第三話 サキュバスに襲われた学園

――中庭――

レイリー

このコ質は悪くないんだけど量がイマイチだったわ~。
もしかしてアナタたち魔女じゃないの?魔女見習い?

サニー

あ、うん。勉強中ってカンジかな

ヴェロニカ(アニー)

ヴェロニカわかっちゃったー。
この子サキュバスさんじゃない? 魔力吸い取っちゃうタイプの

レイリー

そうよぉ。
でもそこいらのサキュバスと一緒にしないでよねー。男の精ばっかり吸うサキュバスなんて底辺だし。
ワタシは男でも女でも関係なく、美味しい魔力なら吸い取っちゃうんだから――

レイリー

ってそんなことも知らずにこのワタシを喚び出したの!?
見習いでも勉強中でもなんでもいいけど、報酬はちゃんと用意してるんでしょうね

サニー

えっと……報酬って何がいいの?

レイリー

そんなの決まってるじゃない! 魔力よ魔力!
根こそぎ吸い尽くしてイイ生け贄とか用意してないの?

サニー

根こそぎは無理かなぁ。廃人になっちゃう

レイリー

じゃあ魔力結晶とかは? 純度が高いならそれでもいいけど

サニー

そんなの見習いのアタシたちが持ってるわけないよ~

レイリー

…………。じゃあアナタ、なんのためにワタシを喚び出したワケ?

サニー

なんのためかぁ。
本当は別の悪魔を喚び出したかったから、人違い、悪魔違いっていうか――

レイリー

はぁ……?

サニーがそう口にした途端、空気が変わる。

サキュバスに乗っ取られたレイリーの顔に怒りが滲み、どす黒い魔力が漏れ出た。

レイリー

別の悪魔を喚び出したかった、ですって……?

エマニュエル

ちょ、ちょっと。話し方に気を付けなさいな、サリー

サニー

え、あ、ごめん。
でもほら、このままレイリーに取り憑いたままってのも困るし、
帰ってもらえるとありがたいんだけど

エマニュエル

で、ですからサリー……!!

レイリー

帰って、ですってぇ――!?

と、音をたててレイリーに悪魔の羽が生える。
その表情と迫力から、サキュバスが激怒しているのは明らかだった。

ヴェロニカ

……わ~、怒っちゃった

レイリー

大人しくしていればこのガキども、ふざけるんじゃないわよ!
もういいわ、この辺のヤツらの魔力ぜーんぶ吸い取ってやるっ!!

宣言するなり、レイリーに取り憑いたサキュバスは宙に浮いて飛んでいってしまった。

サニー

おー、すごい。レイリーが飛んでる

エマニュエル

すごい、って感心してる場合じゃないですわよ!
今のサキュバスの言葉、聞いてましたの!?

ヴェロニカ

魔力吸い取っちゃうって言ってたねぇ

サニー

この辺ってことは、学園の生徒の魔力を吸い取っちゃうつもりかな?
……ちょっとヤバいかも?

エマニュエル

ちょっとどころじゃありませんわ!!
早く捕まえてなんとかしないと……!

サニー

んー。でもどうやったら帰ってくれるんだろ?

エマニュエル

ご自分で考えてくださいまし! とにかく早く、行きますわよ!!

ヴェロニカ

倒れたまんまのチズはどうするの~?

サニー

あ、忘れてた

エマニュエル

ああもう! 先に医務室ですわっ

――医務室――

エマニュエル

失礼いたしますわ。
友人が倒れたのでベッドをお借りしたいのですけど……

サニー

……あれ?

サニーたちが医務室に足を踏み入れるも、室内は静まり返っている。

ヴェロニカ

ドアは開いてたのに、せんせーいないんだねぇ?

サニー

昼休みはいつもいると思ったのに……うひょあっ!?

エマニュエル

なんですの、変な声をあげて

サニー

え、えーと。先生、見つけたけど……

チズをベッドに寝かせようとしたサニーが見つけたのは、医務室のベッドの上に転がった保健師の姿だった。


塗られた口紅はゆがみ、白目を剥いてあられもない格好だ。

ヴェロニカ

きゃー、せんせーパンツ見えてます~。
隠しとこ、よいしょよいしょ

エマニュエル

というか……これは完全に魔力を吸われてますわね。
なんてむごいことを

サニー

いやー、素早いね。もしかして次々魔力吸っていってるカンジかな?

エマニュエル

呑気にしている場合じゃありませんわよ。
急がないとどんどん被害者が――

キャーーー!!

その時まさに廊下から聞こえてきた悲鳴に、三人は一斉に振り返る。

エマニュエル

……行きますわよ!!

サニー

チズはどうすんの?

エマニュエル

ベッドに寝かせておく他ないでしょう、今はサキュバスを捕まえないとっ

ヴェロニカ

チズ、ゆっくりおやすみ~♪

サニー

手を合わせると死んじゃったみたいだからやめよう

――廊下――

悲鳴が聞こえたほうへサニーたちが駆けつけるも一歩遅く、そこにはすでに魔力を吸われて倒れた生徒の姿があった。

エマニュエル

なんてことですの。このままじゃ被害者が増えるばかりですわ

ヴェロニカ

あっちでも二人倒れてる。でもレイリーは見当たらないね~

サニー

……これ以上無関係な人を巻き込めないね。
全力でレイリー、もといサキュバスを捕まえないと!

エマニュエル

だから最初からそう言ってますわ

サニー

あーっ! あそこにまだ無事な子がいる!
レイリーを見てないか聞いてくるねっ

全力で誤魔化しつつサニーは生徒の元へ向かう。


どうやら魔力を吸われた生徒の友人らしく、倒れた生徒を目の前に狼狽していた。

サニー

ねえそこのアンタ! レイリー見なかった?
こーんなメガネかけてて、今なら羽が生えてるはず!

生徒

うぅっ、さっきのレイリーさんていうかたなんですか……?
ひどいです、急に不意打ちでキスしてくるなんて!

サニー

あ、その、レイリーはレイリーなんだけど中身はレイリーじゃなくて……

生徒

うっうっ、この子のファーストキスは私が奪う予定だったのに……!

サニー

何か聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいだからアタシは行くね! んじゃっ

生徒

責任とってください~~!!

――教室――

サニー

ここでもない……もう、どこ行っちゃったのかな

エマニュエル

やはりどこへでも飛んでいけるというのが強いですわね。
もう被害者の数も多すぎて、目撃証言もあてになりませんわ

ヴェロニカ

でもレイリーがキス魔になったって噂だけは確実に広まってるねぇ

サニー

レイリーが元に戻ったら半殺しにされる未来しか見えない

エマニュエル

それなら今死ぬ気でサキュバスを捜したほうがマシですわ。
もう一度三人で手分けしましょう

そうエマニュエルが言い終わるやいなや、その背後からぬっと羽を生やした影が現れる。


当然それは、サキュバスだった。

レイリー

はぁ~。結構お腹いっぱいになってきたわ。
でもちょっとデザートを食べたいカンジ。
ね、質のいい魔力のコ知らない?

いまだサキュバスに取り憑かれたままのレイリーは、魔力を吸って満足したのか先ほどとはうってかわって上機嫌にそう言った。

エマニュエル

あなた……捜しましたわよ!

レイリー

えー、ナニ? もしかしてワタシに魔力吸われたいカンジ?

エマニュエル

ご冗談を。
まずは先ほどの非礼、友人のサニーに代わってこのトトゥ家のエマニュエルがお詫びいたしますわ。
ですからひとまず怒りをおさめ、学園内を荒らし回るのをやめてくださらないかしら

レイリー

ふぅん。なんだか知らないけど、アナタ美味しそうね。
デザートにちょうどよさそう

エマニュエル

……あの。話を聞いていただきたいのですけれど

ヴェロニカ

わかる~、夫人美味しそうだよね。
くるっくるの金髪とか、舐めたら甘い味がしそう

サニー

その感覚は全然わかんないわー

レイリー

何にしても、まず味見してみないことには……ね?

エマニュエル

その、待って、落ち着いてくださいまし?
わたくしが申し上げたのは――

レイリー

いっただっきまーす♪

エマニュエル

んんんッ!!

レイリー

はむぅっ

エマニュエル

ぷはっ! やめて――ふ、んんぅっ……!

ヴェロニカ

ひぇー、べろちゅーだ~

サニー

うわ……こんな場面見たくなかった……

完全に捕食されるような形で、エマニュエルはサキュバスの標的になってしまった。

サキュバスの腕は絡みつくようにエマニュエルの腰と首に回されて、逃げる隙も与えない。

レイリー

んちゅぅーっ

エマニュエル

ひうぅ……っ!!

ヴェロニカ

ヴェロニカ思うんだけどぉ

サニー

ん、なに?

ヴェロニカ

これ、止めたほうがいいんじゃない?

サニー

そうなんだけど、なんか手を出しづらい

ヴェロニカ

あ、わかる~

エマニュエル

んんーーッ!!

レイリー

ぷはっ

サニーとヴェロニカがそうこう言ってる間に、サキュバスは吸い付いた唇を離し、にっこりと笑った。

レイリー

ん、美味し♪ いい味だったわ~

エマニュエル

……うぅ……わたくしの、はじめてが……っ

魔力を吸われたエマニュエルはそのままうつぶせに倒れてしまう。

倒れる寸前、完全に泣きそうになっていた。

サニー

……満足したなら帰って欲しいなーって思ってるんだけど。
その辺りどうかな?

レイリー

そうねぇ。悪くない提案だけど――

するとサキュバスはまた

と羽を広げ、怪しげな笑顔で床を蹴る。

レイリー

ごめんね、楽しくなってきちゃった☆

そして開いていた窓からあっという間に飛び去ってしまう。

残されたサニーとヴェロニカは、倒れたエマニュエルを横目に呆然とするしかなかった。

――広場――

医務室はあっという間に倒れた生徒でいっぱいになり。


騒ぎを知った教師らが動き始めたそのころ、サニーとヴェロニカは学園の広場にいた。


サキュバスはあのあとも学園内をあちこち飛び回りさらに被害者を増やしていたが。

ヴェロニカ

さすがにもう満腹になったのかな?

サニー

というより、あれは……追いかけっこを楽しんでるみたいだよ、ほら

広場の噴水のへりに腰掛けたサキュバスは、こちらの姿を認めて妖しげに笑った。


まるでサニーとヴェロニカを待っているかのようにその場から立ち上がろうともしない。

ヴェロニカ

んん~。ヴェロニカはこうやって振り回されるのはあまり好きじゃないかもぉ

サニー

そだね。みんなのトラウマも山ほど作っちゃったみたいだし、いい加減終わりにしないと

ヴェロニカ

んじゃどーする?

ヴェロニカ

――本気で、やっちゃう?

サニー

目がマジすぎて怖いって!
……ここはアタシがやるよ。あの悪魔を喚び出したのはアタシだし、それに……

サニー

レイリーのこと、傷つけたくない

サニーはゆっくりとサキュバスに近寄り、自らの右手を差し出した。

サニー

アタシがアンタを喚び出したんだから、全部の責任はアタシが持つよ。
魔力の報酬が欲しいのならアタシのをいくらでもあげる。
だからどうかレイリーを返して……元の世界へ戻って欲しい

レイリー

あら。ずいぶん腹をくくったのね

サニー

みんなアタシの大事な友達なんだ。いつも巻き込んじゃうけど……
でも、絶対に見捨てないで友達でいてくれる。
だからもちろんアタシも、何があったってみんなを見捨てないって決めてるんだよ

サニーがそう話している間に、わずかに魔力が戻ったチズとエマニュエルが広場に駆けつけていた。

エマニュエル

サリー……そんな風に思っていたんですの

チズ

意外だったな……しかしそう想い合わないと、友情は成立しない

エマニュエル

正直今はコトの元凶であるサリーを百発殴って差し上げたいですけど

チズ

奇遇だな。わたしもだ

サニー

ねえちょっと!? 今いいこと言ったハズだよねアタシ!

レイリー

……ふふふっ……

サキュバスの代わりに微笑んだレイリーの身体が、ゆらりと立ち上がりサニーの手を取る。


相変わらず外野は騒がしかったが、サキュバスの表情は先ほどに比べて晴れやかだ。

レイリー

そこまで言うのなら、ワタシもその想いに応えてあげる。
真っ直ぐなコは嫌いじゃないもの

サニー

じゃあ……!

レイリー

あっつーいキスと一緒に魔力を根こそぎ吸い取ってあげるわね♪

サニー

え……やっぱりそれ?
こう、手からビューッと吸い取れたりしないの

レイリー

できなくはないけどイヤ。楽しくないもの

サニー

そんな理由!? ええ~……キスはちょっとなぁ

レイリー

偉そうなコト言っといてそれ!?
いいからさっさと覚悟決めなさいよ!

サニー

いやそれとこれとは話が別というか、レイリーとキスするっていうのがそもそも……

ヴェロニカ

たまにはいいじゃない、やっちゃえやっちゃえ~

サニー

アニー!? 他人事だと思って……!

レイリー

いい加減にしなさいよ!?
ぶちゅーっとしちゃえばいいじゃない、ぶちゅーっと!!

サニー

わ、わああああああっ!?

再びキレたサキュバスに捕まえられて、サニーは強烈な口づけの餌食となる。


ジタバタするサニーに、強引にキスをするサキュバス。

キスとは思えないズズズっという音と共に、サキュバスはサニーから魔力を吸い終えた。

レイリー

……もう、ナニこれぇ。全然魔力吸い取れないじゃない。
アナタ本当に魔女見習い?

サニー

……うぅ……あんなキスされた上にこの言い草……

レイリー

もーほんとガッカリ。今度喚び出す時はもっといいもの用意してからにしてよねぇ?

その言葉を置き土産に、レイリーに取り憑いたサキュバスは気配を消した。


レイリーの背中から生えていた羽もなくなり、レイリー本人はそのまま地面に倒れてしまう。

エマニュエル

レイリー! サリー! 二人とも、大丈夫ですの!?

チズ

レイリーは気を失ってるだけだ。顔色も悪くないし平気だろう。
サリーは――

サニー

はぁ~。犠牲は大きかったけど、帰ってくれてよかったぁ

ヴェロニカ

……平気そうだね? みんな魔力を吸われたら倒れちゃってたのに

サニー

ん? ああそうだね、アタシは平気みたい

チズ

そうか……? まあ無事ならよかったが。
しかしこの騒動の決着、まだついたとは言いがたいな

サニー

はっはっは、またまたぁ――

空元気でサニーが笑ったその後ろで。


杖を手にしたアンが、眉間に深い深い皺を寄せていた。

サニー

あ、アン先生……珍しく怖い顔しちゃって……

アン

――サニー・ウィッチ。
話を要約すると、つまり……あなたが元凶ということでよろしいですね?

サニー

は……ははは……

真面目で抜けたところのあるアンだったが、もちろん魔女としての実力はサニーの遥かに上だ。


アンがいつもと違う気迫でサニーの首根っこを捕まえ、厳しい説教の上、お仕置き部屋に放り込んだのはその日の夜のことだった。

3|サキュバスに襲われた学園

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