校舎に残っている生徒は少なかった。


 美術部や漫画研究部に写真部……それから吹奏楽部が各教室に散らばって練習している為、校内のどこかしらかからは必ず楽器の音が聞こえる。


吹奏楽部と写真部は夏にコンクール・コンテストがある為随分と真面目に練習・話し合いしているようだ。


向陽 眞桜

見ただけで記憶出来る生徒ー……うー……ん




 向陽はパラパラと自前のファイルをめくりながら廊下を練り歩いていた。


 そのファイルにはこの学校に在籍している生徒全員の情報が書かれている名簿なのだが、その情報はあまりにも細かな物まで書かれている。

 右利きか左利きか、家に帰る時間の平均、あの子はいつもあの子といるけれど心の奥では全然好いていない、とか……。


 千里眼かテレパシーがあるのかと思える情報量だが、これは向陽だけの力ではなく、彼女の人脈からかき集めた情報だ。




 故に、全てを信じ切っている訳ではない。



 その目で見るまでは。


向陽 眞桜

んーと……、お?

わっ!



 階段を曲がった所で保健室から出て来た生徒と正面衝突……しそうになった。


 ギリギリのところをお互いかわしたが、相手の方が転んでしまう。


向陽 眞桜

あ、ごめんなさい! 前見てなかった……

あ、いや……ぼ、僕の方こそ……ま、まま、前……

向陽 眞桜


……あなた、えっとー……





 見たことのない生徒。



 脳内で先程のファイルをパラパラとめくったが、誰も該当しなかった。


 目が隠れるほど伸ばした前髪、細すぎる体、日の光を全く浴びてないであろう肌の白さとパーカーを着ている男子生徒。

 上履きの色を見る限り、向陽と同じ一年生だろう。



向陽 眞桜

……えーっと

向陽 眞桜

本当に誰だろう?





 と向陽が男子生徒をまじまじと見つめると、彼はその視線から逃げるようにパーカーのフードを深く被った。


 見るからに、対人スキルが低いことだけはすぐわかる。


向陽 眞桜

大丈夫ですか? はい

え……



 手を差し伸べると男子生徒はキョトンとして、数秒してからその手の意味がわかったようだ。


 慌てて向陽の手を取って立ち上がらせてもらうも、緊張からかずっと手の震えが止まらない。


 と、彼が立ち上がった所で




と乾いた音を立てて彼のポケットから何かが落ちた。



向陽 眞桜

あらら、何か落とし……




 男子生徒の後ろへと転がって行くそれを向陽が追い駆け、手に取ったものの、彼女はピクリと肩を揺らす。


向陽 眞桜

……せ、せみ?




 蝉の抜け殻ではなく、蝉の成虫。

 足を折り畳んでいるので完全に死んでいるはずだ。



あ、ご……ごご、ごめんなさい!
そ、それ……

向陽 眞桜

……これ、どうしたの?




 初めは面食らったものの、どこかで拾ったのだろうと納得して蝉の死骸を男子生徒に渡す。

 しかし、彼は受け取ったそれをどこかに欠損部位は無いかと入念に見て、無事を確認してから再びポケットに入れる。


向陽 眞桜

宝物……みたいな……



 幼稚園生や小学校低学年の子が大事な物を扱う仕草に似ていた。


こ、これ…………えっと……た、倒れてて

向陽 眞桜

? 倒れてて?

う、うん…………だから、その……ぼ、僕が……



 そこまで言いかけて、もごもごと言葉を口の中で満たしながらモタモタと彼はどこかへ行ってしまう。



 その姿を不思議そうに向陽はずっと見ていたが、結局彼が最後に何を言おうとしたかはわからずじまい。


向陽 眞桜

……蝉



 どうして蝉の、しかも死骸?


 抜け殻の採取なら何となく同意できるが、成虫の死骸を集める人間はまだ見たことがない。


向陽 眞桜

不思議な人がいるんだなぁ……



 そう向陽はポケットの手帳に先程の彼の特徴を記入しながら、彼の情報もどこかで手に入れなきゃなぁ……と考えていた。












社 優仁

は? 誰も覚えてない生徒?

向陽 眞桜

そうなんですよ!



 翌日の昼休み。



 校舎裏の木陰の下で昼食を摂っていた社の元へ向陽はやって来ていた。

 コンビニで購入したお握りと緑茶を袋から出しながら聞き返すと向陽は世紀の大発見のように何度も頷く。

向陽 眞桜

その昨日ぶつかった一年生の男子がですね、どこのクラスかも誰が友達なのかも家がどこなのかも! よくわからないんです!

社 優仁

オマエの調べが足りないだけなんじゃねーの?

向陽 眞桜

あたしもそう思って何度も検証したんですけど……その男子のことを知っているのが保健室の先生くらいで

社 優仁

保健室?



 何度も検証した、という言葉の真意は彼女の目の下のクマが物語っているが、社は〝保健室〟という言葉に引っ掛かった。


社 優仁

保健室……

向陽 眞桜

前に先生が言っていた『目立たない生徒』っていう条件には完璧ってくらいなんですが、それ以上の情報がなかなか集まらなくて……

社 優仁

…………

向陽 眞桜

この学校に来てそんなことなかったのに……

社 優仁

いるぞ

向陽 眞桜

へ?



 社の短い言葉に向陽は首を傾げた。


社 優仁

保健室登校の生徒が、一人だけいるな

向陽 眞桜

え!? そうなんですか?

社 優仁

いわゆる特別待遇みたいなもんだが……特別ならオマエが知ってそうだしな、向陽

向陽 眞桜

そうなんですよ!
そういう変わった人はそれ用にリストも作ってるんですよ! なのに……



 それなのに、向陽の情報網には引っ掛からなかった。

 他校生の綾女のことは調べ上げられたというのに。


社 優仁

へぇ~……面白いじゃねえかソイツ。
んで? 他に集められた情報は

向陽 眞桜

えっと……登校時間も下校時間もわからないんですけど、生活指導の宮藤先生がゲームセンター近くの路地裏に入って行くのを見たっていうくらいで

社 優仁

路地裏?



 宍高校の最寄に大型のゲームセンターがあるのだが、その周辺はパチンコ屋やカラオケも数多く密集している。


 保健室登校するような生徒がそんな所に一体何の用だ?


向陽 眞桜

あと、ポケットに蝉を入れてました

社 優仁

……は?

向陽 眞桜

蝉です! しかも成虫の!
死骸でしたけど……

向陽 眞桜

ペットって訳じゃなさそうで……



 と呑気なコメントをする向陽だったが、〝死骸〟という言葉が。

 社の中で引っ掛かった。


社 優仁

……はーん

向陽 眞桜



 何かがわかったように頷く社だが、向陽には何のことかわからない。

 何かわかったのか、と聞こうとしたところに向こうから誰かの足音が聞こえて来た。

綾女 剛孟

おい、向陽

向陽 眞桜

何でしょうか、綾女先輩



 急いでやって来たのか、綾女は汗を浮かべながらシャツの首元を広げる。


 彼が向陽に用事というのはかなり珍しいことなのだが、社はそんな彼の滅多に見ない姿を見てニヤニヤと笑った。


綾女 剛孟

お前、『白雲(しらくも)』という生徒の情報を持っていないか?

向陽 眞桜

しらくも……は、聞いたことないですね

綾女 剛孟

保健室登校の生徒なんだが

向陽 眞桜



 向陽は目を丸くして社の方へ振り返り、社もまたしめしめと口角を更に上げる。


向陽 眞桜

保健室登校の男子って『白雲君』っていうんですね

綾女 剛孟

それじゃあ、一年B組の間でいじめがあるのは知っているか?

向陽 眞桜

あ、それは何となく、はい。聞いてます。女の子ですよね?

綾女 剛孟

そのいじめの方法に、〝死骸〟が使われているのは知ってるか?










 ――しかも、大量の。虫から小動物までの死骸だ。











 その言葉をきっかけに、やっと頭の中で何かが繋がった。

 社は向陽より先にこのことを察したらしいが、面白いことを発見したようで笑いが止まらないらしい。



 先程からクツクツという喉の笑いが絶えまなく聞こえる。

社 優仁

向陽。その『白雲』って奴は、『目立たない』って条件にはかなりの優良物件だよなあ?

向陽 眞桜

は、はい! そうですね!

社 優仁

そんでー?
何を持ってかは知らんが、オマエも『白雲』って奴に用があるんだな? 綾女

綾女 剛孟

……あぁ






 保健室登校という待遇なのに、学校中で彼を知る者はほぼいない。



 その彼は昨日、向陽と遭遇した際にポケットから不思議な物を見せた。



 そして校内のいじめ問題を先日から追っている綾女の口からは彼の名前が出る。



 そのいじめの内容とは主に……〝死骸〟を扱ったものである……。


社 優仁

メンバー集めはひとまず置いておけ。『目立たない』だけじゃあ話になんねーし……それよりも、ボランティア活動でもしてやろうじゃねぇか




 オレは、
いじめとかする奴が目障りでしょうがねぇんだ。







 今回の委員会活動内容は、
「いじめ撲滅運動」で決まりだ。






次回更新予定日:03月27日

03.天然電波、屍体愛好少年(2)

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