ごちそうさまでした

お粗末さまでした

母は嬉しそうに沙希に微笑みかける。

こんなに美味しそうに食べてくれるなら作った甲斐があるというものね

その言い方だとまるで、俺がいつも美味しくなさそうに食べるみたいに……

あなたは食べても何も言ってくれないじゃない

……

確かに沙希は食べる前からいい匂いに始まり、食べてる最中にも美味しい美味しいと連呼しつつ食べてた。

沙希のそんな態度には素直に感心する。

だからって自分が真似しようとは思わないけど。

沙希ちゃんこんなのにいつも弁当作ってくれてありがとうね、いつ見限ってくれてもいいから

そ、そんなことしないですよ!

焦ったように手を振りつつ、何かを期待したような目でこっちを見てくる。

ちょっと待て、何を期待されてるんだ俺は。

まぁ、なんて健気なのかしら。本当にうちの夏月にはもったいない

そんなっ、こちらこそいつも仲良くしてもらって

俺が無視してても、いつまでも続けそうだなこの二人。

あぁ、なるほど。俺は先ほどから送られてくる視線の意味を理解した。

沙希の期待に答えようと助け舟を出した。

はいはい俺はこんなに良くできた母親と幼なじみに恵まれて幸せものです。わかったから

しかしそれは彼女の望んだ言葉ではなかったらしく……

そんな目で睨むなよ。

なによその適当な言い草。本当にわかってるのかしら。
ねぇ、沙希ちゃん?

その不機嫌な顔に気付かず、母が沙希に水を向けた。

え、え?はい?

わかってるよ、もう

俺はジト目から開放されたことに嘆息しながら、苦笑いでぼやいた。

こんなのだけどこれからも見捨てないでやってね、沙希ちゃん

えっと、はい

困ったように笑いながらも、さっきのセリフと矛盾する母の言い草に沙希は嬉しそうに強く頷いた。

何がそんなに嬉しいんだか。

俺はそれを横目にそっぽを向いていた。

その後も料理の話題だとか俺の悪口だとか、

沙希の学校での出来事とか俺の学校でのようすとか、

隣近所での些細な事件とか俺の家での失敗とか。

二人は夕食のあとの会話をとても楽しめたようである。

主に俺の話題で。

あ、もうこんな時間。そろそろ

あらら、ごめんなさいね引き止めちゃって

そんな、こちらこそ長居して

ほら夏月。送って行きなさいよ

いえ、すぐ隣ですから

手を振って断ろうとする沙希を無視して俺は立ち上がった。

ほら、早く行くぞ

いいの、かずくん?

もう一度無視して。先に玄関に向かう。

背後で母と沙希が手を振り合っていた。

今日何度も思ったことだけど、俺より仲いいんじゃないかこの二人。

お待たせ

おう

玄関を出るとすぐに沙希の家についてしまう。だから、その前に言っておくことにした。

ありがとな、今日は

え?

やっぱり沙希が来ると母さん楽しそうだから

私だってすごく楽しいよ、その上送ってもらっちゃって。
でも迷惑じゃなかったかな

んなわけないって

うん、ありがと

そんなことを言ってる間に沙希の家だ。お隣さんだし。

何故かそれで助かったような心地を覚えてしまう。

じゃあね、かずくん。また明日

おう、また明日

俺は手を振って、沙希の家に背を向けた。

自宅に戻るまで沙希の視線を感じたけど、一度も振り返らなかった。

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