俺が美由と出会ったのは、枯葉が舞い散る真冬の墓地だった。



 俺はその日、成人したばかりの晴れ姿を母に見せたくて、着慣れないスーツを身にまとい、花束を抱えて墓参りに来ていた。



 規則的に並んだ無数のお墓を、左右に分断している小道。



 俺は小石と枯葉が散らばったその道のずっと奥にある、母が眠るお墓を目指して歩いていた。





 小道を一直線に進んだところには、少しだけ開けた空間がある。


 その空間の中央には、この地の主とでも言わんばかりの一本の大きな木がそびえ立ち、木の周りは白く塗られた木製のベンチで囲まれている。



 そのベンチに一人の女性が腰掛け、顔を覆って泣いていた。




 顔がはっきりと見えたわけではないが、高校生か大学生くらいだろうか。


 清潔感のある綺麗なセミロングの髪が風に揺れている様が、物悲しい印象をより一層高めている。




 そりゃ墓地なのだから、たとえ空が雲一つなく晴れ晴れとしていようとも、泣いてる人の一人二人いてしかるべきだろう。



 その時は気にすることもなく彼女の前を通り過ぎて、先にある母のお墓へと向かった。








 墓参りを済ませて、来た道を引き返すと、彼女は同じ場所で未だに泣いていた。



 よくよく考えてみると、若い女性がたった一人で泣いているというのは普通じゃない気がした。


 恋人でも亡くしたのか。


 もしかして、家族を亡くして一人ぼっちなのではないか。



 そんなことを考えていると、なんとなく彼女のことが気になってしまった。




 俺は物心ついたばかりの頃に事故で父を亡くし、女手一つで俺を育ててくれた母も高校卒業間近に病気で亡くなった。



 だから俺は、この時彼女に自分の姿を重ねてしまったんだと思う。

冬弥

あ……あの。
どうかしましたか?
大丈夫ですか?

 俺が思い切って声をかけてみると、彼女は覆っていた手を少し下げ、ゆっくりと顔をこちらに向けた。



 涙にぬれた彼女の顔は、この世の不幸をすべて背負い込んだような暗い表情をしていた。



 彼女はしばらく俺の顔を見ていたが、やがてうつむき動かなくなった。




 声をかけた以上、そのまま放っておくのは無責任だと思い、俺はとりあえず彼女の隣に腰掛けた。



 なんとかして彼女を元気づけなければならない。
 そんな使命感に駆られ、どうすればいいかを考えていた。







 長い沈黙の中、脳内だけが騒がしく動き回る。



 そうしてなんとか絞り出せたのは、後々考えると随分と苦し紛れな誘い文句だったとは思う。

冬弥

よし!
ラーメン食いに行こう。
寒い日はラーメンが美味い!

 うつむいていた彼女が、呆気にとられた様子で俺の顔を直視した。



 彼女の呆れ顔に、俺は顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。



 とはいえ、もはや引っ込みがつかなかった俺は、彼女の手を強引に引っ張って薄ら寒い墓地を颯爽と抜け出した。


 彼女は手首を握る俺の手を振りほどこうとはせず、引かれるまま黙ってついてきた。



 ただ、足取りは重く、顔からは相変わらず生気というものが感じられなかった。





 俺達がいた墓地のある場所は、郊外と呼べるほど都心から離れているわけでもなく、外は住宅地でもあるが、小さな居酒屋や飲食店も少なくない。



 そんな人通りもまばらな、何処か落ち着いた下町感のある道を、最寄駅向けに十分ほど歩くと、赤いのれんをぶら下げたラーメン屋があった。




 実のところ、このラーメン屋の存在を知ってはいたが、入ったことはなかった。


 今時のうまいラーメン屋は真っ黒もしくは真っ赤な看板をイメージするが、このラーメン屋は年季が入って薄くなった黄色い雨よけに、所々かすれた赤い文字でラーメンと書いてあった。


 店内に見えるベタベタしてそうなカウンターと、畳の座敷席に置かれている、古びた漫画が並べられた棚。


 この手のラーメン屋はあまりパンチの効いてない、つまるところまずいラーメンが出てくる確率が高いと俺の経験が言っている。




 だが、入口には『量より質! 激ウマラーメン』の挑発的な文字が書かれているのだ。




 これは客への挑戦なのだと俺は捉えた。ならば今日という機会に受けてやろうではないか。



 そんなことを思いながら俺が意気込んで店内へ入ると、彼女もちゃんと中までついてきてくれた。






 カウンターに二人並んで座ると、俺は店の壁に貼られたメニューの中でもひときわ大きな字で書かれた『オヤジのこだわりラーメン』を二つ注文した。


 しばらくして、俺達の前に二つのラーメンが置かれた。


 見た目はとりあえず悪くない。


 ずっとうつむいたまま黙り込んでいる彼女に箸を手渡した後、俺は麺を一気にすすった。





冬弥

どうやったらあんなまずいラーメンが作れるんだ?

 ラーメン屋を出た俺は、先ほど食した激まずいラーメンの味を思い返し、頭を抱えた。

冬弥

出されたからには全部食わにゃならんし。
多分、あの店の場合こだわりってところが駄目なんだろうなぁ。
客観的に見れてないんだきっと

美由

ふふ

 俺がぶつくさ文句を言ってると、彼女が突然笑い出した。



 どこに笑える要素があったのだろう。




 予想外な彼女の反応に俺は戸惑い、思わず彼女の顔を覗き込んだ。

美由

人を誘う時に、まずい店に連れて行きます?
普通

 そう言って彼女は弱々しく、だけど確実に笑顔を見せた。




 俺はその時の彼女の顔を見た瞬間、胸が高鳴り、顔が熱くなっていくのを感じた。俺は彼女の笑顔から目が離せなくなった。




 ずっと見ていたくて、ついつい凝視してしまった。




 彼女は柔らかい笑顔のまま、不思議と目をそらさずに俺をじっと見ていた。

美由

でも、少しだけ元気が出ました。
ありがとうございます

 しばらくの間、お互いが見つめ合うという奇妙な時間が流れた後、彼女はそう言ってお辞儀をした。


 そしてそのまま背を向けて立ち去ろうとした。





 遠ざかる彼女の後ろ姿を見ながら、このまま別れたくないという気持ちがフツフツと湧き上がった。

冬弥

ちょ、ちょっと待って。
今度またリベンジさせてくれ。
絶対、もっと元気が出るうまい店に連れて行くからさ

 俺は焦りにも似た心境で声を上げた。すると彼女はこちらを振り向き、微笑みながら答えた。

美由

私、美由っていいます。
ご迷惑でなければ、また連れて行ってください

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