十二月二十五日のクリスマス。




 その日はお昼を過ぎても空気が冷え切っていた。


 天気予報では夕方に雨が振り、夜には雪に変わるだろうとのことだった。



 授業も一通り終わった放課後。



 アキオ君は予定があると言ってそそくさと帰っていき、ホアチャーくんは真面目に部活へと向かった。



 予定もない僕は部活へ行くかどうか迷った挙句、サボってしまうことにした。



 一応今週は二回ほど部活に参加したし、別に問題はないだろう。




 校門へ向かう途中。




 トタン屋根でできた一階渡り廊下を抜けようとしたとき、校舎内の廊下を歩いている山根さんを発見した。



 どうやら漫画研究部の方向へ歩いているようだ。




 僕は無意識に立ち止まり、山根さんをボーッと見ていた。


何を見てるんだぁ?
覗きかぁ?

 急に後ろから声をかけられたのでびっくりしてしまった。


 振り返るとそこには担任の吉岡先生が立っていた。

渡利昌也

よ、吉岡先生?
急に声かけないでください。
ビックリしましたよ

なぁに言ってんだ。
声かける前に肩を叩いたってビックリさせてただろう。
ボケーっとしてるやつに、驚かせないで声かける方法なんてありませんよ

 吉岡先生はいつも通りダルそうに言った。


 喋ったあともだらしなく口が開いている。

んで?
何見てたんだ渡部?

渡利昌也

渡利です、先生

 吉岡先生は僕のツッコミを無視し、目を細めて僕が見ていた方向を凝視した。

ほう、ありゃ山根かぁ?

 山根さんの名前は間違えなかった。


 この人は女子の名前は絶対に間違えないのだ。

おまえ、スキマついてくるなぁ。
だが、山根はなかなかいい子だぞぉ

渡利昌也

あの、どういう意味でしょうか

 言いたいことは大体察しがつくが、僕はあえて問いかけた。

どういうって、あれだろ?
恋ってやつだろ?

 そら来た。


 どいつもこいつも、何かにつけてそういう方向に持っていこうとする。

渡利昌也

ち、違います。
ただ、あれです。
その……なんというか……

 なにを返答に困ってるんだ僕は。


 これじゃ山根さんに恋してるって肯定しているみたいじゃないか。

渡利昌也

ただ、山根さんって誰かと話しているのを見たことなくて。
その……寂しそうだなぁって思っただけで

なぁんでおまえがそんなこと気にするんだぁ?

 僕は吉岡先生の問いに返す言葉が思いつかず、黙り込んでしまった。



 なんでと言われても、なんとなくとしか言いようがない。

んー、そういやぁおまえ、ちょっと前までちょくちょく山根と話してたなぁ

渡利昌也

え?
どこで?

 山根さんと話しているところを目撃されていたと知り、僕は焦ってしまった。

ん?
どこって……あー、どこだっけ?
図書室だっけか?

 アキオ君やホアチャー君と同じだ。


 図書室は意外と目立つのだろうか。

渡利昌也

いえ、あれはただ、山根さんの描いた漫画を読ませてもらってただけでして

ふうん、あっそぉ

 吉岡先生は、そんなことには興味ないといった感じで返事を返した。

渡利昌也

あの、山根さんって友達いないんですか?
いつも一人ですけど

 僕は、以前から気になっていたことを吉岡先生に質問してみた。



 山根さんが誰かと会話しているところを見たことがない。



 漫画研究部の男子もそう言っていた。



 僕が山根さんに声をかけたのも、転校前の自分と重ね合わせて可哀想だと思ったのがきっかけだった。

おまえもしかして話し相手にでもなってあげたとか、そんな気になってたんじゃぁないの?

渡利昌也

え?
そ、そんなつもりは……

 そんなつもりじゃない。


 頭の中ではそう思いながらも、僕ははっきりと否定できなかった。

そうかい?
あいつが一人なのは、話しかけることをやめた自分のせいだ……って感じに聞こえちゃったのよねぇ

 言い返せなかった。



 寂しそうにうつむいて歩く山根さんを見て、避け続けたことへの罪悪感を感じたのは紛れもない事実だった。

そう思ってるなら安心しろ。
まあ、人付き合いが苦手なのは間違いないし、少しばかり寂しいと感じてるだろうが、おまえが話しかけなくたってせいぜい仕方ないくらいにしか思ってないって

 その言葉を聞いて、僕は何とも言えない歯がゆさを感じた。

渡利昌也

そうですか?
いつも一人でいて平気なわけないと思うんですけど

はは、そいつは否定しないよ。
でも山根には漫画という目標があるからなぁ。
耐えていけるんじゃないか?

 僕はもう反論する気になれず、黙って吉岡先生の言葉を聞いていた。

まあなんだ。
そんなに気になるなら話しかけてみたらいいんじゃねぇの?
ただなぁ。
話しかけてあげようなんて恩着せがましく思われてもさぁ。
あいつに迷惑がられるんじゃねぇの?
たぶん

 そう言って吉岡先生は去っていった。



 僕は吉岡先生の言葉が揺ぎようのない正論だと思った。




 それだけに悔しかった。




 吉岡先生が見えなくなったあとも、僕はしばらくその場を動けずにいた。



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