それから数日が過ぎた。
それから数日が過ぎた。
自分の愚かしさに気づいたからといって、何かをするわけではない。今のわたしにできることは、過去の自分をただ嘆くこと。そこから学ぶことくらいだろう。
もちろん、そんなに早く切り替えられるわけがない。それでもいつか、本当に過去にできる日が来る。そう信じるしかなかった。
完全にやる気をなくしていた勉強も、また、真面目に取り組み始めた。怠けていた分を取り返すのは容易ではないけど。
ただ――部活だけは、まだ復帰する気にはなれなかった。新部長は、三原さんに決まったらしく、部の雰囲気も随分変わったとか。だけど陸が来ているのか、泉に聞く勇気がなかった。
臆病なわたしは、その日も授業が終わると早々に帰路につく。
管原紗己子さん、よね
声をかけられたのは、丁度校門を出たときだった。
その人は、小綺麗な格好でブランド物のバッグを持って、わたしににっこり微笑んでみせた。
覚えているかしら、一度家に遊びに来てくれたわよね。椎名陸の母です
唐突な来訪に、驚きを隠せなかった。それでも、この女を忘れるはずがない。
ええ――もちろん。その節は……
つまらない挨拶なんていいのよ。単刀直入に言うわ
不意をつかれながらも、なんとか愛想笑いを浮かべたわたしの言葉を、陸の母親は容易く遮った。
そして――一瞬にして牙を剥く。
言いたいことは一つだけよ。陸とは別れてちょうだい。何故かは分かるでしょう?
前に会った陸の母親と、同一人物とは思えなかった。
おっとりした優しい母親の姿はどこにもなく、目の前には憎しみのこもった目でこちらを睨み付ける女が一人いるだけだ。
彼女は更に、高ぶる感情のままに、黙りこむわたしを罵った。
何とか言ったらどうなの? あなたが息子に色々と吹き込んでいるのは知っているのよ
校門周辺には帰宅する生徒がまばらにいた。陸の母親がヒステリックな声をあげるので、彼らの視線は自然とこちらに集まってくる。
とりあえず、場所を――
このままでは、明日の噂の的になりかねない。せめて人目のないところに、と思った――その時。
母さん!
何やってるんだよ。先輩に何するつもりなんだ?
唐突に現れた陸が、わたしと彼の母親の間に割って入た。
もう一月は会っていない。久しぶりに見る陸は、心なしか少しやつれたように思えた。
だけどそんな彼でも、姿を見れば心が躍る。嬉しい――
何って、当然のことをしているまでよ。何があっても、あなた達のことは認められません
だから――先輩は関係ないって言ってるだろ!
陸はわたしを庇うように、自分の母親へと言い返した。
不意に、わたしの中に今まで存在し得なかった感情が生まれた。
それはまるで激情のようにこみ上げて、ついには心の蓋さえも動かして――
……椎名くんのお母さま。わたし、彼と別れるつもりはありません
次の瞬間、驚きに目を見開いたのは、陸もその母親も同じだった。
無理もない。言ったわたし自身すら、驚いていた。
自分が何を言っているのか――分かっているの? あなたたちは血の繋がった……
では、お母さまはわたしの父との不倫を認めるのですね
わたしは静かに、いきり立つ女の耳元へと囁く。
ご両親はご存じなのですか。
ご兄弟は? ご友人は? ご近所の方々は?
きっと皆さん驚かれるでしょうね。こんなに立派な奥さまが、実はただの愛人だったなんて
くすりと笑みをもらせば、女の顔から血の気が引いていくのが分かった。
それを内心嘲笑っているなんて、どこまで醜い心根だろう。だけどこの女を黙らせるすべが、他に思いつかなかった。
――取引、しませんか。お母さまが口外しないと約束してくだされば、わたしは誰にも話しません
わたしの中には、悪魔が棲んでいるのかもしれない。
だけどそんなこと、今更誰が気にするものか。