すぐに学校を早退し、まもなく迎えに来た祖父の車に乗って病院に向かう。

私が到着した時、病院で父の緊急手術が終わるのを待っていたのは祖母だけだった。
父方の祖父母は既に他界していて、地方にいる叔母になんとか連絡がつき、こちらへ向かっているところらしい。

祖母によると、父は仕事中に頭痛を訴えた後、昏倒して救急車で運ばれた。検査の結果、脳に出血が見つかり、すぐに手術となったのだという。

手術が終わった頃には、既に外は暗くなっていた。手術は成功し、一命はとりとめたと医師は言った。

しかしながら楽観視できる状況ではなく、この先数日いつ容態が急変してもおかしくはない――とりあえず、病気に関して全く知識のなかったわたしに理解できたのは、そのくらいだった。

手術の後、集中治療室で意識なく眠ったような父に少しだけ面会した。昨日わたしを嘲笑った嫌みな男の姿はそこにはなく、たくさんの管や機械に繋がれた患者がいるだけだった。

突然のことに、理解はできても気持ちが追いつかない。

もちろん、父が死んでも悲しいと思わない自信はある。ただ、昨日まで元気そうだった人間が、こんなに簡単に死の病に倒れることに恐怖を覚えた。

どうなるんだろう、と漠然と思った。この男が死んだら? もしくは死ななかったら?

わたしと陸の未来は、きっとこの男の生死に左右されるに違いない。

祖母

お父さんはきっと大丈夫よ。強い人ですもの


多分、酷く落ち込んでいるように見えたのだろう。祖母はわたしの肩を抱き、優しく語りかけてくれた。

紗己子

――……

わたしは力なく笑って目を伏せる――そうしなければ、見抜かれてしまいそうだった。わたしが父の心配など、微塵もしていないこと。大病を患った男に、同情心すら感じていないことを。

翌日は、普段通りに登校した。予定では授業が終わった後に病院に行く。もしもそれまでの間に、父の様態に急変があれば、祖父母が連絡をくれることになっていた。

紗己子

あの父親……死ぬかもしれないって


二日ぶりに陸と話した朝、わたしは淡々と告げた。

父がわたしに会いに来た日、帰り道で別れて以来陸とは連絡をとっていなかったから、大層驚いたことだろう。

心配して二年の教室を訪ねてきてみれば、異母姉が自分たちの父親が死ぬと言うのだから。

「どういうことですか」と言う陸に、昨日倒れて手術をしたが、いつ急変してもおかしくはないという話をする。

そうですか……


陸は父が生死の境をさ迷っていることを知っても、取り乱したりはしなかった。

正直なところ、彼にとって父親がどのような存在なのか分からない。ずっと父を憎み続けてきたわたしとは、違う感情を持っているだろうとは思うけど。

紗己子

今日も学校が終わったら病院に行くの。一緒に来る?

いえ、俺は家族じゃないから……

紗己子

そんなの、気にしなくていいんだよ

気にしますよ。友達の親が危篤だからって、お見舞いには行かないでしょう、普通。俺のこと、なんて説明するんですか

紗己子

それは……だけど……きみの親でしょ。何があっても後悔しないの?

……

本当に、人生はままならないことが多い。わたしなら言い切れる。後悔しないって言い切れる。

そんな薄情な娘が、書類上の家族。きっとわたしよりも長い時間を過ごした彼は、赤の他人だなんて。

紗己子

おばあちゃんたちのことは、任せて。上手く誤魔化しておくから……それでばれちゃったとしたら、それはしょうがないよ

……分かりました。じゃあ俺は外で待っているから、父さんの様子が分かったら教えて下さい


それが彼なりの妥協点だったのだろう。口を開きかけたわたしを黙らせるように、彼は続けて言った。

それで、いいですよね?


陸が会わないというなら、わたしが無理に会わせることはできない。

それ以前に、わたしは彼を父親に会わせたいのか。会わせてもよいのか。自分が分からないでいた。

「学校が終わったら迎えに行く」と、昼休みに電話で話した祖父の声は、酷く疲れているように聞こえた。

実際、祖父も祖母も昨晩からの疲労が蓄積しているに違いなかった。父方の親族で連絡がついたのは叔母のみ。それも遠方ですぐにかけつけることはできず、入院の手続きや準備は全て義理の両親である二人が済ませたのだ。

放課後、わたしは祖父母の身体を労るという体で迎えを断ると、陸と共に病院に向かうバスに乗った。

バスの中で、陸はほとんど話さなかった。というよりは、父が倒れたことを話してから、ずっと。

何を考えているのか、色々想像はできたけれど、わたしはできるだけそれを考えないようにした。

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