窓越しから空を眺める。
体感的に今は昼間だと思われるが、奴隷都市を見下ろす空は物悲しい程に薄暗い。
……この場所はいつも薄暗いんだな。
窓越しから空を眺める。
体感的に今は昼間だと思われるが、奴隷都市を見下ろす空は物悲しい程に薄暗い。
フェイト。ここ最近は空ばかり眺めてるよな。
あはは……何か習慣になっちゃったみたいだ。
でも、こうしていると自分達が置かれている状況を忘れそうになるよ。
ま、確かにそうだな。
俺はそれが逆に不気味に感じるよ。
うん、そうだね……
急ギ、公爵様ニ報告ヲ。
現レタ。闇ノ王ガ現レタ。
闇ノ王ガ現レタ。公爵様ニ伝令ヲ。
突然、窓の外から不気味な声が聞こえてきた。
直に確かめたかったけど、窓には何か特殊な鍵がかかっているらしく、開錠は出来ない。
何だ今の? いつになく騒がしいな。
「闇の王が現れた」って言ってたね。
どう言う事なんだろう? 何かが起ころうとしているのか?
形容し難い僅かな不安を抱きながら、僕は再び空を見上げた。
所変わって――城下町・東通り。
一体何の騒ぎだ!?
宿屋の大門を開け、通りに躍り出る。
目の前にある光景は俺の予想通りだった様だ。
……。
……。
野盗か、格好からして海賊か。いずれにせよ騒ぎの原因であるなら捨てては置けない。
そこを動くなよ。返答如何では此方も手加減はしない。
……。
な、何だコイツ等? 返答どころか眉一つ動かさない。
それ以前に俺の話を聞いているのかも怪しい。
……。
……コイツ等、俺が誰なのかわからないのか?
親父の代理に就いてから結構な時が経っている。しょっぴいた悪党の数もそれに比例しているだろうから、それなりに顔が知れてると思ってたんだがな。
おぉ、見てみるでのラディエル!
アレが現代の悪党でのっ。
エレクトラ。後でカルスさんに叱られても知りませんよ?
……って、この声はっ!
背後を振り返ってみると、案の定人外二人が普通に外に出ていた。
俺の話聞いてたよな!?
ケチ臭い事を言うモノではないでの。人間観察はワシの趣味の一つでの♪
観察対象が悪党ってのは全力でどうかと思うぜ……
この死神様は俺の想像以上に好奇心が旺盛らしい。陛下の手前、無茶苦茶な事はしないと思うが……
……闇……
……闇、ノ……王……
今までだんまりをキメていた二人が口を開く。
だが、その声に感情が一切感じられない。
いや、そもそも今の声は本当に奴等の物だったのか?
……っ! カルスさん、どうやらこの者達は“招かれざる客”の様です。
な、何っ?
エレクトラの存在に勘付きましたか。
周囲に人がいないのがせめてもの救いと言えますね。
……ズズッ……ズズズッ……
闇ノ王……
……公爵様ニ、仇ナス、者……
奴等の足元に“闇”が広がる。
それは瞬く間に二人を飲み込み、そして――
なるほど、先手を取られたのはワシ等の方か。
嫌な音がした。言葉にし難い不快感……否、恐怖心。
多分、俺は正常なのだと信じたい。
グォォォオオオオオオオッ!!
闇の渦に飲み込まれた二人は歪んだ形で一つと成り、闇の中から這い出して来た。
耳を劈(つんざ)く程の奇声が辺りに響き渡る。
あの二人、不死者(アンデット)だったのか!
亡者兵士(ボーン・レイス)ではありませんが、戦えぬ者達にとっては十分脅威と言えます。
だったら尚更ここで食い止める!
オオォオオオオォォォッ!!
――漆黒の束縛、黒き楔を大地に刻め――
っ!? 呪文詠唱――エレクトラかっ!
魔黒方陣(ディル・ブロード)!
ガキィ、ンッ!
エレクトラの放った黒い楔が這い出てきた不死者の身体を拘束する。
闇の精霊術……
“契約”を成して尚この魔力……流石は闇の王、と言うべきでしょうか。
ん? 今何て言った?
“契約を成して尚この魔力”だって? どう言う意味なんだ。
さて、この不死者どうしてくれようかの。
意思疎通が出来る位の知能が残っていれば色々と訊き出せそうだが……
難しい話だの。仮に知能があったとしても簡単に口を割るとも思えんからの。
そう言いながら、エレクトラは楔を強く引っ張り上げる。不死者の口から苦悶の声が漏れた。
如何様な理由があれど、このワシに牙を向けたからには相応の覚悟をしてもらわなくてはのォ?
お前、その顔は絶対陛下には見せるなよ……
……闇ノ王……
公爵様ニ、仇ナス者……
エレクトラ!
どうしたラディエル――むむっ?
グォォオオオオオオオオオッ!!
ドンッ!!
巨大な地響きと共に地面を突き破ってきたのは、大量の触手だった。
な、何っ!?
予想外の反撃に俺達三人は同時に息を飲む。
な、何が起こってるの!?
ば、化け物が! あれは一年前に見た奴等と同じだぜ!
騒ぎを聞きつけた町の人間達が次々と姿を見せ始める。
マズいぞっ! このままじゃ最悪犠牲者が出てしまう!
これ以上は――!
俺は腰に吊る下げている剣の柄を握り締める。
が、それをやんわりとした手つきで制した奴がいた。
どうか冷静に。ヘタに動いては触手の動きを増長させ、かえって周りの人間を危険に晒す事になります。
止めるなっ! 止めないでくれっ!
俺は、ライト・リブルスの聖騎士なんだっ!
この国を護る剣であり、それ以上に盾と在らなくてはならないんだっ!
貴方の名誉は何一つ傷付きはしません。
私はただ、その確固たる意思に報いるだけです。
意思に、報いる?
つまり、貴方を気に入ったと言うワケですね。
言うが早いか、ラディエルは不死者の拘束――俺達が話している間に触手の一部も拘束し始めている――を続けているエレクトラに向かって大声を上げた。
エレクトラ、そのまましっかりと手綱を握ってて下さい!
ほむ? 勿論そのつもりだが……
えぇ、そのまま気を抜かずにお願いしますね。
ラディエルはゆっくりと右手を前に突き出す。
狙いは言うまでも無く、エレクトラが拘束している不死者と触手の群だ。
俺は街の人間に危険が及ばない様にしながら、しかしすぐにでも斬りかかれる様に柄は握り締めたまま身構えておく。
古き盟約の名の下に集え。
我は七界の大天使(セラフィム・マザーセブンス)
ラディエルの掌に炎が灯る。
ユラユラ、と揺れていたそれは徐々にその勢いを増していく。
其は生命の破壊と再生を司りし猛き者。
七界の眷属よ、我が命に従え。
炎はいよいよ猛り狂い、よく見てみると何かの形を成しているのがわかる。
ち、ちょっと待てラディエル! お主もしかしなくても――
エレクトラ。これも全てはか弱き命を救う為。
私としても心苦しい事ではありますが……
いやいやいや! ここにか弱き年寄りもおるでの!?
誰が何だって?
それでは皆さん、よろしくお願いしますね。
ラディエルが唱えていたのは精霊の召喚魔法だったらしい。掌で揺らめいていた炎は火トカゲ――炎の精霊・サラマンダーの群となり、そのまま不死者と触手めがけて突っ込んでいく。
不浄なる生命よ、大天使ラディエル・クロウの名の下に――
ラディエルは炎が消え去った手を動かす。
浄化せよ!
パチンッ!
軽快に指を鳴らした。
一瞬の発光、そして爆発。
両耳を手で塞ぎながら吹き荒れる爆風を何とか踏ん張って耐える。
って、エレクトラァ!?
大丈夫ですよ。仮にも闇の王なんですから。
いや、いくら死神でもコレはタダじゃ済まないだろ……
あまりと言えばあまりの超展開に、俺はただ茫然と空に昇る黒煙を見上げていた。