お昼休みが終わり、五時限目、六時限目の授業の間、僕はいつもどおりに振舞った。
午後の休憩時間には、もう僕へのバレンタインドッキリの話をする者はいなかった。
とりあえず皆にとって、この件は終わったことなのだ。
お昼休みが終わり、五時限目、六時限目の授業の間、僕はいつもどおりに振舞った。
午後の休憩時間には、もう僕へのバレンタインドッキリの話をする者はいなかった。
とりあえず皆にとって、この件は終わったことなのだ。
帰りのホームルームが終わり、部活へと向かったアキオ君に手を振って、僕も教室を出た。
そういえば僕は山根さんに修正ネームを読ませてもらう約束があったのだ。
教室を出る直前、山根さんの席を見ると彼女も丁度席を立って教室を出ようとしているところだった。
先に行って待ってようと思い教室を出ると、うらべっち君が廊下に一人立っていた。
わたりん、あの例のチョコのやつさ。
あいつら深く考えずに色々やっちまうんだ。
あんまり気にすんなよ
うらべっち君は僕を待っていたようだった。
我慢して心の底に沈殿させていた苛立ちがうらべっち君の気遣いによって、棒でかき混ぜられたように浮き上がり、僕の心を泥水のように濁らせた。
うらべっち君の言うとおりだと思うよ。
ちょっとしたいたずらだよね。
だからもう僕も気にしちゃいけないって思って笑ってたんだ。
でもさ、もらえる可能性がある人にあんないたずらしないと思うんだよね。
僕がチョコに浮かれてるのを見ながら、『お前なんかがもらえるわけないだろ』ってみんなして僕を馬鹿にしてたんだ
うらべっち君は黙って僕の話を聞いていた。
うらべっち君はいいやつだ。
顔もかっこいいし、バスケ部のエースだ。
『君はさぞかしモテモテで、今年もチョコをいっぱいもらうんだろ?』なんて醜い八つ当たりを口に出しそうになり、それをグッと堪えた。
この上そんなことを言ってしまったら、惨めすぎて泣いてしまいそうだ。
まあ、なんだ。
さっきも言ったけど、あいつらのいたずらに深い意味なんてないんだ。
それにアキオもホアチャーも俺の知る限り義理以外のチョコもらってないはずだぜ。
だから気にすんな。
うーん、俺からはこんなことしか言えんけど
うらべっち君は僕を励まそうとしてくれているようだが、どうにも言葉が詰まってしまっている。
僕のネガティブな発言に困惑しているらしい。
いいよ、うらべっち君。
ありがとね。
僕も明日には忘れてる気がするよ
おお。
とりあえず大丈夫そうだな。
んじゃ、俺も部活行くわ
イケメンうらべっち君は、まだまばらに残っている下校中の生徒たちを軽い身のこなしでかわしながら去っていった。
うらべっち君の後ろ姿を見ながら、『でも君はもらってるんだろ?』と思った。
僕の心はうらべっち君の優しさをもってしても、ろ過されず濁ったままだった。
山根さんは、僕がうらべっち君と話をしている間にいなくなっていた。
僕は図書室へ向かいながら、泥水と化した心を揺り動かさないよう目を閉じて深呼吸した。
そうして図書室に着く頃には再び不純物が心の底に沈殿していき、ようやく表面上の笑顔を取り繕うことができるようになってきていた。
山根さんは、図書室の入口から一番遠いいつもの席で本を読んで待機している。
カバーをかけてて文庫本に見せているが、例のごとく漫画だろう。
山根さん、待たせてごめん
僕はいつも通り山根さんの向かい側に腰掛けた。
あ、ども。
お、お気になさらず
山根さんは今日も恐縮しているようだ。
だが、少しだけ喋り方がスムーズになっているような気がした。
僕としゃべることに慣れてきたのかもしれない。
早速、山根さんの修正ネームを読ませてもらった。
昨日、微妙だと感じたオチの部分はきちんと修正されていた。
というより、ラスト数ページをごっそり入れ替えた感じで、終わり方が修正前とまったく異なっていた。
すごく良くなったと思う。
僕は面白いと思ったよ。
なんか考えさせられるオチになってて良かった
きょ、きょきょ……恐縮です
これから部活だよね。
漫研の人たちにも見せたほうがいいよ。
僕の意見だけだとイマイチ信憑性が無いからさ
僕が立ち上がり部活へ向かう素振りを見せると、山根さんは何か言いたそうに口を開けて、僕の方へ軽く手を伸ばした。
何かを言おうとして、声が出なかったような感じだ。
山根さん、どうかした?
あ、いえ。
なな……なんでも
山根さんはうつむいて口をもごもごさせた。
やっぱり何か言いたげだった。
僕が黙って山根さんを見ていると、山根さんは片手を横にブンブン振って、なんでもないという素振りを見せた。
僕はちょっと微笑んで頷き、これ以上詮索しないことにした。
そして僕らは部活へと向かった。