ、うん!!

ミカエル

今、行くね。

世話焼き天使のねがいごと・・・fin

ひゃっほい、作者ですお。
急に出てきて驚きました?だったらその人は正常です。

さて、今回第一回だったわけですが・・・いやひどいですね。一応続きはあるんですよ。でも続きはたぶん書かないんじゃないかと・・・。

この作品、天使と悪魔の学パロ以上に自己満足で書いてます。なのでこれから書くものもこんな出来です。注意ですぞー。








補足・・エンジェリックコアとは

天使の魂のようなもののこと。通常天使の右胸に埋め込まれるこぶし大の水晶を指す。
これが何らかの原因で破壊されたり消滅した場合、その天使の存在は消滅(人間でいう死亡)する。

そのまま取り出すことも可能だが、手順を間違えるとそれまでの記憶は全て消え、二度と戻ることはない。
コアの正しい取り出し方を知っているのは神のみだという。



残された身体は昏睡状態になり、ただの器と化す。
器に他のエンジェリックコアが埋め込まれた場合、器はコアの持ち主のものとなる。このことを「転生」と呼ぶ。



世話焼き天使のねがいごと

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