逢沢光流

今日は、サッカーの取材に行ってきました!

とある昼下がり。
僕は、明るい配色で纏められた昼の情報番組のスタジオセットに囲まれていた。

スタジオにいる共演者さんたちはみんな、僕が先ほど紹介したVTRが流れている画面に注目している。

高校生キャスターが、イマドキの若者目線で話題のものを紹介していくというコーナーを任せてもらえるようになって、早二ヶ月。

はじめはおぼつかなかったキャスター業も、だいぶ板についてきたと言ってもらえるようになってきた。

けれど、VTRが明ける瞬間は、今でも緊張してしまう。

三、二、一……大きく息を吸い込む。

逢沢光流

というわけで、各チームの最年少選手への取材の模様をご覧いただきましたが、いかがでしたでしょうか?

メインキャスター

いやあ、光流くんを含め、みんな初々しくて可愛いですねー

コメンテーター

この子たちが第一線に立って活躍していくんだと思うと、ドキドキしちゃいます

共演者さんたちが笑顔で場を盛り上げてくれたことに、内心でホッと安堵の息を吐く。

嵯峨山陸

光流は人と話すの好きだろ? ライブ中のMCだって、ほとんど光流が回してるようなもんだし、キャスターも向いてると思うぜ

この仕事のオファーをもらったとき、陸は笑顔で背中を押してくれた。

陸にそう言ってもらえるのは純粋に嬉しかったし、やりがいだって感じている。

けれど、最近は……。

メインキャスター

光流くん、明日は何を紹介してくれるのかな?

逢沢光流

はい! 今とある商店街を賑わせている人気スポット、行列必至のコロッケ屋さんをご紹介します! どうぞお楽しみにー

メインキャスターさんに促され、僕は笑顔でカメラに手を振った。

それに合わせて、番組のエンディングテーマ曲が流れはじめる。

メインキャスター

それでは、また明日、お昼にお会いしましょう! 『ヒルアンDon!』

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はい、撮影終了でーす! お疲れ様でしたー!

カメラが止まり、一気にスタジオの中が賑やかになった。

僕は共演者さんと共に、スタッフさんたちへ挨拶をしながら、スタジオの出口に向かう。

そうして出口に差しかかたところで、中継レポートを主に担当しているスタッフさんたちと行き会った。

逢沢光流

あ、お疲れさまです! 先日の取材では、お世話になりました

スタッフ

お疲れさまー。あのときは楽しかったねー。また何かあったらよろしくね

逢沢光流

こちらこそ、よろしくお願いします!

スタッフ

そういえば、今日は空港で、日本へ観光に来た外国人にアンケートを取ってたんだけどさ。国際線のロビーで大きな荷物を持った嵯峨山くんと会ったよ。お仕事かな?

逢沢光流

え……えっと、たぶん……

とっさにそう答えたけれど、そんな話は聞いていなかった。

陸は、なんで空港にいたんだろう。

大きな荷物を持っていたなんて、まるで海外にでも行くような……。

そこまで考えたところで、僕は先日、陸と会ったときのことを思い出した。

それは、ドリームマッチ3の開催に伴い、久しぶりにMySTAR二人そろってのダンスレッスンが行われた日のこと。

最近、僕は高校生キャスターとして、陸は俳優として。
歌うこと以外の仕事に関わることが多くなってきていていた。

今の業界で、仕事に困らないというのはとてもありがたいことだとわかっている。

それでも、やっぱりMySTARとして、陸と一緒にライブがしたいという気持ちは強い。

ドリームマッチへは大会の性質上、ソロでのエントリーとなるが、エントリーライブ自体はMySTARで行うこととなっている。

それが楽しみで仕方ない僕は、自然と練習にも力が入っていた。

嵯峨山陸

光流、一回休憩しようぜ

逢沢光流

え、また? さっきも休んだし……

嵯峨山陸

自覚ないかもしれないけど、お前、連日の撮影で疲れてるだろ? 無理するなよ。それに、もしかするとライブの予定自体が延期されるかもしれないんだし……

逢沢光流

それ、どういうこと?

陸は言いづらそうにしながらも、エントリーライブでのMySTARの対戦相手がまだ決まってないと事務所から連絡があったことを教えてくれた。

嵯峨山陸

延期となると、光流と俺のスケジュールが合わせにくい今の状況じゃ、次のライブがいつできるかわからないってことらしい

逢沢光流

そんなあ……

思わず、がっくりとその場に座り込んでしまう。

そのまま顔を上げられずにいると、優しく頭を小突かれた。

嵯峨山陸

いざとなったら、MySTARのソロライブにしちまえばいいさ。二人で、たっぷり会場を盛り上げようぜ

目線だけで陸を見上げると、ニッと笑いかけられた。

釣られて、顔がほころぶ。

嵯峨山陸

これでも食べて、元気だせよ

そう言って、陸はレッスン場の隅に置いていたバッグからお菓子の箱を出してきてくれた。

逢沢光流

あ、滋賀限定ショコラボーカボチャ味だ

それは、僕が好きだと言って以来、実家に帰ると買ってきてくれる陸の地元のお菓子だった。

逢沢光流

これ、どうしたの?

嵯峨山陸

ちょっと、前の休みに叔父さんに呼ばれてな。実家へ帰ってたんだ

陸の叔父さんは時代劇で活躍した有名な俳優さんで、最近はハリウッドのアメコミヒーロー映画に出演して話題になった人だ。

叔父さんと仲がいいことは知っているけれど、わざわざ実家まで呼ばれるなんて珍しい。

何か大事な話でもあったんだろうか。

逢沢光流

もしかして、一緒にハリウッドデビューするとか?

ショコラボーを頬張りながら冗談めかしてそう言うと、陸は僕から目を逸らして、壁の鏡を見つめた。

逢沢光流

陸……?

嵯峨山陸

実は、誘われてるんだ

逢沢光流

え……

嵯峨山陸

と言っても、俺にはまだまだ遠い世界だし、叔父さんくらい歳取ったら考えるかな

あのとき、陸はなんでもないことのように笑っていた。

けれど、もしかしたら本当に、海外へ行ってしまうつもりなのかもしれない。

最近、MySTARとして活動することが減っていることに対して抱いていた、漠然とした不安が湧き上がってくる。

スタッフ

光流くん? どうしたの?

スタッフさんにそう声をかけられ、ハッと我に返った。

逢沢光流

すみません、僕……お先に失礼します!

居ても立ってもいられなくなった僕は、気づけばスタジオを飛び出していた。

とある昼下がり。
私はあんなと共に、空港の国際線ロビーへとやってきていた。

平日の昼間であることを忘れさせるほど、空港内は多くの人々で賑わっている。

行き交う人々のざわめきを縫うように、各種アナウンスがひっきりなしに鳴り響いていた。

竜胆あんな

虎子さん! シアトルからの便のお客さんが、出てきはじめたみたいですよ!

あんなの指さしたゲートから、荷物の受け取りを済ませたらしい家族連れが出てくる。

竜胆あんな

来る前に、ちょっとだけ聞きましたけど、大物アーティストさんって女性の方なんですよね?

今日ここへきたのは、シアトルから帰国する大物アーティストを迎えるためだった。

現在フリーだというそのアーティストに直談判で交渉し、事務所に所属してもらい、あんなのよい見本になってもらいたいと考えている。

月城虎子

プロデューサーに紹介してもらった人で、私も詳しくは知らないけれど、『シノン』という女性アーティストよ。きっと、外国人かハーフだと思うわ

竜胆あんな

なんと……日本語通じますかね?

月城虎子

どうかしら……私、英語とフランス語しか喋れないのよね……

アメリカで活躍していたというから英語は通じると思うが……。

その点、きちんと確認しておけばよかったと後悔する。

竜胆あんな

私は地球語すら怪しい時期があったので、それだけ喋れれば充分かと……

月城虎子

チキュー語? 聞いたことないけれど、どの地域の言葉?

竜胆あんな

あ、いえ、その……! そ、そうだ! 来る前に事務所で印刷してた紙は出さなくていいんですか!?

月城虎子

ああ! そうだったわ!

私は慌てて、鞄に折りたたんで閉まっていたものを取りだした。

月城虎子

あんな、端を持ってちょうだい

竜胆あんな

了解しましたー!

二人で両端を持って、紙を広げる。

それは、『Welcome Japan』の文字とシノンの名前を印字したコピー用紙を貼り合わせた、即席の横断幕だった。

これならば、面識のない相手でもすぐに気づいてくれることだろう。

竜胆あんな

あれ、シノンの綴りが間違ってません?

月城虎子

えっ!? あ、本当だわ。タイピングミスで文字が多くなってる……!

竜胆あんな

この名前、前にもどこかで見たことがあるような……

あんなの呟きが気になって、顔を上げたそのとき。

いかにも海外セレブが好みそうなサングラスをかけた女性がゲートを潜る姿を目の端で捕らえた。

月城虎子

ん……?

大きなスーツケースを片手にロビーへ出てきたその女性は、おもむろにサングラスを外して、目を眇めた。

久しぶりに帰ってきたわ……。今度こそ、あの忌まわしい過去を捨てて、本格的な女性アーティストとして花を咲かせるのよ、私!

何かを言いながら、スマートフォンを取り出す。

プロデューサーが迎えを寄越してくれるって言ってたけど……この写真の女性なのよね。えーっと……

そうして、探しものをするように辺りを見回しはじめた。

もしかしたら、彼女がシノンかもしれない。

私は横断幕を掲げて、彼女にアピールをしてみた。

『Welcome Japan Sinonon』の文字が波打つ。

それが目に入ったのか。

女性はこちらを凝視したかと思うと、次の瞬間、駆け寄ってきた。

竜胆あんな

あっ

月城虎子

えっと……Are you Sinon? My name is――

いやあああああっ! そんな恥ずかしい名前の横断幕を掲げないで!

挨拶の言葉を遮るように、女性は顔を真っ赤にしてそう叫んだ。

掴んでいる部分が破けるのも構わず、横断幕を無理やり取り上げられる。

なんで、なんでこの名前がっ! 私には言えない過去なんてないのよ! そう、私はまた生まれ変わったんだから!

彼女は甲高い声で叫びながら、横断幕をビリビリに破いてしまった。

紙くずと化した横断幕を握り締め、肩で息をしている女性に、おそるおそる声をかける。

月城虎子

あの……シノンさん、ですよね? お名前を間違ってしまって大変申し訳ありません

え……ああ……ううん、そういうことじゃないから。知らなかったのならいいの。こちらこそ取り乱してしまってごめんなさい

シノンさんは気まずそうにぎこちなく微笑み、破った紙を手の中で丸めはじめた。

月城虎子

私、音楽事務所でマネージャーをしております、月城虎子と申します

気を取り直し、私は名刺を差し出す。

晴海詩乃

プロデューサーから話は聞いてるわ。晴海詩乃よ。シノンは、海外のファンがつけてくれた愛称なの

月城虎子

そうだったんですね。この度はアイドルドリームマッチ3に出場するために帰国されたとか……

晴海詩乃

ええ。あなたも、ついこの間まではパリで仕事をしていたそうね。優秀なマネージャーだって、プロデューサーが褒めてたわ

月城虎子

私は自分の仕事を粛々とこなしていただけですから。詩乃さんは単身でアメリカに渡られて、シアトルで苦労しながらも多くの人に知られる歌手になったと聞きました。あなたのような実力派の方こそ、アイドルに相応しい! 最近のアイドルは、イロモノばかりで……

晴海詩乃

そう! そうなのよ!

うんうんと頷きながら私の話に聞き入っていたシノンさん――改め、詩乃さんは、イロモノと聞いた途端、大きな声を上げた。

晴海詩乃

イロモノなんて、一時的に騒がれるだけでうまくいかないんだって、何度同じ過ちを繰り返したらわかるのかしら!

どうやら詩乃さんはイロモノがお嫌いらしい。

日本に帰ってきて、初めて話が合う人に出会えた気がした。

月城虎子

お話をしてみて確信しました。やはり、あなたのような方に、うちの事務所に入っていただきたいです。ぜひ、契約を結んでいただけないでしょうか?

晴海詩乃

事務所、ね……話を聞くかぎり、イロモノとは縁遠いようだけど……

月城虎子

もちろんです! そうだ、ご紹介します……あんな

私のうしろに立っていたあんなを、振り返って呼ぶ。

晴海詩乃

……あんな?

竜胆あんな

あ、いや、私は……

月城虎子

いいから、ちゃんと挨拶なさい

なぜか焦って身を隠そうとしているあんなの手を引き、隣に立たせた。

月城虎子

うちの新人の、竜胆あんなです。あなたと同じ本格的なアーティストに育てたいと思っています

竜胆あんな

えっと……どうもー

へらりと、あんなはいつもの締まりのない笑みを浮かべてみせる。

すると詩乃さんは眉根を寄せ、厳しい表情で腕を組んだ。

晴海詩乃

言っておくけど、今のアイドル業界は、昔以上に厳しいわよ。地に足の着いてない、あなたみたいにふわふわした新人が容易く生き残れるのほど甘い世界じゃないの

竜胆あんな

ふえぇ! す、すみません……!

晴海詩乃

昔、あなたと同じ名前の杏菜・リンドバーグというアイドルがいたけど、ふわふわしたまま悪い大人にいいように騙されて。イロモノとして消えていったわ。確かな信念もない状態でいると、あなたもそうなるわよ

竜胆あんな

……あれ? もしかして……気づいてない?

晴海詩乃

何?

竜胆あんな

い、いえ、なんでもないです~

晴海詩乃

言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ

険悪な雰囲気になってきたので止めたほうがいいだろうかと悩んでいると、近くを通りすぎた二人組の女性客が、

女性客A

あ! あれって……

と声を上げた。

女性客B

もしかして、ほら、テレビとかに出てる……

先ほどまで気づかなかったが、辺りが妙に騒がしい。

晴海詩乃

まさか、私のことがばれたのかしら……!

詩乃さんが、慌ててサングラスをかける。

だが、周囲の様子を改めて窺ってみると、誰もこちらを見てはいなかった。

視線の集まっている先へと目を向ける。

逢沢光流

陸! 行かないでよ!

竜胆あんな

あ……陸くんと、光流くん?

目を凝らしてみると、そこにいたのはあんなの言うとおり、MySTARの二人だった。

光流が陸の手を掴んで、引き止めているように見える。

逢沢光流

どうして僕に相談もナシに!

嵯峨山陸

誤解だって。俺はどこにも行かない

何があったのか知らないが、二人を中心に人だかりができはじめている。

このまま放っておくのはまずい。

月城虎子

ちょっと行ってきます

晴海詩乃

待って、私も行くわ

詩乃さんたちと共に、二人のもとへと駆け寄る。

月城虎子

ちょっとあなたたち、こんな往来で何を騒いでいるの

声をかけると、二人揃って驚いたようにこちらを見た。

嵯峨山陸

なんで虎子の姐さんたちまでここに……

逢沢光流

あ、詩乃さん! 陸が、陸が海外に行こうとしてるんです! 止めてください!

どうやら、詩乃さんと知り合いらしい。

光流は今にも泣き出しそうな表情で、詩乃さんに訴えた。

晴海詩乃

え、海外へ行くの?

嵯峨山陸

だから、違うんだって!

珍しく、陸も冷静さを欠いているようだ。

このままでは、状況は収まりそうにない。

晴海詩乃

ここで騒いでいたら、マスコミが来ちゃうわ

月城虎子

とにかく、場所を移しましょう。あんな、手伝って!

竜胆あんな

は、はい!

私たちは三人がかりで、陸と光流を、ひと気の少ない空港の隅へと引っ張っていった。

逢沢光流

ええええーーーーっ! 誤解だったの!?

空港の片隅に位置する、客の少ない喫茶店の中に、光流の叫ぶ声が響き渡った。

入り口から死角になっている、奥のテーブル席。

陸の隣には詩乃さんが、光流の隣にはあんながそれぞれ腰を下ろしている。

ひとり余った私は、椅子を借りてきて、いわゆるお誕生日席に座らせてもらい、状況を見守っていた。

嵯峨山陸

だから、何度もそう言っただろ。俺は、ハリウッドに戻る叔父さんを送ってきただけで、今日海外に行く予定はまったくない

逢沢光流

そっかー……

陸の答えを咀嚼するように、光流は何度も目を瞬かせる。

逢沢光流

ごめん。僕、誤解して騒いじゃって……

しばしの沈黙の後、そう言って頭を下げた。

そして恥ずかしそうに、けれどホッとしたように、椅子の背もたれに身体を預ける。

それと同時に、場の空気も一気に緩んだように感じられた。

落ち着いて話せばたったこれだけで済むやりとりが、よくもまああれだけの騒ぎになったものだと感心してしまう。

詩乃さんも同じように感じたのか、呆れたように大きなため息を吐いていた。

竜胆あんな

よかった~。これで一件落着ですねー

あんなだけが、場違いなほど明るい調子で声を上げる。

逢沢光流

ありがとう、あんなちゃん。みなさんも、ご迷惑おかけしちゃってすみません

光流は苦笑いを浮かべて、再び頭を下げた。

先ほどロビーで見たときはいい印象を抱かなかったが、素直に謝ることのできる性格は好ましいと思う。

最近は高校生キャスターとして幅広い世代から支持されているらしいので、本来は人好きのする青年なのだろう。

逢沢光流

あの、あなたが虎子さん、ですよね? 陸から話は聞いてます。改めまして、MySTARの逢沢光流です。初対面の方にまで、とんだところをお見せしてしまって……

月城虎子

月城虎子よ。事情があったようだけれど、もうちょっと自分がアイドルだって自覚を持って行動した方がいいと思うわ

逢沢光流

あはは、お恥ずかしいかぎりです……

どうやら光流も、あんなと同じく気まずいときには笑うタイプらしい。

そんな風に言葉を交わしていると、これまでまったく話に加わっていなかった陸が、おもむろに口を開いた。

嵯峨山陸

なあ、光流

逢沢光流

ん? な、に……?

呼びかけられて陸へと向き直った瞬間、光流の表情がこわばった。

嵯峨山陸

いい機会だと思うから、はっきり言うけどさ。俺、海外へ行くことは本気で考えてる

逢沢光流

――――っ!?

安堵から一転。
明確に突きつけられた真意に、光流が息を詰まらせたのがわかった。

再び、場に緊張が走りはじめる。

嵯峨山陸

前と同じままじゃ、アイドル業界でやっていけないってのは、光流も感じてただろ? だからこそ、今は個々で力をつけるべきときだって思ってたんだけどさ。どうにも、行き詰まっちまってる気がして……

逢沢光流

だから……海外へ行くの……?

嵯峨山陸

それもひとつの道かもなって

光流は唇を噛み締め、拳をギュッと握り締める。

陸の目を真っ直ぐに見つめる光流に対し、陸はそんな光流の拳に痛ましそうな目を向けていた。

二人の視線は交じり合うことのないまま、逸らされる。

晴海詩乃

私自身、海外に行っていたからっていうのもあるけど、陸の意見はもっともだと思うわ。光流は、陸に対して甘えてるだけなんじゃないの?

詩乃さんの言葉を聞いて立ち上がったのは、光流ではなく、あんなだった。

竜胆あんな

そんなのおかしいですよ!

晴海詩乃

おかしいって、何が?

強い光を放つ瞳に睨み上げられ、あんなはわずかに怯んだ。

けれど、すぐに自分を奮い立たせるよう、強くテーブルに手を突き、真っ直ぐに詩乃さんを見つめ返す。

竜胆あんな

だ、だって! 私はずっとソロで活動してきたから、ユニットを組んだとき、パートナーがいるって嬉しいものだって初めて実感できたんです! だから、ふたりで歌うMySTARの強い絆には、すごく憧れてて……。なのに、バラバラの心のままで個々の力を高め合おうなんて、そんなのおかしい……です

晴海詩乃

やっぱり子供ね。言ったでしょう? アイドルはそんなに甘くないのよ

竜胆あんな

詩乃ちゃ……詩乃さんは、ユニット組んだとき、嬉しいって思わなかったんですか?

晴海詩乃

わ、私は基本的にずっとソロよ。誰かと馴れ合うつもりなんてないわ

そう言い捨てて、詩乃さんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

あんなはその答えを聞いて、残念そうに肩を落としている。

月城虎子

あんなは、ユニットを組んだことがあったの? なんてユニット?

竜胆あんな

えっ、その、ほんとに短期間で、一時的なものだったので……! な、なんて名前だったかな~

へらりと、あんなは笑う。

覚えていないくらい、短い期間のことだったらしい。

それでも印象に強く残っているということだろうか。

あんなの意見は、確かに子供っぽい、理に適っていない感情論かもしれない。

けれど、『バラバラの心のままで個々の力を高め合おうなんて、そんなのおかしい』というのは正しいことのように思えた。

月城虎子

……陸は、個々の実力がどうこうって言ったけれど、そもそもMySTARのアイドルとしての実力ってどうなの?

ふと湧いた疑問が、口を突いて出る。

それを聞いた陸は、不機嫌そうに眉尻を吊り上げた。

嵯峨山陸

ハァ?

月城虎子

かつて、総選挙で好成績を収めていたというのは知っているわ。でも、アイドルとしてうまくいかないからって、ちやほやしてもらえるキャスターや俳優業に浮かれているようじゃ、実力なんてつくとは思えないのよね

嵯峨山陸

それはちょっと聞き捨てならねえな

月城虎子

凄んだって怖くないわよ。アイドルなら、真っ向から歌で勝負してみなさい!

嵯峨山陸

面白い。じゃあ、ライブバトルで勝負といこうじゃねえか!

竜胆あんな

と、虎子さん、落ち着いてください……!

逢沢光流

陸も、突然、何を言いだすのさ!

思わず身を乗り出した私たちに、あんなと光流が焦ったような声を上げる。

嵯峨山陸

いいじゃねえか、光流。俺たちのエントリーライブの対戦相手、まだ決まってなかっただろ?

月城虎子

あら、奇遇ね。あんなの対戦相手も、まだ決まってないの

竜胆あんな

ちょっと、虎子さん!?

叫ぶあんなに構うことなく、私は陸へと宣戦布告する。

月城虎子

エントリーライブで正々堂々勝負よ! そこでもし私とあんなが勝ったら、MySTARはキャスターも俳優も辞めて、イチから出直しなさい!

~ つづく ~

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