穂波さま

な、何故こんなことになったのじゃあ!

 穂波さまは追われていた。
 巨大なクマのような上半身を持ち、ブリーフを履いた人間の下半身という謎の生物に。

穂波さま

お主、神を食おうなど、罰当たりも大概にするのじゃ!

怪人くまー

ぐおおおお!

 穂波さまの声も、謎の生物改め怪人くまーには届かない。

首領

怪人くまー、やめるのですー!

ひよこの王様

やめるのだー! 朕のいうことを聞けー!

 創った張本人、秘密結社の概念神・首領の声も怪人くまーには届かない。
 住宅街の路地を縫い走る穂波さま。
 熊の上半身は路地の塀につっかえるため、圧倒的な膂力で壊しつつ迫る怪人くまー。

穂波さま

ひいぃえぇー! あんなのに捕まったら一瞬で息絶えてしまうのじゃ!

 恐怖と焦りが穂波さまを支配する。
 その時だった。

少年

ここからは通さないぞ! 怪人くまー!

つばさ

私達兄妹のちから、見せてあげるよう!

 塀の上から、穂波さまの神付きとその妹のつばさが颯爽と現れ、決めポーズを決める。

穂波さま

お主ら!

怪人くまー

ぐがあああっ!

 しかし、一瞬で怪人くまーに吹き飛ばされた。

少年

ぐわー

つばさ

きゃー

穂波さま

何しに出てきたのじゃお主ら?!

 そのつっこみによって足が止まってしまった穂波さまは、怪人くまーの接近を許してしまう。

穂波さま

ぐっ…

怪人くまー

ぐおおお…

 完全に怪人くまーの間合い、穂波さまの行動を見てから追撃できる位置だった。

穂波さま

(此奴、わらわを弄んでおるのか……!)

 じり、じり、と近づく怪人くまー。

穂波さま

ならば、わらわの新しい力を食らうとよい!

 さっと穂波さまが着物の帯から取り出したのは、YATAが付いた檜ディスプレイ。

穂波さま

太陽の化身、八咫烏よ、お主の力を借りるぞ!

八咫烏

えっ、いきなりっすか?! 良いっすっけどあんた誰?!

穂波さま

いいから寄越すのじゃ!

八咫烏

あっ、はい

 YATAのクリップ3つに内蔵された永久機関DCEが最大稼働し、光り輝く!
 その光が檜ディスプレイ中央に集まり、画面が金色に染まる。

穂波さま

陽の光に消え去れ、YATAビィィィィムッ!!

 そして、ディスプレイから収束された光の帯が放つ!

 YATAビームは、怪人くまーの顔面に命中した! 
 放った穂波さまも後方に吹き飛び、その衝撃波によって周りに煙が漂う。

穂波さま

……っ! やったか!

 煙が晴れる。その向こう側には、

怪人くまー

目がああああ!

 怪人くまーがピンピン、健在していた。焦げ付いてもいない。だが、かなり眩しかったようで顔を前足で覆っている。

穂波さま

喋れるのかお主!?

 穂波さまはツッコミつつ、動けない怪人くまーを見て、これは好機と逃げ出した。
 しかし、その先は、周りを塀に囲まれた空き地。

穂波さま

く……!

 逃げ場はない、もうだめかと思ったその時、空から白く透明な羽が舞った。

リピカ

穂波ちゃん、助太刀に来たのですよ

穂波さま

おお、リピカではないか!

 ひゅっと空から降りてきたのは、アカシック・レコードの記録天使、リピカだった。

リピカ

ちなみに、歩香はこのことを聞いて、熊を調べるため図書館こもり状態になったです

穂波さま

だめじゃろ、それは……

リピカ

なので、今回は私が今からこの窮地を脱するための方法を、過去をみて編み出すのです

穂波さま

よろしくなのじゃ!

リピカ

はいー、では

 リピカが右の手のひらを前に掲げる。
 すると、光と闇で編まれた本が現れ、ぱらぱらと、自動的に本を開いた。

リピカ

過去を参照すると熊っぽい怪物に対する対処法は……

穂波さま

対処法は!

リピカ

あっ、これ面白い

穂波さま

ん?

リピカ

あ、これもこれも、そんなこともありましたですねー

 悦に入るリピカの顔、本をめくる手が止まらない。

穂波さま

……おーい、リピカ

 穂波さまが声をかけても、全く反応しない。

リピカ

はー、やっぱり過去見るの楽しいです、そうだ、せっかくだからこの前のおすすめ本も検索して

穂波さま

……お主も、お主の神付きも、よく似ておるわ

 穂波さまは検索厨になっているリピカに呆れ果てた。

怪人くまー

ぐおおおお!
まぶしかったぞお!!

穂波さま

呆れておる場合でなかったのじゃー?!

 穂波さまはなんとか逃げようと思案するが、背の低い自分の体を呪うことしかできなかった。

怪人くまー

ここからは、のがさない

 そうこうしているうちに、さっきと同じ怪人くまーの間合いに囚われてしまった。

穂波さま

もう、これまでなのじゃ……

 すると、急に視界が暗くなった。

明方

レディースエェェンジェントルメェェン!

 そして、穂波さまも知っている声が聴こえた。概念固定補佐官の明方の声だ。

穂波さま

な、なんじゃ!

 パッ、とスポットライトがある一点に当たる。

マスク職員

車山市民の助け求める声あらば、書類仕事なんざ後回し!

 そこには、赤いマスクを被った男、ただ一人。

マスク職員

昼は市役所職員、夜は市内見回りの、車山を支え続ける、男一人!

 マスク男が飛翔し、いつの間にか出現したリングに着地する。

マスク職員

マスク職員、
只今参上!

 マスクの奥の眼光が、怪人くまーを捉えた。
 場所もいつの間にか空き地ではなく、プロレス会場となり、怪人くまーと穂波さまはリングの上に立っていた。

マスク職員

早く、リングの外に逃げるんだ!

穂波さま

わ、わかったのじゃ!

マスク職員

くらえ、A4用紙500枚チョーップ!

 マスク職員が放ったチョップは、怪人くまーの左頬にクリティカルヒット!

怪人くまー

ぐわああっ!

穂波さま

あのマスク強いのじゃ?!

明方

おーっと! いきなり大技のA4×500がきまったぁー!!

 明方の声がリングに、ステージに響き渡る。

マスク職員

今、必殺の! 処理できない税務ファイルヘッドアターック!

 マスク職員はこれで決める!といわんばかりに、大振りのヘッドアタックを相手の頭に繰りだす!

怪人くまー

なめるなあああっ!

 しかし、その攻撃は怪人くまーの体当たりにより失敗に終わった。

明方

おーっと! マスク職員ここでダウンかー!?

 激しく後方に飛ばされたマスク職員は、ロープに絡まってしまった。

マスク職員

ぐ……ここまで、なのか……

穂波さま

マスク職員! がんばるのじゃー!

 穂波さまの声援にも熱が入る。
 その時だった。

まだまだ甘いな、弟よ

 どこかしらから、声が聞こえた。

マスク職員

はっ、この声は、兄者!

 マスク職員はその声を探す。
 その声は、リングの柱の上に立つ、青いマスクを被った男からだった。

マスク職員その2

ふふ、そう、俺こそ、
マスク職員の兄、
マスク職員その2だ!!

穂波さま

兄なのにその2なのか?!
というかいつの間にいたのじゃ!

 穂波さまが突っ込むが、その言葉はこの場にいる全員に届かない。

明方

いきなりの兄弟タッグマッチが始まったァァ!!
ちなみにマスク職員その2は小学校の先生として働いているぞ!

穂波さま

マスク先生ではないのか?!

 穂波さまが突っ込むが、その言葉は以下略。

マスク職員その2

行くぞ、弟よ

マスク職員

わかった、兄者

マスク職員その2

とう!

マスク職員

とう!

 マスク職員とマスク職員その2は、目を合わせ、絶妙のタイミングでロープの反発を利用し飛び上がる。

マスク職員その2

ダブル!

マスク職員

マスク!

マスク職員その2

ツイスター!

マスク職員

ヘッドアタァァァック!

 マスク職員とマスク職員その2は空中で回転、そして落下速度と質量を頭突きに乗せ、怪人くまーの頭に叩き込んだ!

怪人くまー

ぐああああ!

 頭と頭のぶつかり合いに敗れた怪人くまーは、脳震盪を起こし、そのままリングに倒れこんだ。

明方

きぃまったああ!
マスク職員ズの大技!
ダブル
マスク
ツイスター
ヘッドアタック、
決まりましたぁぁぁ!

穂波さま

やったのじゃあああっ!

 両手を上げて穂波さまは喜んだ。

マスク職員その2

車山市民の平和は!

マスク職員

俺たちマスク職員ズが守る!

 そんな穂波さまにマスク職員ズはサムズアップを見せ、白い歯を見せつつ笑った。

穂波さま

はっ!

 穂波さまが勢いのある目覚め方をした。

 すぐさま周りを向いて何かを確認する。

 そして、何故か安心したかのように胸をなでおろした。

 ちなみに、僕の上布団の上で丸まって寝るのが穂波さまの寝床スタイルだ。

 毛布、布団よりも自分の尻尾のほうが暖かいというのがもっぱらの理由である。

起きましたかー。そろそろ出発なので早く着替えてくださいねー

穂波さま

むむぅ……

 目をぐしぐしと右手でこする穂波さまのもう片方の手には、起動しっぱなしのYATAが握られていた。

YATAが面白いからって夜更かししちゃだめですよ

穂波さま

そうじゃの……

今日は久しぶりの穂波山に行くんですし、しゃんとしないと山の神様に心配されますよ

穂波さま

そうじゃったそうじゃった

そういえば、寝ている時、唸ったり苦しそうだったり、最後は笑顔になったり、凄い百面相でしたけど、どんな夢を見てたんですか?

穂波さま

夢……なんか凄い夢を見た気がするのじゃが、覚えておらんのう

そうですか、まあ夢ですしね

穂波さま

うむ、ところでじゃ

はい、なんでしょう

穂波さま

あの赤いマスクを被った職員に、青いマスクを被った小学校の先生をしている兄とか、おるのか?

なんで僕の母校の先生を知ってるんですか?

 僕の言葉を聞いた穂波さまは、かなり驚いた顔をした。

小噺集 春前の神様たち 了

pagetop