いじめられているのは一年B組のとある女子生徒。
名前は伏せておこう。
性格は至って真面目であり、大人しい生徒だ。暗い、とも言えるだろう。
夏休みをもう迎えるというこの時期でも彼女は友達が出来ないらしく、人付き合いが苦手という所もあるらしい。
いじめられているのは一年B組のとある女子生徒。
名前は伏せておこう。
性格は至って真面目であり、大人しい生徒だ。暗い、とも言えるだろう。
夏休みをもう迎えるというこの時期でも彼女は友達が出来ないらしく、人付き合いが苦手という所もあるらしい。
嫌がらせは五月の終わり頃から始まり、どんどんエスカレートしているというのはB組の生徒数名から聞いた。
犯人は特定出来ない。
そのいじめの内容というのが……。
初めは下駄箱、次に靴や上履きの中。それから机の中や鞄の中、しまいには体育着を入れて置く鞄の中にも入れられていたらしい
虫とかの死骸が、……ですか?
あぁ
社の委員会活動表明を受けたその後の放課後である。
向陽と綾女はある人物の尾行をしていた。
でもどうして白雲君の名前が?
犯人はわからないんですよね?
白雲という生徒のある写真が……匿名で生徒会室に届いたんだ
何故か尾行に慣れている向陽の指示通り綾女もついていくものの、彼女とは一定の距離を取ったまま近付くことは絶対にない。
向陽はそのことに関して文句を言うことはないが、ただ純粋に綾女に対し
大変だなぁ
と思うのである。
あまりにも近付きすぎると蕁麻疹が止まらないらしい。
生活指導の宮藤教師が目撃したという話は聞いたか?
あ、ゲームセンターの裏に入って行く……っていう話ですか?
その現場を押さえた写真が何枚も封筒に入っていてな。しかも、どの写真もその白雲という奴が暗く、狭い、ゴミが放置されている様な路地に入って行くものだった。……そして
そして?
何枚かの写真には、そいつが猫や犬の死骸を眺めているものがあった
なるほど。
だから今回のいじめに関わりがあるのでは、と踏んだのか。
あまりにも情報がない白雲という生徒に直談判する訳にも行かず、まずは彼のその現場を見てみようという話になり、現在二人は白雲という生徒を尾行している。
向陽が新たに設置したカメラや盗聴器を駆使し、やっと学校を出て行く所を見つけた。
綾女も彼女の情報収集力は頼らざるを得ないのだろう。
あ、入って行きますね
住宅街から駅前を通り、ゲームセンターやパチンコ屋、カラオケの密集地に来ると建物から出る色んな音が入り混じり大変賑やかになっているが……。
白雲はそこから暗く、静かな方へと歩みを進める。
向陽と綾女も音を立てないように慎重に後を追った。
しばらくする清潔な道路からゴミの溢れる小道となり、綾女はそこの空気を鬱陶しそうに向陽の後ろへ少し近付く。
?
大丈夫ですか? 先輩
お前はそもそも女ではないし、こんな所を早く出られるならさっさと済ませたい……
こないだはまだあたしのこともカウントしてたのに……
しばらく行動を共にするうちに慣れたのだろうか?
綾女の為にも早く白雲が何かしないかな……と向陽が考えていると、白雲の足が止まる。
?
何だ、どうして止まった?
あ、先輩! アレ……
足を止めた白雲の足元には、一匹の猫が横たわっていた。
猫はピクリとも動かず、腹も動かさず、毛並みの悪いみすぼらしいかっこうでそこに寝ている。
そんな猫をしばらく眺めている白雲だったが、彼の後ろからでは顔がわからない。一体どんな顔をして、彼は猫を見つめているのだろう?
そんな時間が数分続くと、白雲はそこへしゃがみこんで猫の死体に手を伸ばす。
アイツ……
先輩まだ駄目ですよ。今出たら白雲君、ビックリしちゃいますから
猫の死体をどうするのかと静かに見ていると、白雲は猫の両脇を抱えて猫を持ち上げた。
ブランと揺れる体が全てを物語る。
…………、フ
白雲の口から漏れた息。
そしてブルブルと身震いを始め、向陽はもう少し彼の顔が見えないかと場所を移動する、と。
……。笑って……
猫の死体を目の前に、猫の額と自分の額をくっつけながら。
白雲は笑っていた。
そして次に彼の口から出た言葉は、
――うわぁ……可愛い……
貴様!
あっ、綾女先輩!?
わ、わわっ
飛び出した綾女の声に白雲がこちらに気付き猫を胸に抱き込んだが、綾女に胸倉を掴まれるとその拍子に猫を落としてしまう。
綾女の力に服がビリッと音を上げたが、白雲は綾女と地面の方をずっと交互に見る。
その猫もお前が殺したのか!?
学校に滅多に来ない不良生徒だとは思っていたが、まさかここまでとはな!
白雲悠人(ゆうと)!
え、な……何で、ぼぼ、僕の……名前っ
綾女先輩それは駄目ですよ!
綾女先輩が手ぇ出したら白雲君なんて簡単に殺せちゃうんですから!
その止め方はどうなのか、というツッコミは不在だが、自分と相手の力量の差を指摘されて綾女は冷静を取り戻す。
深く息を吐いてから、白雲を下ろしてやると彼はへにゃりと腰を抜かした。
大丈夫? 白雲君
だっ、だいじょぶ……っ、けどっ
向陽が駆け寄るも白雲は後退りし、そのまま落としてしまった猫の元まで近寄る。
それから彼は猫の状態を確認したが、さっきより汚れてしまった猫の姿を確認して、
ごめんね……ごめんね……
と小さく繰り返した。
向陽はその姿を見て、首を傾げる。
白雲悠人。
お前、その死骸をどうするつもりだった
……ど、……どう、って……?
お前、B組の生徒だろう?
B組のいじめの犯人ではないのか?
ぼ、僕は……違うよ、いじめなんて……
その猫の死体を使ってまた、いじめを繰り返すつもりだったんじゃ……
ま、待って下さい! 先輩
問い詰める綾女の前に向陽が割って入ると、
近い!
と距離を取った。
それをチャンスに向陽は白雲の方へ駆け寄り、腰を抜かしたままの彼と同じ目線になる。
あのね、白雲君。
その猫、どうするつもりだったの?
……ひ、向陽……さん?
なな、何で……ここに
え?
昨日、あの一瞬しか会っていないのに。
どうして名前を?
と、目を見開いた。
にゅ、……入学式で……呼ばれてた……から
入学式で……って、え?
それって、点呼の?
四月頭の入学式。
入学生は一人一人校長からの点呼で席を立ち、礼をすることはあったが……。
もう三ヶ月も前のことだ。
しかも、今年の入学生だけで280人はいる。
入学式等、今は関係無いことだ。
それよりも……
あ、綾女……先輩…………です、よね?
?
滅多に学校に来ない一年生が、
どうして先日転校して来たばかりの二年生の名前を?
と綾女も足を止めたが、彼は校内でも有名だからそれでか、と勝手に納得した。
だが、
ぼ、僕は……違います。……けど、死骸っていうのは……いじめ……?
……とぼけるな。今、一年B組の中で虫や小動物の死骸を使ったいじめが発生しているのは知っているだろう? もう三ヶ月もあのクラスにいるんだ
……し、……知りませ……
嘘を吐くな!
電柱を殴るとビシビシと亀裂が走る。
倒れることはないようだ。
俺の質問にもまだ答えていないだろう。その猫はどうするつもりだったんだ。まずはそこから答えろ
……こ、この子は……
この子は?
向陽が復唱すると、白雲はいそいそと。猫を大事そうに両手で救い上げる。
パラパラと毛が何本か抜け落ちた。
持って、帰りたくて……
……お前っ
しかしそれを向陽がまた制す。
条件反射なのか、間に入られると向陽が相手でも体が勝手に止まるようだ。
先輩。それは後で、です
…………
白雲君、本当にいじめのこと知らないの? B組の人は皆知ってるはずなんだけど……
正確には、皆知っているが誰も助けようとはしない、だ。
し、知らない…………
……そっか
で、でも
?
白雲の膝の上で眠る猫をとても愛おしそうに撫でながら、彼は少し声を強めて言った。
そ、その……死骸。み、見て……みたい……
03.天然電波、屍体愛好少年 試し読み終了
次回「04.才色兼備、百合系ヤンデレ令嬢」
更新予定:04月03日