俺と沙希は土曜日の午前中にこの周辺で一番大きな通りに出た。
俺と沙希は土曜日の午前中にこの周辺で一番大きな通りに出た。
アーケードのかかる歩行者天国の両脇には小洒落たアクセショップから俗っぽいゲームセンターまでが様々に見渡せる。
俺たちの間で遊びに行こうと言ったら、大体この通りで遊ぶことになる。
男同士、例えば谷口なんかと一緒ならゲームセンターでスコアを競ったり、靴屋や服屋、本屋を冷やかしたりする。
今回は沙希と一緒だった。今までも買い物程度の用事では何度も一緒に来たことがある。
だけど一緒に遊ぶとなると、途端に悩まざるを得ない。カラオケや、少し遠いけど海岸付近の水族館まで足を伸ばしたほうがいいのか。
それともウィンドウショッピングなんかに付き合えばいいのか。
ちなみに調べた結果、映画館は大したものが上映されてなかったので却下された。
恋愛モノはちょうど良い時間にやってたんだけど、お互いに無言でスルーした。
さて、どこ行こうか
結局。本人に訊くのが一番手っ取り早いだろうと思って、尋ねてみた。
別に気心知れぬ仲というわけでもない。はずだ。黙ってこちらが勝手に決めてしまうより話し合ったほうがいいだろうと考えての事だった。
うーん
あれ?
だけど沙希は俺の予想以上に思い悩み始めた。
そんなに悩む場面か。いや悩むんだろうけど、俺も悩んでたけど、そんな真剣に眉間にシワまで寄せては考えてなかった。
沙希のただならないようすに声をかけようと口を開きかけた時だった。
かずくん!!
え、うん
俺は気圧されてしまう。こちらを見上げた沙希の表情があまりに深刻だったから。
挑みかかるように沙希は固い声音を出す。
どこに行こうかと私なりに考えてみたんだけど
はい
真剣に考えてみたんだけど、昨日から!
昨日から?!
さすが周囲も認める『真面目で素直』がそのまま人の形をしたような。委員長の座を満場一致で射止めてしまった才媛。
デートひとつにも前日の予習では遅すぎるくらいだと。そう言いたいのだろうか。
やっぱり目的意識が大事だと思うんだよね
な、なるほど
違うようである。そしてさっぱり意味がわからない。
どこに行くかっていうのにしても、目的意識をこれだって定めないと決まるものも決まらないと思うんだ
お、おう
そこでです!!
はい!!
沙希につられて俺の語尾にもビックリマークがつく。
核ミサイルの発射ボタンを前にしたような真剣な表情のまま沙希は言い放った。
これはマジでデート、なのでしょうか……?
………はい?
最初の勢いは続かず、後半は心細気な声を出しながら沙希は俺に尋ねた。
上目遣いに沙希が続ける。
あのね、かずくんとは何度もお出かけしたよ?
でもその時はお買い物とか、お使いとか理由があったんだけど、今回はそれもなくてどこに行こうかなんて悩んでるよね。
あの、私勘違いしてるのかもしれないけど、これって、あの、その
デート?
はうっ!!
沙希はびくっと顔を赤らめて視線を逸らしてしまう。
それでも続けようと、しどろもどろに口を開く。
そ、そう。やっぱり、そのデート、なのかなって
そのまま自爆したかのように、頭から煙を噴出しながら沙希は俯いてしまう。
あれだけ自分でネタにしておきながら、実際にデートする段になるとこうだ。
俺は沙希にバレないように笑いを噛み殺しつつ、真面目くさった声で言った。
紛うことなくこれはデートだな
!!
沙希は俯いたまま煙を更に噴出させる。もちろん俺の勝手なイメージだけど。
気のおけない男女二人が休日に一緒にいるという以外の目的もなく街を徘徊する。
これをデートと言わないなら何をデートと呼べるだろう
で、で、デート…………でぇと
沙希はすでに真っ赤な頬にうつろな目で明後日の方向を向いてうわ言のようにデートという単語を繰り返している。
この前だって自分から言い出したくせに。
どうしてデートなんて単語1つで、そこまで赤面できるのかよくわからないけど。
沙希のそのようすを見ていると、いまさらのように気恥ずかしさがこちらにも移ってきてしまって。
その……これ以上沙希をからかうこともできそうになかった。
ミイラ取りがなんとやら。
ま、まぁそんな感じで
あ
適当に回ってみよう
俺はさり気なく沙希の手を握った。
うまく自然に微笑むことができただろうか。
沙希は一度小さく頷いたあと、そのまま俯いてしまった。
俺は沙希の真っ赤な首筋から目をそらし、もう空しか見ることができない。
覚えているのは沙希の小さな熱い手のひらの柔らかさだけ。
傍から見てるだけでも相当に恥ずかしいカップルだろうなと思った。