第三話 サキュバスに襲われた学園
第三話 サキュバスに襲われた学園
――中庭――
このコ質は悪くないんだけど量がイマイチだったわ~。
もしかしてアナタたち魔女じゃないの?魔女見習い?
あ、うん。勉強中ってカンジかな
ヴェロニカわかっちゃったー。
この子サキュバスさんじゃない? 魔力吸い取っちゃうタイプの
そうよぉ。
でもそこいらのサキュバスと一緒にしないでよねー。男の精ばっかり吸うサキュバスなんて底辺だし。
ワタシは男でも女でも関係なく、美味しい魔力なら吸い取っちゃうんだから――
ってそんなことも知らずにこのワタシを喚び出したの!?
見習いでも勉強中でもなんでもいいけど、報酬はちゃんと用意してるんでしょうね
えっと……報酬って何がいいの?
そんなの決まってるじゃない! 魔力よ魔力!
根こそぎ吸い尽くしてイイ生け贄とか用意してないの?
根こそぎは無理かなぁ。廃人になっちゃう
じゃあ魔力結晶とかは? 純度が高いならそれでもいいけど
そんなの見習いのアタシたちが持ってるわけないよ~
…………。じゃあアナタ、なんのためにワタシを喚び出したワケ?
なんのためかぁ。
本当は別の悪魔を喚び出したかったから、人違い、悪魔違いっていうか――
はぁ……?
サニーがそう口にした途端、空気が変わる。
サキュバスに乗っ取られたレイリーの顔に怒りが滲み、どす黒い魔力が漏れ出た。
別の悪魔を喚び出したかった、ですって……?
ちょ、ちょっと。話し方に気を付けなさいな、サリー
え、あ、ごめん。
でもほら、このままレイリーに取り憑いたままってのも困るし、
帰ってもらえるとありがたいんだけど
で、ですからサリー……!!
帰って、ですってぇ――!?
と、音をたててレイリーに悪魔の羽が生える。
その表情と迫力から、サキュバスが激怒しているのは明らかだった。
……わ~、怒っちゃった
大人しくしていればこのガキども、ふざけるんじゃないわよ!
もういいわ、この辺のヤツらの魔力ぜーんぶ吸い取ってやるっ!!
宣言するなり、レイリーに取り憑いたサキュバスは宙に浮いて飛んでいってしまった。
おー、すごい。レイリーが飛んでる
すごい、って感心してる場合じゃないですわよ!
今のサキュバスの言葉、聞いてましたの!?
魔力吸い取っちゃうって言ってたねぇ
この辺ってことは、学園の生徒の魔力を吸い取っちゃうつもりかな?
……ちょっとヤバいかも?
ちょっとどころじゃありませんわ!!
早く捕まえてなんとかしないと……!
んー。でもどうやったら帰ってくれるんだろ?
ご自分で考えてくださいまし! とにかく早く、行きますわよ!!
倒れたまんまのチズはどうするの~?
あ、忘れてた
ああもう! 先に医務室ですわっ
――医務室――
失礼いたしますわ。
友人が倒れたのでベッドをお借りしたいのですけど……
……あれ?
サニーたちが医務室に足を踏み入れるも、室内は静まり返っている。
ドアは開いてたのに、せんせーいないんだねぇ?
昼休みはいつもいると思ったのに……うひょあっ!?
なんですの、変な声をあげて
え、えーと。先生、見つけたけど……
チズをベッドに寝かせようとしたサニーが見つけたのは、医務室のベッドの上に転がった保健師の姿だった。
塗られた口紅はゆがみ、白目を剥いてあられもない格好だ。
きゃー、せんせーパンツ見えてます~。
隠しとこ、よいしょよいしょ
というか……これは完全に魔力を吸われてますわね。
なんてむごいことを
いやー、素早いね。もしかして次々魔力吸っていってるカンジかな?
呑気にしている場合じゃありませんわよ。
急がないとどんどん被害者が――
キャーーー!!
その時まさに廊下から聞こえてきた悲鳴に、三人は一斉に振り返る。
……行きますわよ!!
チズはどうすんの?
ベッドに寝かせておく他ないでしょう、今はサキュバスを捕まえないとっ
チズ、ゆっくりおやすみ~♪
手を合わせると死んじゃったみたいだからやめよう
――廊下――
悲鳴が聞こえたほうへサニーたちが駆けつけるも一歩遅く、そこにはすでに魔力を吸われて倒れた生徒の姿があった。
なんてことですの。このままじゃ被害者が増えるばかりですわ
あっちでも二人倒れてる。でもレイリーは見当たらないね~
……これ以上無関係な人を巻き込めないね。
全力でレイリー、もといサキュバスを捕まえないと!
だから最初からそう言ってますわ
あーっ! あそこにまだ無事な子がいる!
レイリーを見てないか聞いてくるねっ
全力で誤魔化しつつサニーは生徒の元へ向かう。
どうやら魔力を吸われた生徒の友人らしく、倒れた生徒を目の前に狼狽していた。
ねえそこのアンタ! レイリー見なかった?
こーんなメガネかけてて、今なら羽が生えてるはず!
うぅっ、さっきのレイリーさんていうかたなんですか……?
ひどいです、急に不意打ちでキスしてくるなんて!
あ、その、レイリーはレイリーなんだけど中身はレイリーじゃなくて……
うっうっ、この子のファーストキスは私が奪う予定だったのに……!
何か聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいだからアタシは行くね! んじゃっ
責任とってください~~!!
――教室――
ここでもない……もう、どこ行っちゃったのかな
やはりどこへでも飛んでいけるというのが強いですわね。
もう被害者の数も多すぎて、目撃証言もあてになりませんわ
でもレイリーがキス魔になったって噂だけは確実に広まってるねぇ
レイリーが元に戻ったら半殺しにされる未来しか見えない
それなら今死ぬ気でサキュバスを捜したほうがマシですわ。
もう一度三人で手分けしましょう
そうエマニュエルが言い終わるやいなや、その背後からぬっと羽を生やした影が現れる。
当然それは、サキュバスだった。
はぁ~。結構お腹いっぱいになってきたわ。
でもちょっとデザートを食べたいカンジ。
ね、質のいい魔力のコ知らない?
いまだサキュバスに取り憑かれたままのレイリーは、魔力を吸って満足したのか先ほどとはうってかわって上機嫌にそう言った。
あなた……捜しましたわよ!
えー、ナニ? もしかしてワタシに魔力吸われたいカンジ?
ご冗談を。
まずは先ほどの非礼、友人のサニーに代わってこのトトゥ家のエマニュエルがお詫びいたしますわ。
ですからひとまず怒りをおさめ、学園内を荒らし回るのをやめてくださらないかしら
ふぅん。なんだか知らないけど、アナタ美味しそうね。
デザートにちょうどよさそう
……あの。話を聞いていただきたいのですけれど
わかる~、夫人美味しそうだよね。
くるっくるの金髪とか、舐めたら甘い味がしそう
その感覚は全然わかんないわー
何にしても、まず味見してみないことには……ね?
その、待って、落ち着いてくださいまし?
わたくしが申し上げたのは――
いっただっきまーす♪
んんんッ!!
はむぅっ
ぷはっ! やめて――ふ、んんぅっ……!
ひぇー、べろちゅーだ~
うわ……こんな場面見たくなかった……
完全に捕食されるような形で、エマニュエルはサキュバスの標的になってしまった。
サキュバスの腕は絡みつくようにエマニュエルの腰と首に回されて、逃げる隙も与えない。
んちゅぅーっ
ひうぅ……っ!!
ヴェロニカ思うんだけどぉ
ん、なに?
これ、止めたほうがいいんじゃない?
そうなんだけど、なんか手を出しづらい
あ、わかる~
んんーーッ!!
ぷはっ
サニーとヴェロニカがそうこう言ってる間に、サキュバスは吸い付いた唇を離し、にっこりと笑った。
ん、美味し♪ いい味だったわ~
……うぅ……わたくしの、はじめてが……っ
魔力を吸われたエマニュエルはそのままうつぶせに倒れてしまう。
倒れる寸前、完全に泣きそうになっていた。
……満足したなら帰って欲しいなーって思ってるんだけど。
その辺りどうかな?
そうねぇ。悪くない提案だけど――
するとサキュバスはまた
と羽を広げ、怪しげな笑顔で床を蹴る。
ごめんね、楽しくなってきちゃった☆
そして開いていた窓からあっという間に飛び去ってしまう。
残されたサニーとヴェロニカは、倒れたエマニュエルを横目に呆然とするしかなかった。
――広場――
医務室はあっという間に倒れた生徒でいっぱいになり。
騒ぎを知った教師らが動き始めたそのころ、サニーとヴェロニカは学園の広場にいた。
サキュバスはあのあとも学園内をあちこち飛び回りさらに被害者を増やしていたが。
さすがにもう満腹になったのかな?
というより、あれは……追いかけっこを楽しんでるみたいだよ、ほら
広場の噴水のへりに腰掛けたサキュバスは、こちらの姿を認めて妖しげに笑った。
まるでサニーとヴェロニカを待っているかのようにその場から立ち上がろうともしない。
んん~。ヴェロニカはこうやって振り回されるのはあまり好きじゃないかもぉ
そだね。みんなのトラウマも山ほど作っちゃったみたいだし、いい加減終わりにしないと
んじゃどーする?
――本気で、やっちゃう?
目がマジすぎて怖いって!
……ここはアタシがやるよ。あの悪魔を喚び出したのはアタシだし、それに……
レイリーのこと、傷つけたくない
サニーはゆっくりとサキュバスに近寄り、自らの右手を差し出した。
アタシがアンタを喚び出したんだから、全部の責任はアタシが持つよ。
魔力の報酬が欲しいのならアタシのをいくらでもあげる。
だからどうかレイリーを返して……元の世界へ戻って欲しい
あら。ずいぶん腹をくくったのね
みんなアタシの大事な友達なんだ。いつも巻き込んじゃうけど……
でも、絶対に見捨てないで友達でいてくれる。
だからもちろんアタシも、何があったってみんなを見捨てないって決めてるんだよ
サニーがそう話している間に、わずかに魔力が戻ったチズとエマニュエルが広場に駆けつけていた。
サリー……そんな風に思っていたんですの
意外だったな……しかしそう想い合わないと、友情は成立しない
正直今はコトの元凶であるサリーを百発殴って差し上げたいですけど
奇遇だな。わたしもだ
ねえちょっと!? 今いいこと言ったハズだよねアタシ!
……ふふふっ……
サキュバスの代わりに微笑んだレイリーの身体が、ゆらりと立ち上がりサニーの手を取る。
相変わらず外野は騒がしかったが、サキュバスの表情は先ほどに比べて晴れやかだ。
そこまで言うのなら、ワタシもその想いに応えてあげる。
真っ直ぐなコは嫌いじゃないもの
じゃあ……!
あっつーいキスと一緒に魔力を根こそぎ吸い取ってあげるわね♪
え……やっぱりそれ?
こう、手からビューッと吸い取れたりしないの
できなくはないけどイヤ。楽しくないもの
そんな理由!? ええ~……キスはちょっとなぁ
偉そうなコト言っといてそれ!?
いいからさっさと覚悟決めなさいよ!
いやそれとこれとは話が別というか、レイリーとキスするっていうのがそもそも……
たまにはいいじゃない、やっちゃえやっちゃえ~
アニー!? 他人事だと思って……!
いい加減にしなさいよ!?
ぶちゅーっとしちゃえばいいじゃない、ぶちゅーっと!!
わ、わああああああっ!?
再びキレたサキュバスに捕まえられて、サニーは強烈な口づけの餌食となる。
ジタバタするサニーに、強引にキスをするサキュバス。
キスとは思えないズズズっという音と共に、サキュバスはサニーから魔力を吸い終えた。
……もう、ナニこれぇ。全然魔力吸い取れないじゃない。
アナタ本当に魔女見習い?
……うぅ……あんなキスされた上にこの言い草……
もーほんとガッカリ。今度喚び出す時はもっといいもの用意してからにしてよねぇ?
その言葉を置き土産に、レイリーに取り憑いたサキュバスは気配を消した。
レイリーの背中から生えていた羽もなくなり、レイリー本人はそのまま地面に倒れてしまう。
レイリー! サリー! 二人とも、大丈夫ですの!?
レイリーは気を失ってるだけだ。顔色も悪くないし平気だろう。
サリーは――
はぁ~。犠牲は大きかったけど、帰ってくれてよかったぁ
……平気そうだね? みんな魔力を吸われたら倒れちゃってたのに
ん? ああそうだね、アタシは平気みたい
そうか……? まあ無事ならよかったが。
しかしこの騒動の決着、まだついたとは言いがたいな
はっはっは、またまたぁ――
空元気でサニーが笑ったその後ろで。
杖を手にしたアンが、眉間に深い深い皺を寄せていた。
あ、アン先生……珍しく怖い顔しちゃって……
――サニー・ウィッチ。
話を要約すると、つまり……あなたが元凶ということでよろしいですね?
は……ははは……
真面目で抜けたところのあるアンだったが、もちろん魔女としての実力はサニーの遥かに上だ。
アンがいつもと違う気迫でサニーの首根っこを捕まえ、厳しい説教の上、お仕置き部屋に放り込んだのはその日の夜のことだった。