第二話 見習い魔女たちの胸騒ぎ
第二話 見習い魔女たちの胸騒ぎ
――教室棟 黒組教室――
ですからこのくらいの青いナイトシェイドを使います。
こうやってすりつぶして、少量の水を加え……
教室内にアン・ナイトレインの声が響く。
キルケー魔法女学園、黒組の担任教師である彼女の説明に、生徒たちは熱心に耳を傾ける。
――はずだったが。
で、そこにサソリのしっぽとカエルの心臓を入れて
入れません。
どうしてそう無駄にアレンジしたがるんですか、サニー・ウィッチ
授業の途中で茶々を入れたのは黒組の生徒であるサニー・ウィッチ。
友人たちは皆彼女のことをサリーと呼ぶので、たまにサニーと呼ばれると本人もスルーしてしまうことがある。
えー。だってそのほうが魔女っぽいし。
だいたい先生それ何作ってんの? 毒薬?
さっき言いました!
ちゃんと聞いていてください……これは鎮痛剤です。
麻酔に近いので扱いには注意しなければいけない薬です。
ですから一歩間違えると毒薬になることも――
よし、一歩間違えよう! どーんと派手に!
ダメです!!
何度も言ってるじゃないですか、サニー・ウィッチ。
まだ魔法女学園の一年生であるあなたが、派手にだなんて欲張ってはいけません。魔女は元来地味なものなんです。
古き時代の魔女は、こうやって日々の役に立つ薬を調合したり、ちょっとしたまじないを施したり、そうでなければ悪魔の使いとして使役されるのが関の山でした。
それが変わったのは三人の大魔女が現れてからのこと。
キルケー、サブリナ、月蝕のヴァルプルギス……
……サリーが変なことを言うから、アン先生のスイッチが入っちゃったじゃないですか
あはは。こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ
10級から1級まである魔女階級のさらに上位、特級の中でも彼女たちは特別な存在です。
なにせ竜王、冥王、魔王の三大王位戦に挑み勝利したのですからね。
彼女たち大魔女が現れてから、魔女の歴史が変わったと言えるでしょう。
そしてその中でも大魔女のキルケー……いえ、あなたがたもよく知っているキルケー学園長は魔女学の基礎を作った方です。
キルケー学園長がこの『キルケー魔法女学園』を創設し魔女学を広めてくださったおかげで、今の私たちがいます。
大魔女のように華やかな存在に憧れるのはわかりますが、地道な下積みを重ねてこそ、素晴らしい魔女になれるのだと肝に銘じてくださいね
はぁーい
サニーの呑気な返事に黒組の生徒たちも続く。
生真面目なアンは自分の説明に満足そうで、再び薬の調合に入る。
アンは真面目で努力家な教師だったが、薬草学という地味な担当教科とその若さで生徒たちからは軽く見られているところがあった。
そして何より。
きゃっ!? 水を入れすぎちゃった……!
ちょっと抜けているのが主たる理由だった。
とはいえアンは無事に薬の調合を終え、生徒たちに見本の薬を示してみせる。
――それでは各自、調合に入ってください。
わからないことがあればどうぞ質問を
アンの合図で生徒たちが一斉に薬の調合に入る。
サニーたちも例外ではなく、生徒たちは小さな声で話をしながらすり鉢で材料をすり、調合を進める。
サニーがレイリーやエマニュエルと話しながら調合をしていると、横からゴリゴリと怪しい音が聞こえてきた。
サソリのしっぽ……カエルの心臓……タランチュラの足――
……ん?
バジリスクの目玉……虹蛇の舌……!
ヴェロニカが薬を調合する音だったが、明らかに材料がおかしい。
ちょっと待ってくださいアニー。
そんな材料、今回は必要ないですよ?
煮詰めてからヘルハウンドの血と合わせて――!!
いけませんわ、こちらの声が聞こえていません!
なに!? 黒くなって膨張し始めてる……!
いいねアニー。
その攻めてく姿勢、最高にアツイ――
サニーがヴェロニカの肩に手をかけようとしたその時だった。
彼女が作った混合液が、大きく膨らみ爆発したのは。
ごほっ、ゴホゴホ……
ううっ、何か顔にかかって……気持ち悪いです……
おおー。あの地味な調合がこんなに派手になるなんて、やるじゃんアニー
げほごほ……あの材料でなぜ爆発するんです……?
――あれ? おかしいなぁ~。
アンせんせー、ヴェロニカ何か間違っちゃった?
…………。
何もかもが、間違っています……
サソリのしっぽの破片を頭に乗せたまま、アンは嘆いた。
――食堂――
ひどい目に遭いました……服までドロドロになっちゃって
お疲れレイリー。
着替えてきたんだ? 災難だったね~
うぅ……!
どうして一番近くにいたサリーが無事で、私だけ薬まみれになったんですか!
納得できません……
サリーの回避能力の高さはいつものことですわね
あはは、ごめんねレイリー。
おわびにこの佃煮あげるからゆるして?
アニーは佃煮が嫌いなだけですよね……
えへへ~。バレちゃった!
そんなやり取りをしながら一同は食堂の席に着く。
昼休みのこの時間、食堂は学園の生徒で溢れかえり、ホールのどこかしらで小さな悲鳴があがる。
サリーのその定食はなんですの……?
スープがボコボコ沸騰してますけれど
これ? 日替わり定食だよ。
血の池シチューだって。珍しくない?
悲鳴の理由は、こういった風変わりなメニューがあるせいだ。
普通のメニューだと思い油断して注文を入れると、思わぬ食材が使われていることが多々ある。
いいなぁ、美味しそう!
ヴェロニカもいつものお刺身定食じゃなくてそっちにすればよかったかな~
アニーは本当に変わったメニューが好きですよね……。
カメやワニのお刺身なんて、私は聞いただけで目眩がします
そう~? でもレイリーも佃煮食べてくれてるじゃない
えっ? この佃煮って……
ヤモリの佃煮だよ
――げほごほげほげほ!!
食べ物を無駄にしてはダメだ、レイリー
チズ! こっち空いてるよ
ああ、すまない
サニーたちと同じく黒組のチズ・アラチは、レイリーの食べかけの佃煮を手に席へ着く。
チズ? 代わりに食べてくれるんですか……?
佃煮は日本食だ。わたしは嫌いじゃない
そういえばチズは日本出身でしたわね。もったいない精神、でしたっけ
そうだな。出された物は綺麗に平らげる。
少なくともわたしはそのようにしている
礼儀正しく几帳面なチズは、サリーの友人たちの中でも一風変わった存在だった。
硬い口調のせいもあるが、一般の魔女が得意とする『魔法』ではなく『超能力』を操るからというのもあるだろう。
わかるわかる。ご飯はしっかり食べないと元気出ないからね!
サリーは元気がないくらいでちょうどいいですけど。
元気が有り余るとまた今朝みたいなことになりますから……。
とりあえずありがとうございます、チズ
いや。
サリーはまた何かやらかしたのか?
チズは寝てたから朝の騒ぎを知らないんだね~。
今日の朝、サリーの召喚魔法でレイリーの胸がぺったんこになっちゃって……
――この話はやめましょう
召喚魔法でぺったんこ……? どういうことだ?
わたしには今も十分な膨らみに見えるが
そう言いながら胸をつつかないでください!
この中で唯一朝の騒動を知らないチズは、興味深そうにレイリーの胸をつつく。
レイリーやアンとはまた違った真面目さを持つチズに他意がないのはわかっていたので、レイリーは余計恥ずかしそうにしていた。
でもあんなに部分的に魔法の効力が発揮されるところは初めて見ましたわ。
やっぱりサリーはもうちょっと基礎を学ぶべきですわね
基礎か~……うーん
そもそも寮での魔法は使用禁止ですからね
今朝レイリーも使ってた気がするよ~?
そ、それは致し方なく、です!
様々な話題で盛り上がりながらも、魔女見習いたちの昼食の時間は過ぎてゆく。
その中で一人サリーは言葉少なになる。
…………
そして考え込んだ様子で、先に昼食を終えて食堂を出て行ったのだった。
――図書館――
キルケー魔法女学園には古めかしい図書館がある。
何層あるか教師も把握していないという地下室。
幽霊のように影が薄く、誰も声を聞いたことがない司書。
ホコリの匂いが染みついた、古代文字で書かれたたくさんの魔法書。
蔵書されている本の数は万どころか億に達すると言われ、
館内は薄暗くところどころに蜘蛛の巣が張り蝙蝠も飛び交う始末だ。
それゆえ一階の閲覧室以外の場所は、よほど勉強熱心な生徒でない限り滅多に足を踏み入れない。
……これじゃない……
しかしサニーが訪れたのは、地下三階の書庫だった。
わずかな灯りを頼りに魔法書を開いては閉じ、開いては閉じ。
……もっと、古いの
本棚を探るうちに、一冊の本が床に落ちる。
拾い上げ棚に戻そうとしたが、ふとサニーはページを繰る。
美しい悪魔――
とあるページを見つけた途端、その動きを止める。
そしてサニーはその本を携えて地下の書庫を出たのだった。
――中庭――
サリー? いますかー?
レイリーはサニーのあだ名を呼びながら中庭を歩き回る。
早めに昼食を終えて出て行った彼女の様子が気になって、追って来たのだった。
また変なことを考えていたら、私が止めなきゃ
なぜだか運のないレイリーは、友人たちが何かしでかすたびに被害を被るのが常だった。
サニーの行動についつい口を出すのもそのためで。
特に召喚魔法だけは……!
そう強く思い、中庭を捜し回る。
……サラリア? サッサーラ? ベルレロ……うーん……
入り組んだ茨の奥から聞こえてきたその声に、レイリーはようやく足を止めた。
ウルル……あー、わかんない。ま、適当でいっか!
サリー!? いったい何を――
アタシの喚びかけに応えて! 美しき悪魔よ!!
サリー、ともう一度レイリーは声を掛けようとしたが。
魔法が発動した衝撃にその声はかき消える。
眩しい閃光とともに周囲の空気は震え、やがて何事もなかったかのようにいつもの中庭に戻った。
…………
……あれ?
俯き沈黙するレイリーと、小首を傾げるサニーだけがいつもと少し違っていた。
成功したと思ったんだけどな。おっかしーなー
そこへバタバタとやってきたのは昼食をともにした友人たちだった。
サニーを追ったレイリーを、さらに彼女たちが追った形だ。
サリー! 今の光……まさか、またあなたですの!?
すごい光だったね~! 何か面白いことあった?
サリー、何度も言っているが無闇に未完成の魔法を使うのはよくないぞ。
実際これまで予期せぬトラブルばかり起こっているのだから
はは、ごめんごめん。
でも今回は失敗しちゃったみたいで――
……失敗?
黙り込んでいたレイリーが、小さな声で呟いた。
いつもと声のトーンが違う。
やだなぁレイリー、そんなに怒んないでよ。
今回は何も喚び出せなかったみたいだし……
……ふふっ
……レイリー? どうかした――
急に笑顔を浮かべたレイリーを不審に思い、チズが歩み寄る。
が、その瞬間レイリーの手が強引にチズを抱き寄せ、事もあろうに――
んちゅーっ
熱烈なキスをした。
んんんッ!?
……はい?
きゃー
…………わお
様々に反応を示すサニーたちに見守られ、5秒、10秒は続いただろうか。
熱い抱擁と接吻が終わると、チズは足元から崩れ落ち地面に倒れた。
ぷはぁ~。ご馳走様♪
ピクリともしないチズにはまったく目もくれず、レイリーは楽しそうに唇をぬぐった。
ち、チズ……? 大丈夫ですの……?
急にちゅーするなんて、どうしたのレイリー?
そりゃチズだってビックリして倒れもするよ。なんで――
んっと、アナタがワタシを喚び出したのかしら?
なんだか地味なコね~
えっ
いつもとは違う仕草で髪を撫でつけ、レイリーは艶っぽく腰に手を当てた。
でもこのワタシを喚び出したんだから胸を張っていいわよ。
ちゃんと見返りさえ用意してくれれば、たくさんご奉仕してあ・げ・る
あの……もしかして……
……召喚成功してたっぽいね?
さっそくだけどお腹が空いちゃった。
魔力わけてちょーだい♪
ウインクをしながら投げキッスをするレイリーに、一同は唖然とするばかりだった……。