かずくん、見て。これ可愛い

沙希は俺の手を引っ張ってショーウィンドウ越しに小さなぬいぐるみを指差した。

もう手を繋いで歩くのにも慣れたらしく、いつも通りの沙希だった。

あとちょっと沙希の頭から煙が燻るのを見ていたかった気もするけど。

今では楽しそうにあちこちの店で足を止めてはいちいち俺の注意を惹こうとする。


俺は苦笑しながらそのひとつひとつに冴えない感想を並べていた。

それでも沙希は飽きもせず俺を引っ張り続けた。

ケチはつけるけど。

心から楽しそうに。

俺はたった今、沙希の指差したぬいぐるみを覗きこむ。

よくできてるな

くまのぬいぐるみだ。テディベアと言うのだっけ。

ただ俺が見聞きして知っているそれとは違って目の前のそれは異様に小さく、指の先ほどの大きさしかなかった。

何匹も同じような色違いがいて、それぞれにポーズをとり、まるで。

家族みたいだよね

そうだな、温かみがあるな

そう答えた途端、沙希から冷たい視線が飛んでくる。

なんだよ。

本当にそう思ってる?

なんで嘘つく必要があるんだよ

かずくんの感性って……

そのままため息混じりに口を閉ざす。

……なんだよ。

俺のコメントへの不満を持ちつつも、沙希は目の前のそれが大層気に入ったようでしばらくそこから動こうとせずに見つめていた。

俺は見かねて手を引いた。

ほら、入ってみようぜ

扉を開くと季節外れの風鈴が鳴り、板張りの空間が視界いっぱいに広がった。

わぁ……

そこにはショーウィンドウに飾られていたのが一部に過ぎなかったことを主張するかのように様々なぬいぐるみがあった。

棚にも机にも椅子にも。ところ狭しとぬいぐるみが座ったり寄りかかったりしている。

種類もくまだけにとどまらず、アヒルやロボット、人形や猫なんかもある。

俺と沙希はそのひとつひとつを眺めて回った。

すごい

話しかけてきてくれた店主の言葉によると、どれも一点ものの手作り品らしい。

沙希はゆっくりと時間をかけてすべてのぬいぐるみの前を回ったあと、そのうちのひとつの前で足を止めた。

それはショーウィンドウでも飾られていた、小さなくまのぬいぐるみ。

こちらのものは店先に飾られていたものとは違って、キーホルダーやストラップとして使えるように金具がついていた。

どれが気に入ったんだ?

沙希は話しかけられたことに驚いたように振り返った。よっぽど没頭して見つめていたらしい。

欲しいんだろ?買ってやるよ

え、悪いよ

このくらいの値段なら大丈夫だよ、どれ?

なおも言い募ろうとする沙希を遮って促した。

えっと、これとこれ

沙希はそれらの小さなぬいぐるみの中からふたつのものを指差した。

ふたつか?

そのふたつはちょうど対になるように作られたらしい。

夫婦のように。恋人のように。

帽子を被った男の子らしいそれと、リボンを着けた女の子らしいそれ。互いに寄り添うようなポーズを取っており、ちょうどふたつ合わせると抱き合っているように見える。

うん、と。ふたつ買ってもらうのは悪いから、

別にいいぞ

ううん、悪いから!

う、うん

沙希は遮るように力強く言った。俺は気圧されつつ頷く。

だから、ひとつを私が買ってかずくんにあげて、もうひとつをかずくんが買って私にくれるっていうのは。
えっと、どうかな?

沙希は語尾を細めて首を傾げつつこちらを上目遣いに伺う。

え、俺も?

うん。あ、迷惑かな。迷惑だよね
てかひいたよね。ごめんねやっぱりいいや

なんでこんな時だけそんなに卑屈になるんだよ。

苦笑しながら遮る。
夏月

いや驚いただけだって。いいよ沙希の言うとおりにしよう

俺はなおも提案を取下げようとする沙希を引っ張って店主の元まで連れていった。

えっとこれください

俺はこれ

毎度

互いに買ったものを交換する俺らをどう思ったのか、店主は嬉しそうに目を細めながら店先まで出て見送ってくれた。

かずくんありがとう、大事にするね

俺も、大事にする

早速携帯につけて互いのぬいぐるみを見せ合った。

まるで恋人同士みたいだと思った。

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