就寝後。天都は眠れなかった。
仲の良い女子や妹、旧友と共に寝ることに興奮しているとか、そういうことは全くない。
寧ろそんな健全さというか余裕があればもっと気楽だっただろう。

仰向けで目を開ける。
映るのは見慣れない天井。
眠れない理由は、言うまでもなかった。

月子

兄さん、まだ起きているんでしょう?

突然小さな声で、闇の向こうから聞こえる妹の声。
天都は返事をすると、月子は直球に問うてきた。

月子

兄さんは、私が『狼』だと思っているのですか?

その問いは、自分は違うということを必死に訴えている。
双子だからこその、片割れに疑われることの辛さ。
月子は、兄が早々に違うと分かったから疑う事はなかったから、疑心を持たずに済んでいたが。

月子

普段の言動を省みて、信じられないのは当然です
私はそのように振舞ってきましたから
でも……

月子

私は、兄さんの敵になったことは、一度もありませんよ?

そう。
月子は基本的にクレイジーで非常識。
やることなすこと滅茶苦茶だ。
それもこれも天都がシワ寄せの餌食になったり後始末したりとろくなことがなかった。

だが……月子自身が、天都の敵になったことが言うとおり、一度もない。
いうなれば、構って欲しい子供のように派手なことをして気を引きたがっていたと言うか。
彼女が、彼を振り回すことは常常だが、本当に敵となったことはないのだ。
天都の行動に制限はかけても、完全に潰しにはいかない。
あくまで、相手してもらうために色々していただけ。
その過程で怪我人やら、破損やらが発生はしていたが。

天都

…………

天都

まあ、そうだろうな
何せ、今までがアレだったからな

天都

でも違うんだろう?
今度ぐらいは信じてやる
ここに来たのは、俺達が一緒に生きるため……だろう?

天都は月子にそう言った。
完全に信じたわけではない。
まだ、少しだけ疑心は残してある。
が、同時に信頼も残してある。

天都は、月子と生きるためにここにきたのだ。
況してや、見えない状況ではなく、半々の確立。
必要以上に疑う必要なんてない。

月子

兄さん……

天都

こんなことしてまで証明した言っていうのは、本気なんだろ?
大体わかってるよ、月子
お前が俺に疑われるのがすごく嫌がってることぐらい

天都

明日になれば分かる
違うって言うなら、早く寝ろ

天都は月子に優しく言い聞かせると、そのまま黙った。
月子は、兄が寝ろと命じたので、目を閉じた。
だが伝え忘れそうになっていた事があった。
とても重要なことだ。

月子

寝る前に、いいですか
兄さん、驚かないで聞いてください
私は、今『狩人』と協力しています

月子

その人から動向を聞きました
どうやら『狩人』は、今夜一条を守っているらしいです
一条は少なくても『狂人』ではないと判断した『狼』が、一気に遅れを取り戻しにくるかもしれない、と
一条は『村人』かもしれないから、守るのだそうです
狼は恐らく既に『狐』の居所を知っているので、自滅はなさそうですよ?

月子

あと……多分、『占い師』は今夜、死にます
あの様子からすると、恐らく私を占うと思いますので……

天都

そうか
ありがとう

月子は『狩人』の正体を知っている。
メタ推理になるが、そうするとやはり『狩人』は黒花だろう。協力を持ちかけてきたのは彼女だ。
そして、神無は『狂人』である。
殺しても意味はない。
残りの村人は、時雨か立夏のどちらかだ。
どちらかが『狐』で、どちらかが本当の『村人』。
この時点で黒花の読みが正しければ、自滅する未来以外はきっと誰も死なない。

天都

久遠寺に関してはお前のせいじゃない
仮に死ねばあれはあいつ自身の自滅だ

月子

……そうですよね

天都

気にするな、朝になれば結果は出る
お前が『狼』じゃないなら、大人しく寝ようぜ

月子

ええ
おやすみなさい、兄さん

天都

おやすみ

月子は今度こそ眠ったようだ。
数分もすると、寝息が聞こえてきた。
天都は、まだ眠れなかった。眠らなかった。
何となく、予感があったのだ。
きっと、彼女は今の話を聞いていた。

神無

……妹さん、以外とまともだったんだね

小声で話しかけてきたのは、今度は神無だった。
隣の彼女は、まともと月子を評価した。
起きていたことも驚かず、天都は皮肉に笑う。

神無

……世の中には、もっと狂っている人もいるよ
私は……何度か見たことがあるから……

神無は独白のように呟いた。
天都は聞いてはいけないことだと直感した。
うかつなことは言えない。

神無

私が狙われる、か……
もしかしたら、私今この時にも、死んじゃうのかな……?

天都

多分、如月が護ってくれているさ

怯えたように言う神無の頭を撫でる天都。
ふと、生気に乏しい目で、神無は天都を見上げる。
灰色の大きな瞳が、薄闇の中彼を見る。

神無

……天君、気がつかない?

天都

なにが?

神無に言われても、ただの変人のイカレ頭にしか見えないが。
神無はこう告げた。

神無

あの如月って人……
多分、本物の人殺しだと思う……
それを生業としているとかの……
あの表情は特有の顔だから

神無

……ヤクザとかとは違うよ
あんな生易しいものじゃない
もっと深い闇の中にいる人……

神無は過去にその手の人間を見たことがあって、あんな顔をしているから見覚えがあるのだという。

神無

……気を付けて、天君
あの人たちは、言った契約は守るけど、終わってしまえば人の姿をしているだけの猛獣……
すぐに襲ってくる……

神無

油断すると首を噛み千切りにくるよ?

天都

おう……

なぜ知っているのか、と言う質問はダメだろう。
彼女はきっと色々なことを経験しているのだ。
それは辛い過去だろう。
思い出したくもない忌々しい記憶。
気安く触れていいものではない。

神無

あ、そうだ……
何なら私の賞金なんだけど……
天君に全部あげてもいいよ

そのセリフには驚いた。
時雨に続いて、彼女までそんなことを言い出すなんて。
彼女は現在一人暮らしをしていて、別にお金は沢山あるから問題ないと言う。

神無

一生、地味に生きていくだけの貯蓄はあるから……
賞金、渡しても問題はないよ?

天都

流石に気が引けるな……
時雨もそんなこと言ってたし……
確かに金はかかるけど、そんな沢山あっても困るよ

情けないというか、本来は二人の賞金だけで事足りる予定なのだ。
それでも時雨は渡すと言って譲らないし、神無もそれじゃ、気が済まないと強情になるし。

神無

じゃあ、天君の家の近所にでも引っ越そうかな……
今の家、一人じゃ広いし……

天都

くるなら、俺はいつでも相手するぜ?

神無はだったら終わったらもう一度会いたいと言う。
もっと話したいし、もっと遊びたい。
それが今の神無が求めるもの。
そんな質素な願いですら、今までは叶わなかった。
天都は言外に察して、そう切り出す。

神無

……ありがとう
……ますます、お互いに死ねないね?

天都

とっとと見つけて、さくっと帰ろうぜ

神無は笑って、そうだねと言う。
天都も寝るというと、眠そうにあくびをし、そのまま眠ってしまった。

二人は起きて軽く話をしたが、春菜はぐっすりと眠っていて、全く起きる気配はない。
寝落ちすると早々起きないのである。

天都

俺も寝るか……

心配事はなさそうだ、と天都も目を閉じた。
そのまま、微睡みに身を任せて沈んでいく。
朝は、みんなで迎えたいと思いながら。

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