なんにしても書いてみるか。



 小説書くぞ! と美由に宣言してから二週間後。




 いつもより格段に早く仕事を終えて午後七時過ぎに家に帰ってきた俺は、ひとまずデスク替わりの四角形ちゃぶ台の前にあぐらをかいた。



 ちゃぶ台の上には新品のデスクトップパソコンが置かれている。






 美由はバイトで家にはいなかったが、掛け持ちの日ではないはずなので、一時間もしないうちに帰ってくるだろう。



 一人で集中できる貴重な時間と捉え、俺は早速小説のネタを考えてみることにした。


 しかしブランクがあるせいなのか、最近小説を読まなくなったせいか、全然ストーリーが浮かんでこない。





 購入したてのパソコンを前に腕を組み、目を閉じて唸ってはみるものの、俺の脳みそはだんまりを決め込んでいた。



 なにかいいネタが掘り起こされないものかと、ちゃぶ台の古傷を指でカリカリしていると、いつの間にかその行為に没頭している自分にハッとなる。




 なんということだ。



 せっかく仕事を早くあがれたというのに、貴重な時間が流しそうめんのようにツルツルと流れていく。




 そうだ、こんな時は散歩だ散歩。



 歩きながらだと考えがまとまったり、いいアイデアが出てきたりするもんだ。





 俺は軽くヨレたTシャツにトレパンというなんともだらしない格好のまま外へ出て、夜の静かな住宅街を歩き出した。

 少し離れたところから、一家団欒の笑い声が聞こえてくる。



 いつか美由と築くであろう温かい家庭を想像しながらも、一方では家族の笑い声をネタにストーリーを考えていた。



 犬の遠吠え、微かに聞こえる電車の音、どこかから漂う中華の匂い。




 そういえばもう八時だというのに、ご飯を食べていない。




 だいぶお腹がすいてきた俺の頭の中に、料理をする美由の姿が投影された。





 刻んだ野菜をジャージャー炒める音。ジュワーっと卵を焼く音。


 俺はこの音が大好きだった。


 美由が家にいて、二人で住んでいることを一番実感できる心温まる音。




 目をつぶれば瞼の裏には美由の運んできたオムライスが……。






 よし、卵をお題にしてネタを考えてみよう。卵といえばゆで卵だ。カラをむいて塩振って、食べて……。



 駄目だ、なんのお話も始まらない。



 卵といえばオムライス。ケチャップで顔を書いて……。


 卵といえばだし巻き。


 大根おろしに醤油をかけて……。







 気がつくと小一時間ほどの間、俺はあらゆる卵料理を食していた。



 もちろんストーリーなど一切ない。


 もう美由も家に帰っている頃だろう。


 俺は自分の住むアパートまで戻ってくると、深いため息をついた。

 家に入ると案の定、美由が帰ってきており、食材を買い物袋から冷蔵庫へと移している最中だった。


 丁度切らしていた卵も買ったようだな。

美由

お帰り冬弥。
どこか行ってたの?
仕事着は家に転がってたから仕事からは帰ってきてたんだよね

冬弥

ああ、ちょっと散歩にね

 俺は美由の質問に苦笑いで答えた後、美由が手に持っている卵のパックを見ながら言った。

冬弥

ところでさ。
今日、美由のオムレツが食べたい

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