フラウス

……俺は、あまりにも無力だ。

 半壊した城下町の中心でポツリ、と聞こえて来たのがその台詞だった。

フラウス

俺は、間違っていたのか?

 いいや、貴方は――いや、お前は何も間違っちゃいない。
 お前の取った選択と行動は城下町の被害を最小限に留められた。だから、お前が自分を責める理由はどこにも無い。

フラウス

……すまない。

 それでもお前は、責め続けるんだろう。
 俺は、ただそれを聞いてやる事しかできない。

フラウス

……すまない、フェイト。

“生きている保証は無い”
 そう言うのは至極容易い。

 だが、それを口にしてしまったら。
 俺は本当の意味でお前の希望を奪ってしまうのだろう。

カルス

……。

 自分を責めるな、フラウス。
 無力なのは俺も同じ――同じなんだ、だから。

 殿下は必ず、俺の手で救い出してみせる。

 
 ライト・リブルス聖大国。
 城下町フラーゼル・東通り――

カルス

ふぅ。

いらっしゃいませ。随分とお疲れの様ですね。

カルス

まぁな。久々の遠出だったぜ。

 城下町にある宿屋で軽く小休止をする。
 一年前の奴隷狩り以来、目立った襲撃は無いものの、不死者と言うのはとにかく神出鬼没だ。

 だからこうやって定期的に周囲の偵察は欠かさない様にしている。
 ライト・リブルスの聖騎士団は国を護る剣であり、それ以上に盾と在らねばならない。俺の親父がそうであった様に。

あれ? お前、もしかしてカルスか?

カルス

ん? おー、久しぶりだな。

 広間にあるソファに腰を下ろした瞬間、昔馴染みの同僚にバッタリと出会う。厳密に言えば“元”同僚だが。
 お互い慣れたモンで、交わす挨拶もそれ相応だ。

こんな所で会うなんてなァ。もしかしてサボリか?

カルス

んなワケあるか。ただの休憩だ、休憩。

ハハハ、相変わらず熱心じゃねーの。

カルス

そう思うなら晩飯の一つでも奢ってくれよ。

 冗談もそこそこに、俺はリビングのソファに腰を下ろす。
 他に回ってない区画は……西通り位だな。あんまり近づきたく無い所だがそうも言っていられないか。

ま、俺しばらくこの辺りを拠点にしてるからよ。
同僚のよしみで話位は聞いてやるぜ?

カルス

へいへい、ありがとさん。

 他愛ない会話を交わした後、奴は陽気に手を振りながらリビングを去って行った。
 その背中をしばし見送り、俺は大きく息を吐く。

カルス

……奴隷狩り、か。

 不意に“あの時の光景”が脳裏をよぎる。
 一年前のあの日、俺達は国を護る為に大切な者を犠牲にしてしまった。そしてそれは、今も尚陛下の心に暗い闇を落としている。

 生きている保証は無い――それが本音だ。しかし、誰一人としてそれを口にする奴はいなかった。
 陛下は、今でも信じている。殿下が……弟であるフェイト様が今もどこかで生きているのだと。心の底から信じているんだ。

 俺は、陛下に仕える臣下の一人として、それを証明したい。
 否、しなければならないんだ。

カルス

だが、どうすればいいんだ?

エレクトラ

簡単な話だの。直接此方から出向いてやれば良いだけの事。

カルス

んなっ!?

 聞き慣れた声が……天井から!?
 俺はとっさに天井を見上げる。

エレクトラ

カッカッカ。この様な所でサボリとは良い度胸だの、カルス。

カルス

いやお前絶対ワザと言ってるだろ。
つか、いつの間に城下町(そと)にっ?

 天井を床の様にして立つエレクトラはやれやれ、と言いたげに首を横に振る。

エレクトラ

フラウスに頼まれてお主を捜しておったのだよ。

カルス

陛下が、俺を?

エレクトラ

「定時報告の時間になっても姿を現さない」と珍しがっておったでの。

 定時報告……って、もうそんな時間かよっ!?
 あわててリビングの柱時計に目を向けると、エレクトラの言葉が無慈悲に裏付けられる。

エレクトラ

ま、こんな所でもっさりしていれば時間など気にはならなくなるだろうの。

カルス

だから違うって言ってンだろーが!

エレクトラ

カッカッカ、そう腹を立てるものではない。
興味深い話も聞けたからの。

 興味深い話?

エレクトラ

フラウスの弟を取り戻したいのだろう?

カルス

なっ!?

エレクトラ

何を驚く。ワシも相当の長生きだからの、簡単な読唇術くらい心得ておるでの。
お主も一年前の奴隷狩りとやらに負い目を感じている者の一人か。

 ……負い目……確かにそうなのかもしれない。
 俺がもっと強かったなら、殿下の御身を護る事だって出来たかもしれないんだ。

エレクトラ

だが、悔やんだところであやつの弟は戻っては来ぬよ。

カルス

わかっている。それでも俺は……!

エレクトラ

だからこそ、起つべきは今ではないのかの?

 な、なんだって?

エレクトラ

真偽を明らかにする為にも、どの道奴隷都市には足を踏み入れなければなるまい。

カルス

そりゃお前の言う通りだが……本気で言ってるのか?

エレクトラ

本気も何も、何の為にワシがいると思うているでの。
ワシもお主等も、目指すべき場所は同じ。これを最大限利用しない手は無いでの。

 ……此方から奴隷都市に攻め入る。エレクトラの言う通り、殿下の救出を念頭に置くならそれが一番確実だ。生きているとすれば、十中八九あそこに連れて行かれたハズだろうし。

 本音を言えば今すぐにでも実行に移したい位だ。
 だが、勝手な行動は許されない。
 俺は重傷を負った親父の代わりを務めている。役目を放棄して城を出るなど――

 
“漸く見つけましたよ”
 

カルス

声? 誰か来たのか?

エレクトラ

ふむ。話の途中すまんの、カルス。

カルス

エレクトラ?

エレクトラ

来客だの、このワシに。

 エレクトラは危な気無く着地し、俺も反射的に立ち上がる。
 いつの間にか俺達以外の人は全員出払っていたらしい。そんな中で、ゆっくりと何者かが近づいて来た。

ラディエル

久しぶりですね、エレクトラ。

エレクトラ

やれやれ、そんなに分かり易かったかの。

ラディエル

私の妹は、あぁ見えて優秀ですから。

 初めて見る奴だ。どうやらエレクトラの知り合いらしいが……
 て言うか、死神の知り合いってそれだけで十分おかしいだろ。

カルス

アンタ、一体何者だ?

 どう贔屓目に見ても“いわく付き”と考えるのが自然だ。
 敵意は感じられないが、一応警戒はしておく。

ラディエル

初めまして。私の名はラディエル。
何、ただのしがない中間管理職ですよ。

エレクトラ

騙されるなよカルス。あの男、天界の大天使(セラフ)での。

カルス

大天使……って、まさか!

 昔、ミディアから聞いた事がある。下界……つまり、俺達が住んでいる世界の万物“七界の理”を管理する大天使の名前が――ラディエル・クロウ。
 言うなれば、万物に宿る精霊達の長とも言える。

カルス

何が中間管理職だ。とんだ大物じゃねーかよ!

ラディエル

面と向かって言われますと照れてしまいますね。

 いや誉めてねーし! それよりも、こんな奴が普通に知り合いにいるエレクトラの方に驚くべきなのか。

エレクトラ

嘘を言う理由も無いからの。アレは紛れも無い本物よ。

カルス

その割には、天使の象徴である“輪”と“翼”がどこにも見当たらないんだが……

ラディエル

我々天使の本来の在り方は、寧ろ精霊のそれに近い。精神体(アストラルボディ)と言えば解り易いと思います。
ですから、この様な“依代”を以て下界での務めにいそしんでいると言うワケですね。

 思いかけず、とんでもない奴と遭遇したが……とりあえず、観光目的でやって来たハズも無い。
 目的はエレクトラだろうな。天界の大天使と闇の王……そいつ等が同じ場所にいるってのも中々に変な雰囲気だな。

ラディエル

そこの青年が契約主ですか?

エレクトラ

いいや、契約主は他にいるでの。
この男は目的を同じとする――言うなれば仲間での。

カルス

ま、そう言う事だな。

 死神に仲間扱いってのも早々体験出来ないモンだよな。
 自慢になるかどうかは果てしなく微妙だが。

ラディエル

エレクトラ。貴女の目的は奴隷都市で間違いないですね?

エレクトラ

うむ。話が早くて何よりだの。
天界との盟約もある。無意味に暴れたりはせぬよ。

ラディエル

わかっていますよ。ですが、私にも一応立場がありますからね。
正直な話、我々もあの奴隷都市には手を焼いていましてね、途方に暮れていたと言うのが本音です。

 そう言や、インテリ二人も言ってたっけな。
 死霊術で生み出された高位の不死者は七界の理に対して大きな耐性が備わっていると。
 となると、確かに天使達にとっては分が悪いんだろう。

 だからこそ自ら出向いた、とエレクトラは言っていた。
 コイツが一緒になって戦ってくれるってンなら、殿下の救出も決して不可能じゃないって事に――

 
 ドゴォォォンッ!!
 

カルス

な、何だ!?

 唐突な爆発音。程なくして怒声と悲鳴が耳に入ってきた。

エレクトラ

雰囲気的に、あまり良い展開ではなさそうだの。

ラディエル

魔物の襲撃でしょうか?

カルス

いや、今の爆発音は作為的なモノだ。
おそらく、野盗か何か……良い迷惑なのは変わらねェが。

 やれやれ、余計な仕事を増やしてくれたモンだ。
 かと言って、人外二人に騒ぎの収拾を任せるワケにもいかない。まず間違いなくそれだけじゃ済まなくなる。

カルス

エレクトラ。それからラディエル。
この場は俺が収めるからお前等はそこを動くなよ。

エレクトラ

何を言うておるでの。どんな輩が暴れてるか見てみたいでの。

カルス

その笑顔が逆に怖いわ! いいな、絶対に来るなよ!

 頼むからお前は自分の立場を弁えてくれ。
 これ以上、陛下の気苦労を増やすのは御免だ。

 俺は念の為、もう一度しっかり釘を指してからリビングを後にする。
 全く、どこのどいつだが知らねェが、この国で暴れてくれた落とし前はきっちりつけてもらうぜっ。
 

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