裏風紀委員会

04.才色兼備、百合系ヤンデレ令嬢









 人の命はいくら払えば買えるのだろうか。





 一万円と言う人もいれば百万円という人もいるだろう。

 そもそも値段などつけられない、と批判する人もいるだろう。




 ならこう言うとしようか。






 ――何百億と払えば、貴方の命を買い取れるかしら?







綾女 剛孟

っ!?




 ジリジリと蝉の微かな鳴き声と月が空に浮かぶ、じっとりと暑い夜。


 人気のない住宅街で、綾女(あやめ)は突然後ろを振り返った。


綾女 剛孟

……誰だ




 呼び掛けるも、返事はない。



 学校の行事の手伝いから予備校の夏期講習に流れ、現時刻は夜の十時。

 家まではもう少し歩く距離にいるが……何者かの気配を感じた。


綾女 剛孟

何だ……? 不審者の目撃情報や、事件なんて特に……




 気のせいか? とも思い、止めていた足を再び動かす。



 足音は聞こえない。だが、やはり後ろからの気配を感じる。






 一体何者なんだ? 自分に何か用なのか……。






 振り返ってもまた隠れるかもしれないな、と考え綾女はわざと振り返らないことにした。




 そして、震える携帯を手に取った時。






 後ろから背中を掴まれた。









 八月に突入し、日中の気温はますます上がりつつあった。


 夏休み明けの九月の第一週金曜日~日曜日まで文化祭の行われるこの宍(しんかい)高校では、多くの生徒が夏休みの学校に集まっていた。


 装飾の材料を手にバタバタと廊下を走り回り、ペンキの臭いに窓を開けて換気ををし、自転車の買い出し班が差し入れを買って帰って来る。




 そんな賑わいの中、『使用中』という札を出して完全に施錠された応接室では、


 学校非公認組織「裏風紀委員会」の面子が揃い、ある話し合いをしていた。



社 優仁

闇討ちに遭った?




 声を上げたのは顧問である社(やしろ)。


 長期休業期間だというのにわざわざ出勤を強いられている現状に不満がピークにさしかかりつつあるのか、機嫌の悪さは通常の何倍にもなっている。


綾女 剛孟

暗くて顔は確認出来なかったが、背格好はかなりあって力もあった。それに……

向陽 眞桜

それに?

綾女 剛孟

恐らく何らかの武術をやっているような風だったな




 綾女は向陽(ひなた)に尋ねられ、不服そうにため息を吐きながらそう報告した。


社 優仁

武術か……。一応聞いておくが、どう対処したんだよ?

綾女 剛孟

殺意を持って襲われたんだ。腕の一本は妥当だろう?

白雲 悠人

うわぁ……痛そう……




 やっぱりな、と笑う社の隣で白雲(しらくも)がガタガタと震える。


 誰もが綾女を襲った人物に同情した。


向陽 眞桜

何でですかねー……綾女先輩は人から怨み買うようなことはしないはずですし……

社 優仁

いやぁわかんねぇぞ? オレ等の見てないとこで何やってるかまでは

綾女 剛孟

お前と違って、俺は無意味な公害は出さない主義だ。安心しろ

社 優仁

公害だってよ、コ・ウ・ガ・イ




 ハハハハと腹を抱える社だが、綾女は真面目に正直に言ったまでだ。


 先日いじめ問題を引き起こし、社に目を付けられた生徒は未だに行方不明のままだ。




 今度は一体、何をしたのやら……。



白雲 悠人

あ、あの……

向陽 眞桜




 この集まりの会議では滅多に発言をしない白雲が口を開き、しかも挙手までしたのを見て、三人は彼へ視線を集めた。

 注目されてビクつく白雲だったが、勇気を出して「えーっと……」と続ける。


白雲 悠人

……僕も、こないだ…………誰かに、つけられて……

向陽 眞桜

白雲君も? いつ?

白雲 悠人

よ、夜……学校からの帰り、だったんだけど




 向陽が誘導するとするする答えられるまで進歩した白雲に社も綾女も「おぉ」と感動したが、今はそれどころではない。


社 優仁

白雲と綾女が、誰かにつけられて……か。向陽、オマエは?

向陽 眞桜

あたしはないですよ? 先生だってありませんし……何で二人だけ?

社 優仁

まぁオレは常につけられてる感はあるけどなぁ……

向陽 眞桜

お任せ下さい!
先生に何か怪しい人物が寄り付けばすぐに私が報告しますから!

綾女 剛孟

そういう問題か?



 口にしようとしたが、綾女はそれを飲み込む。

 つっこんだら敗け、というような空気はもうお腹いっぱいだ。




 しかし、向陽と社は何の被害もなく、綾女と白雲だけというのは不思議なものだった。

 宍高の他生徒やその保護者から学校に不審者の連絡は一件も来ていないし、となると。




 白雲と綾女の共通点はこの「裏風紀委員会」しかない。


向陽 眞桜

どこかからバレてるんでしょうか? 委員会の活動……

社 優仁

それはねーだろ。漏れて不味いことは全部オレの方で潰してるし、簡単な情報に関してはオマエが徹底してるだろ?




 自分の仕事が足りなかったか?
 と不安を漏らす向陽に社がフォローを入れると、声も上げられず静かに目を輝かせた。



 というか、感動しすぎて泣いていないか?


綾女 剛孟

俺の方も生徒達を監視しているが、特に感づいているということはなさそうだ

社 優仁

白雲、オマエは?

白雲 悠人

ぼ、僕も……特には




 生徒会の権限を使い校内を管理する綾女に、目で捉えたものは一瞬で全て記憶してしまう瞬間記憶能力を持つ白雲のこの言い分。



 卑劣な手段を使い、粛清活動をしているこの組織のことが漏れている可能性はかなり低かった。




 しかし、それではますます犯人に見当がつかない。


綾女 剛孟

どうする? しばらくこの集まりは控え、活動も中断し、普段の生活に戻ってみるか?




 委員長という役を担う綾女は皆の身を案じてそう提案したが、顧問である社は首を横に振った。


社 優仁

いいや。別に大丈夫だろ……少なくとも、綾女には手を出して白雲には手を出していない辺り、向こうもこっちのことをわかってるはずだ。それに、本当に襲われたら各自綾女に連絡すればいい、不安なら向陽だっている。向こうが確実に手を出してこない限りは立件も出来ないしな……

向陽 眞桜

でも、綾女先輩は手を出されましたよね?

社 優仁

コイツの件を立件したら、加害者はこっちになるだろうが

向陽 眞桜

あ、そっか




 一を十で返せばまぁそうなるだろう。

 よって、結論として今回の件は「先送り」となった。



 社が即決しない辺り、まだ彼にとっては〝どうでもいい〟程度なのだろう。


社 優仁

だが、一応気を付けろよ。オレのネットワーク外ってなると、対処が面倒だしな




 顧問からの言葉に役員三人は揃って返事をして、その日の会議はお開きとなった。



 夏休み中なので定期会議はないのだが、次の会議は恐らく二週間後になるだろう……。














 だが、そう言った矢先の翌日。




 白雲が不登校となった。



次回更新予定日:04月10日

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