三学期の初日。
校舎には冬休みのときに振った雪がまばらに残っていた。
始業式も終わり、アキオ君がまたカラオケに行こうと誘ってきた。
アキオ君もホアチャー君も今日は部活が休みらしい。
僕は架空の用事を理由に断った。
山根さんとの雨宿りでの一件があって以降、僕は気が沈んでいた。
こんな時に、楽しむ努力などしたくなかったのである。
三学期の初日。
校舎には冬休みのときに振った雪がまばらに残っていた。
始業式も終わり、アキオ君がまたカラオケに行こうと誘ってきた。
アキオ君もホアチャー君も今日は部活が休みらしい。
僕は架空の用事を理由に断った。
山根さんとの雨宿りでの一件があって以降、僕は気が沈んでいた。
こんな時に、楽しむ努力などしたくなかったのである。
じゃあ、またな
アキオ君はそう言って、ホアチャー君と共にはしゃぎながら教室を出て行った。
二人を見送った後、僕もカバンを持って教室を出た。
生徒達がワサワサ彷徨いている廊下を校門向けに歩いていると、前からイケメンスポーツメンのうらべっち君がやってきた。
うらべっち君、どうしたの?
うっかり教室に忘れ物しちゃってな
今日も部活なの?
僕は、うらべっち君が肩に担いでいるスポーツバッグを見ながら言った。
ああ、まあな
アキオ君とホアチャー君が遊びに行くって言ってたから、うらべっち君も一緒かと思ってたよ
そういえば、以前のカラオケのときもうらべっち君はいなかった。
彼は一年の頃からバスケ部のレギュラーだったらしく、部活は絶対サボらないのだ。
はは、あいつらはいつも楽しそうでいいよな
うらべっち君が、爽やかな笑顔でそう言った。
僕はうらべっち君に同調して軽く笑ったあと、その場を立ち去ろうとした。
わたりん、元気ないな。
なんかあったか?
態度に出ないよう気をつけていたつもりだったが、さすがにうらべっち君は感がいい。
いや、そんなことないよ
そう?
ならいいけど
僕はなんでもないと言うしかなかった。
山根さんとのことを人に知られるのが嫌だったのだ。
ところで、部活は調子どうだ?
うん。
一応、ちょくちょく行ってるよ
毎日真面目に汗を流している彼に部活のことを聞かれると、負い目を感じてしまう。
うらべっち君はすごいよね。
今じゃバスケ部のエースなんでしょ?
しかもうちの高校って県大会ベスト4の常連校らしいじゃん
ああ、まあ。
でもおまえんとこもスゲェじゃん。
コンテストで優秀賞とか取ってる奴もいるだろ
確かに飯塚さんや倖田さんを含め、部員の何名かは何らかのコンテストでとてもいい成績を収めている。
でもうらべっち君はスポーツでしょ。
しかもバスケってすごくかっこいいし。
僕は男なのに美術部だ。
アキオ君とホアチャー君が言ってたよ。
男ならスポーツだって。
文化系は軟弱だって思われてるみたいなんだ
僕は完全にいじけていた。
今のセリフ、飯塚に聞かれたらぶっ飛ばされるな
え?
確かに、絵画を愛してやまない飯塚さんに聞かれたらぶっ飛ばされるかもしれない。
そのことは理解できる。
疑問に思ったのは、うらべっち君が飯塚さんの名前をさらっと口にしたことだった。
うらべっち君、飯塚さんを知ってるの?
ああ、あいつとは幼馴染でさ。
俺が一番尊敬している友達だよ。
やってる種目は全然違うけど、あいつは俺の目標なんだ
確かに飯塚さんは美術部というよりスポーツ……いや、格闘家のような体格だ。
うらべっち君と接点があるのもうなずける。
しかし、強豪バスケ部のエースであるうらべっち君に、ここまで言わせる飯塚さんとはどれほどの人物なのか。
僕は俄然興味がわいた。
そんな僕の様子を察したのか、うらべっち君が語りだしてくれた。
あいつ、体格いいだろ?
中二までは空手やってたんだ
なるほど、まったくもって意外ではない。
むしろ納得だ。
しかも未だに維持しているあの肉体。
只者ではなかったに違いない。
ここから先は、うらべっち君が教えてくれた飯塚さんの過去だ。
飯塚さんは三人兄弟の末っ子で、空手一筋の父に兄弟そろって空手を習わされていた。
だけど飯塚さん自身は、それほど熱心ではなかったらしい。
飯塚さんとうらべっち君にはもう一人、三条君という幼馴染がいた。
彼はうらべっち君や飯塚さんのような健康的な感じではなく、どちらかというと僕のようにスポーツが苦手なタイプだった。
飯塚さんはそんな三条君を、軟弱者と言って小馬鹿にしていた。
ただ、三条君は絵がとても上手く、小学生の頃からコンクールで優秀賞を取ったりしていた。
中学一年のとき、三条君は大人も応募してくるような一般の絵画コンクールで最優秀賞を受賞した。
歴代最年少の受賞者だったそうだ。
飯塚さんは三条君の絵を見てものすごく感動し、空手をやめて絵画の道を歩みたいと度々言うようになった。
当然の如く父親は反対し、殴られもしたそうだ。
それでも飯塚さんは空手の練習を一切せず、絵の勉強ばかりをしていた。
激怒した父親に飯塚さんは、土下座までして絵に集中させて欲しいとお願いしたという。
すると父親は条件をつけてきた。
父親としては、空手を半端な気持ちで投げ出すことに怒りを感じていたようで、中学二年の間に空手の県大会で優勝すれば望み通りにさせてやることを約束した。
飯塚さんは二年生の時点で県ベスト8に入る実力だった。
これで中途半端だというのも驚きだ。
その後、飯塚さんは県大会どころか全国大会で三位という恐ろしい成績を収めた。
そして見事、絵画の道を勝ち取ったのだとか。
まあ、全国三位になったからさ。
飯塚の父ちゃんも、やっぱりもったいないから空手をやめるんじゃないって言ってきたらしいけどな。
飯塚はそんとき父ちゃんに言ってやったんだと。そんな半端な気持ちで約束をしたのか?
……ってさ。
笑えるだろ?
うらべっち君は嬉しそうに言った。
本当に飯塚さんのことを尊敬しているんだなぁ。
僕は些細なことでウジウジ悩んでいた自分がすごく恥ずかしくなった。
おっと、しゃべりすぎて結構時間が経っちまったな
ごめんね、うらべっち君
いや、いいって。
俺が勝手に喋ってたんだからさ
うらべっち君が爽やかに笑った。
まあ、あれだな。
体育会系とか文化系とか関係ないと思うよ。
大事なのは熱意じゃないかなって
うらべっち君、いいこと言うなぁ。
僕、美術室に行ってみるよ。
もしかしたら今日は休みかもしれないけど
胸の内に熱い何かが湧き上がり、僕はいてもたってもいられない気持ちになった。
おう、お互い頑張ろうぜ
うらべっち君はそう言って、教室の方へと走り去っていった。
僕はうらべっち君の後ろ姿をしばらく見送った後、美術室へと向かった。