すっかり母との約束を忘れてしまっていたことに気付いたのはその時だった。

沙希との昼食を終えた俺は、図書室に向かった沙希を見送って、自分の席から教室を見渡していた。

忘れていたことに気付いたけどまぁ、沙希にはまた放課後にでも今晩の予定を尋ねようと思いながら。

話し相手を探していた。

あ、谷口

俺はちょうど教室に入ってきた男子生徒に手を振った。

よっす、どうした間宮?

谷口はすぐに気づいて、まっすぐ俺の席まで向かってきた。

別に用はないけどさ

ないのかよ

谷口は大げさに肩を落として見せる。

こいつはわざとらしい明るさが妙に似合うやつで、敵を作らないことに長けている。

安定感があるから、話しかけやすい。と俺は勝手ながら思ってる。

それはともかく珍しいな、間宮が昼休みに天河さんと一緒じゃないなんて。とうとう見放されたか?

なんで嬉しそうなんだよ

俺は少し不機嫌そうに口をとがらせて見せた。

だって前々から不釣り合いだと思ってたんだよなぁ。お前にはもったいないって天河さんは。可愛いし優しいし、花があるし。
それに引き換えお前はこれだし

そうって俺を指さす。その手をはたき落としてやった。

散々な言い草どうも。せっかくのご機嫌だけど沙希は図書館に行っただけだぞ

だよな、はぁ。なんでこんなやつに

しつこい

その時。教室中に耳障りな声が響いた。

瞬間的に身をすくませる。

田山くぅん。早くしてよぉ

首を伸ばして谷口の身体越しに反対の隅を見る。

厭な予感は当たる。

谷口もそちらを振り向く。

思った通り声の元にいたのは東堂だった。

昼休み終わっちゃうじゃんどーすんの田山くぅん?
俺らの代わりに授業サボって昼ご飯買ってきてくれるの?

巫山戯ているようで確実に相手を威圧する声音。

対する返事は、気の毒なほど弱々しかった。

し、仕方なかったんだよ東堂くん。僕先生に呼ばれててそれで

はい、言い訳~
その先生に呼ばれたのだってぇ授業中に寝てた田山くんが悪いんでしょ?
でしょ?
じゃあ仕方ないとかおかしいじゃん?
それ責任転嫁ぁ~はい、論破ぁ

東堂とその仲間らしい二人がニヤニヤと笑いながら、苦しげに視線を机に逃す田山くんを囲んでいた。

見るからに不穏な空気だ。

でも誰も口を出そうとしない。

もちろん俺も、谷口も。

イジメだとかそんな重い話でもない。大人はそういうの好きそうだけど。

子供の感覚からしたら、あぁいう友人関係もあって、もしそれが何かしら問題のあるものでも、

それはあいつらの間の問題だって話。

だから、何もするべきじゃない。

きっとそれが正義だ。

元気だね。東堂君も

まぁね

昔はあんなんじゃなかったのにな

何かをつぶやいたようだったが聞こえなかった。

いや、何でも

そう言っていつもの笑みを浮かべた。しかしその一瞬、谷口にしては珍しい悲痛そうな顔を見せていたのは気のせいじゃなかったはず。
夏月

そうか?

だけど俺がそのことを指摘することもない。だって田山にしろ東堂にしろ、深く関わるべきじゃないから。

これでいいんだ。どうにかしなきゃなんて考えることさえめんどう。

谷口は俺に向き直り、またくだらない話を交わす。

なんとなくこの場に沙希がいなくて良かったと思った。

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