先日の盗みもまた上出来だった。
厳重な警備をかわし、獲物を手に高笑いする私を茫然と見送る警察たちの顔といったら、何度思い返しても笑える。
特に、ずっと私を追い続けているあの刑事の間の抜けた顔は、何回見ても飽きない。
先日の盗みもまた上出来だった。
厳重な警備をかわし、獲物を手に高笑いする私を茫然と見送る警察たちの顔といったら、何度思い返しても笑える。
特に、ずっと私を追い続けているあの刑事の間の抜けた顔は、何回見ても飽きない。
毎度毎度、今度こそ私を捕まえると管を巻いているが、あの程度の刑事相手が私を捕まえるだなんて、例えその生涯を費やしたとしても不可能だ。
といっても、私に捕まる気はさらさらないので、今の刑事のほうが都合がいいのだが……。
しかし、こうも毎回あっさり騙されてくれると、嬉しい反面、やり甲斐というか張り合いがないのもまた事実なので、もう少しあの刑事たちにも頑張ってほしいと思うのはおかしいだろうか?
そんなジレンマを抱えながら、先日美術館から盗みだした絵をぼんやりと眺める。
中世に流行った印象派だか、写実派だか、詳しくは知らないが有名な画家が描いた原画らしく、裏ルートでは高値で取引されているらしい。
らしい、というのも、私は絵には興味がないし、その美術的な価値なんてさっぱりわからない。
なのになぜ絵画を盗み出したのかと問われれば、それが今回の依頼だったからだ。
依頼人は絵画鑑賞を趣味とするらしく、有名な絵のレプリカを買いあさっていたが、やがてレプリカだけでは満足できなくなり、ついに私に依頼を出したというわけだ。
といっても、そんな事情など私には知ったことではない。
私は絵よりも宝石の方が好みで、自分のための盗みはもっぱら宝石ばかりを狙うのだから。
それからしばらくして、さて次はどんな獲物を狙おうかと考えていると、突然、部屋の外から私――怪盗ソルシエールの名ではなく、本名を呼ぶ声が聞こえ、私はゆっくりと部屋を後にした。
先生!
部活で怪盗ソルシエールの話が出てから数日後。
そろそろ制服の長袖を着ていると汗ばむようになってきたとか考えながら教室のドアをくぐった僕の耳朶を、朝っぱらからテンションマックスな奈緒の声が叩いた。
朝の挨拶もそこそこに僕の前にずんずんとやってきた奈緒の眼は、これ以上ないくらいに輝いてて、正直あまりいい予感がしない。
朝からやたら元気だけど……
どうかしたの?
自分の席にかばんを置きながら訊ねると、奈緒は一層目を輝かせながら、新聞の切抜きを僕の机に叩きつけた。
これを見てください!
言われるがままに、その切抜きに目を落としてみると、そこにはこの街の博物館で開催される世界宝石展のことが書いてあった。
ここ最近、テレビCMでもよく見かけるので、流石の僕でも知っている。
で?
これがどうしたというのだろう?
僕が首をかしげていると、奈緒が焦れたように切抜きを取り上げ、それを読み始めた。
近々、博物館で開催される世界宝石展には、世界最大のブルーダイヤモンド、通称「ネレイドの涙」も展示・公開される予定である
…………?
それが?
行きましょう、先生!
まるで、これから遊園地に出かける子供のように楽しみで仕方ないといわんばかりの奈緒を、僕は正直意外に思った。
知らなかったよ……
奈緒でもこういうのに興味あるんだね……
僕がそういうと、彼女がきょとんとした。
え?
いやいや!
別に宝石なんてどうでもいいんですよ!
私が興味あるのは怪盗ソルシエールのほうです!
あの怪盗ならこの「ネレイドの涙」を見逃すはずがありません!
だから、私たちも博物館に乗り込んでとっ捕まえてやりましょう!
ああ、そういうこと。
納得すると同時に、実に彼女らしいと思う。
普通の女の子なら興味を持ちそうな宝石よりも、怪盗のほうが興味があるとか……。
内心で、あまりの彼女らしさに苦笑しながら、とりあえず残りの二人――マサヒロと鏡花さんにも話をしようと言うことになり、とりあえずその場は解散となった。
まぁ、二人とも反対なんてしないと思うけどね。
そしてその日の放課後。
全員が集合したことを確認してから、奈緒が早速話を切り出した。
まぁ、おおよその会話の流れは袈裟と一緒だから割愛するけれど、その話を切り出したとき、マサヒロも鏡花さんも妙に乗り気だった。
やっぱり探偵を目指すものとして、怪盗との対決は避けられないらしく、僕を置いてきぼりにして、怪盗ソルシエールについてあれこれと盛り上がり始めた。
そんな彼らに水を差すのも申し訳ないと思いつつ、僕は疑問に思ったことをそのまま口にする。
あのさ……
盛り上がってるところ悪いんだけど……
ソルシエールが、いつ宝石展を狙うかも分かってないし、そもそも本当に宝石を狙うかも分からないじゃないか……
うぐっ、と言葉を詰まらせる三人に、僕が今回は大人しく見守っていようと提案しようとしたときだった。
突然、部室のドアが開けられ、一人の女子生徒が姿を現した。
あの……ちょっといいですか?
あら……あなたはこの間依頼を持ってきてた……
はい
その節は大変お世話になりました……
それで?
また何か依頼っすか?
あ……いえ……
そういうわけではなくて……
実はさっき、そこであなた方にこれを渡すように言われたものですから……
そういいながら、彼女がおずおずと差し出したのは一通の封書だった。
ご丁寧に蝋で封印されたその手紙を、鏡花さんが受け取って僕に渡す。
蝋に刻まれた紋様は何かの花だろうか?
この花は……
アイリスですね……
日本ではアヤメと呼ばれている花です……
フランスの国花ともされていますが……
途端、僕以外の三人の顔色が変わる。
となると……
この手紙の差出人は……
あいつと考えるのが妥当っすね……
怪盗……ソルシエール
直後、奈緒が手紙を持ってきた女子生徒を睨むように問いかけた。
あなたにこの手紙を渡したのはどんなやつだった!?
え……?
えっと……
私にその手紙を渡してすぐに立ち去ってしまったので詳しいことは分からないですが……
少なくとも男の人……だったと思います……
その程度の情報だけではどうにもならないのは、いくら推理できない僕にでも分かる。
そして事実。
奈緒もマサヒロも鏡花さんも、それを理解して小さく肩を落としていた。
ともあれ、とりあえず怪盗ソルシエールからの手紙を読んでみようということになり、僕は近くにあったペーパーナイフで丁寧に封を切って、中の手紙を取り出す。
「招待状」
私――怪盗ソルシエールは、博物館で開催される宝石展に展示される世界最大のブルーダイヤモンドである
「ネレイドの涙」を頂戴したく思います。
つきましては、話題の名探偵である貴君らにも私の華麗な魔法を目の前でご覧いただきたく存じます。
日時は、宝石展開催初日の22時。
我が魔法をとくとご覧あれ。
怪盗ソルシエール
それは怪盗ソルシエールが出すという予告状だった。
招待状だなんてふざけた奴ね……
先生に挑戦状を叩きつけるとか……
大胆不敵っすよ……
でも、わざわざ招待してくれたんですから……
行かない手はないですね……
くしゃり、と犯行予告状を握り締めながら、探偵部の三人は息巻きながら僕に注目する。
完全にやる気満々の三人に小さくため息をついてから、僕は頷いた。
そしてついに。
予告された日がやってきた。