穂波さまは追われていた。
巨大なクマのような上半身を持ち、ブリーフを履いた人間の下半身という謎の生物に。
な、何故こんなことになったのじゃあ!
穂波さまは追われていた。
巨大なクマのような上半身を持ち、ブリーフを履いた人間の下半身という謎の生物に。
お主、神を食おうなど、罰当たりも大概にするのじゃ!
ぐおおおお!
穂波さまの声も、謎の生物改め怪人くまーには届かない。
怪人くまー、やめるのですー!
やめるのだー! 朕のいうことを聞けー!
創った張本人、秘密結社の概念神・首領の声も怪人くまーには届かない。
住宅街の路地を縫い走る穂波さま。
熊の上半身は路地の塀につっかえるため、圧倒的な膂力で壊しつつ迫る怪人くまー。
ひいぃえぇー! あんなのに捕まったら一瞬で息絶えてしまうのじゃ!
恐怖と焦りが穂波さまを支配する。
その時だった。
ここからは通さないぞ! 怪人くまー!
私達兄妹のちから、見せてあげるよう!
塀の上から、穂波さまの神付きとその妹のつばさが颯爽と現れ、決めポーズを決める。
お主ら!
ぐがあああっ!
しかし、一瞬で怪人くまーに吹き飛ばされた。
ぐわー
きゃー
何しに出てきたのじゃお主ら?!
そのつっこみによって足が止まってしまった穂波さまは、怪人くまーの接近を許してしまう。
ぐっ…
ぐおおお…
完全に怪人くまーの間合い、穂波さまの行動を見てから追撃できる位置だった。
(此奴、わらわを弄んでおるのか……!)
じり、じり、と近づく怪人くまー。
ならば、わらわの新しい力を食らうとよい!
さっと穂波さまが着物の帯から取り出したのは、YATAが付いた檜ディスプレイ。
太陽の化身、八咫烏よ、お主の力を借りるぞ!
えっ、いきなりっすか?! 良いっすっけどあんた誰?!
いいから寄越すのじゃ!
あっ、はい
YATAのクリップ3つに内蔵された永久機関DCEが最大稼働し、光り輝く!
その光が檜ディスプレイ中央に集まり、画面が金色に染まる。
陽の光に消え去れ、YATAビィィィィムッ!!
そして、ディスプレイから収束された光の帯が放つ!
YATAビームは、怪人くまーの顔面に命中した!
放った穂波さまも後方に吹き飛び、その衝撃波によって周りに煙が漂う。
……っ! やったか!
煙が晴れる。その向こう側には、
目がああああ!
怪人くまーがピンピン、健在していた。焦げ付いてもいない。だが、かなり眩しかったようで顔を前足で覆っている。
喋れるのかお主!?
穂波さまはツッコミつつ、動けない怪人くまーを見て、これは好機と逃げ出した。
しかし、その先は、周りを塀に囲まれた空き地。
く……!
逃げ場はない、もうだめかと思ったその時、空から白く透明な羽が舞った。
穂波ちゃん、助太刀に来たのですよ
おお、リピカではないか!
ひゅっと空から降りてきたのは、アカシック・レコードの記録天使、リピカだった。
ちなみに、歩香はこのことを聞いて、熊を調べるため図書館こもり状態になったです
だめじゃろ、それは……
なので、今回は私が今からこの窮地を脱するための方法を、過去をみて編み出すのです
よろしくなのじゃ!
はいー、では
リピカが右の手のひらを前に掲げる。
すると、光と闇で編まれた本が現れ、ぱらぱらと、自動的に本を開いた。
過去を参照すると熊っぽい怪物に対する対処法は……
対処法は!
あっ、これ面白い
ん?
あ、これもこれも、そんなこともありましたですねー
悦に入るリピカの顔、本をめくる手が止まらない。
……おーい、リピカ
穂波さまが声をかけても、全く反応しない。
はー、やっぱり過去見るの楽しいです、そうだ、せっかくだからこの前のおすすめ本も検索して
……お主も、お主の神付きも、よく似ておるわ
穂波さまは検索厨になっているリピカに呆れ果てた。
ぐおおおお!
まぶしかったぞお!!
呆れておる場合でなかったのじゃー?!
穂波さまはなんとか逃げようと思案するが、背の低い自分の体を呪うことしかできなかった。
ここからは、のがさない
そうこうしているうちに、さっきと同じ怪人くまーの間合いに囚われてしまった。
もう、これまでなのじゃ……
すると、急に視界が暗くなった。
レディースエェェンジェントルメェェン!
そして、穂波さまも知っている声が聴こえた。概念固定補佐官の明方の声だ。
な、なんじゃ!
パッ、とスポットライトがある一点に当たる。
車山市民の助け求める声あらば、書類仕事なんざ後回し!
そこには、赤いマスクを被った男、ただ一人。
昼は市役所職員、夜は市内見回りの、車山を支え続ける、男一人!
マスク男が飛翔し、いつの間にか出現したリングに着地する。
マスク職員、
只今参上!
マスクの奥の眼光が、怪人くまーを捉えた。
場所もいつの間にか空き地ではなく、プロレス会場となり、怪人くまーと穂波さまはリングの上に立っていた。
早く、リングの外に逃げるんだ!
わ、わかったのじゃ!
くらえ、A4用紙500枚チョーップ!
マスク職員が放ったチョップは、怪人くまーの左頬にクリティカルヒット!
ぐわああっ!
あのマスク強いのじゃ?!
おーっと! いきなり大技のA4×500がきまったぁー!!
明方の声がリングに、ステージに響き渡る。
今、必殺の! 処理できない税務ファイルヘッドアターック!
マスク職員はこれで決める!といわんばかりに、大振りのヘッドアタックを相手の頭に繰りだす!
なめるなあああっ!
しかし、その攻撃は怪人くまーの体当たりにより失敗に終わった。
おーっと! マスク職員ここでダウンかー!?
激しく後方に飛ばされたマスク職員は、ロープに絡まってしまった。
ぐ……ここまで、なのか……
マスク職員! がんばるのじゃー!
穂波さまの声援にも熱が入る。
その時だった。
まだまだ甘いな、弟よ
どこかしらから、声が聞こえた。
はっ、この声は、兄者!
マスク職員はその声を探す。
その声は、リングの柱の上に立つ、青いマスクを被った男からだった。
ふふ、そう、俺こそ、
マスク職員の兄、
マスク職員その2だ!!
兄なのにその2なのか?!
というかいつの間にいたのじゃ!
穂波さまが突っ込むが、その言葉はこの場にいる全員に届かない。
いきなりの兄弟タッグマッチが始まったァァ!!
ちなみにマスク職員その2は小学校の先生として働いているぞ!
マスク先生ではないのか?!
穂波さまが突っ込むが、その言葉は以下略。
行くぞ、弟よ
わかった、兄者
とう!
とう!
マスク職員とマスク職員その2は、目を合わせ、絶妙のタイミングでロープの反発を利用し飛び上がる。
ダブル!
マスク!
ツイスター!
ヘッドアタァァァック!
マスク職員とマスク職員その2は空中で回転、そして落下速度と質量を頭突きに乗せ、怪人くまーの頭に叩き込んだ!
ぐああああ!
頭と頭のぶつかり合いに敗れた怪人くまーは、脳震盪を起こし、そのままリングに倒れこんだ。
きぃまったああ!
マスク職員ズの大技!
ダブル
マスク
ツイスター
ヘッドアタック、
決まりましたぁぁぁ!
やったのじゃあああっ!
両手を上げて穂波さまは喜んだ。
車山市民の平和は!
俺たちマスク職員ズが守る!
そんな穂波さまにマスク職員ズはサムズアップを見せ、白い歯を見せつつ笑った。
はっ!
穂波さまが勢いのある目覚め方をした。
すぐさま周りを向いて何かを確認する。
そして、何故か安心したかのように胸をなでおろした。
ちなみに、僕の上布団の上で丸まって寝るのが穂波さまの寝床スタイルだ。
毛布、布団よりも自分の尻尾のほうが暖かいというのがもっぱらの理由である。
起きましたかー。そろそろ出発なので早く着替えてくださいねー
むむぅ……
目をぐしぐしと右手でこする穂波さまのもう片方の手には、起動しっぱなしのYATAが握られていた。
YATAが面白いからって夜更かししちゃだめですよ
そうじゃの……
今日は久しぶりの穂波山に行くんですし、しゃんとしないと山の神様に心配されますよ
そうじゃったそうじゃった
そういえば、寝ている時、唸ったり苦しそうだったり、最後は笑顔になったり、凄い百面相でしたけど、どんな夢を見てたんですか?
夢……なんか凄い夢を見た気がするのじゃが、覚えておらんのう
そうですか、まあ夢ですしね
うむ、ところでじゃ
はい、なんでしょう
あの赤いマスクを被った職員に、青いマスクを被った小学校の先生をしている兄とか、おるのか?
なんで僕の母校の先生を知ってるんですか?
僕の言葉を聞いた穂波さまは、かなり驚いた顔をした。
小噺集 春前の神様たち 了