しばらくして参加メンバーが全員集まり、噴水の周りは僕らの団体で騒がしくなった。
しばらくして参加メンバーが全員集まり、噴水の周りは僕らの団体で騒がしくなった。
おーっし!
全員揃ったか?
十三時半で予約してるから行こうぜ
アキオ君が雑談中のクラスメイトたちに向かって言った。
飯塚さんたちと歩いたことのある賑やかな商店街を、男女十二名がはしゃぎながら歩いていく。
渡利君、こんちわー。
キャハ
さきほど僕がミッションで声をかけた、長い髪の方の女子が肩を叩いてきた。
彼女は相変わらず髪を指に巻きつけている。
わったりー、こんちゃーっす
もう一人のセミロング女子も僕の肩を叩いてきた。
二人とも、いかにも遊び慣れている感じだ。
改めて苦手なタイプだとは思ったが、女子にバシバシされるのは初めてのことだったし、悪い気はしなかった。
いや、むしろ大いに舞い上がったと言っていいだろう。
あの、さっきはどうも
僕は苦笑いしかできなかった。
ああ、また緊張で肩に力が入ってしまっている。
お、わたりん。
早速いい感じかぁ?
アキオ君、そういうのはもういいって……。
おまえはチャキチャキ案内してろ
そうだそうだ。
渡利君をこれ以上、いじめるんじゃなーい
女子二人がアキオ君にヤジを飛ばす。
なになに?
なんかあったの?
クラスメイトの男子の一人が、慣れた態度で女子二人に声をかけてきた。
それがさぁ
二人の女子が話しかけてきた男子に、先ほどの僕やアキオ君たちとのやり取りをキャピキャピと語りだす。
そして、いつの間にか僕は会話する相手を失っていた。
結局、カラオケボックスに着くまでの間に僕ができたのは、みんなの話題に混ざっているフリをしながら愛想笑いを続けることだった。
カラオケボックスでアキオ君が受付をしてくれているとき、ホアチャー君が僕の隣に来て小声で言った。
おい、わたりん。
せっかく女子と仲良くなれるチャンスだったのに、他のヤローに取られてんじゃねぇよ
そうだね。
君とアキオ君が作ってくれたチャンスだったね。
僕が不甲斐ないばかりに。
深い溜息が漏れる。
アキオ君が受付を済ませ、ぞろぞろと案内係の店員さんについていく。
そして十二人が悠々と座れる広い部屋へ案内された。
よーし、みんな好きなの歌え。
んじゃ、早速俺から……
アキオ君が先陣を切ってマイクを取った。
スピーカーからは、僕でもよく耳にする流行りの曲が流れ出した。
アキオ君は立ち上がり、手を振り上げて熱唱している。
そして、次の人、また次の人が流行りの曲を歌いだした。
わたりんもなんか歌えよ
アキオ君が僕に言った。
歌声に自信がなくて歌うことを先送りにしていたが、いつの間にか僕以外の全員が歌い終えて、一周したようだ。
僕は流行りの曲や盛り上がる曲が全然わからないので、父が車の中でよく流していた、一昔前のビジュアル系バンドの曲を入れることにした。
やがて、正面のテレビ画面に僕が入れた曲の曲名が現れた。
あ、これ僕のやつ。
誰も知らない曲かもしれないけど
僕は前置きをしてマイクを握った。
やばい、かなり緊張している。
よっ!
待ってました
アキオ君はそう言ってくれたあと、大きく拍手した。
歌のド頭から僕の声が裏返ってしまい、皆がゲラゲラ笑っている。
サビまで歌い終えて間奏に入ったとき、僕はあることに気がついた。
一人携帯をいじる女子。
曲選びに集中している男子。
女子を口説こうと奮闘しているホアチャー君とアキオ君。
誰も僕の歌を聴いてはいなかった。
でも、カラオケってそういうものなのかもしれない。
歌いたい人が歌って、他は自由に過ごす。
少し寂しい気もしたが、カラオケの経験が少ない僕にしてみればそれが正解なのだろうと思うしかなかった。
僕はふと、もしこの場に山根さんがいたのなら、と想像してみた。
きっと山根さんは僕の歌を黙って聞いているだろう。
正面の画面を無表情でボーッと見ているだろう。
そしてメガネに映るカラオケの映像。
これはこれで盛り上がらないだろうなと思い、少し笑えてきた。
僕が歌い終えるとアキオ君が大きく拍手した。
おつかーれい!
かんぱーい
アキオ君が元気よく叫んでグラスのコーラを高らかにかざし、何名かがグラスを当てて乾杯した。
僕も烏龍茶が入ったグラスをアキオ君のグラスにコツンと当てた。
そのまま次の曲が流れ、彼らはさらに盛り上がっていく。
ソファーの上で跳ね回り、グラスをひっくり返し、奇声をあげて騒ぎまくる。
僕もなるべくその場の雰囲気に合わせて立ち上がり、乾杯が始まれば僕も混ざった。
そして終始、心にもない笑顔を必死に作っていた。
これは本当に楽しいことなのかと自問自答した。
しんどいだけだった。
四時間にも及んだカラオケがようやく終わった頃にはヘトヘトになっていた。
よーし、このままビリヤードとかどうよ
アキオ君はまだ遊び足りないらしい。
辺りはもうかなり薄暗くなっている。
俺はやめとくわ
俺も
三人の男子がアキオ君の誘いを断り、続いて二人の女子が「じゃあねー」とだけ言って帰っていった。
わたりん、おまえはどうする?
行くか?
帰るタイミングを逃した僕は、断るのもバツが悪い気がしてアキオ君の誘いに乗った。
僕はいったい何をやっているのだろう。
そう思いながらも僕は、無言でアキオ君たちについていった。
ビリヤードはそこそこ楽しめたが、本当はずっと帰りたかった。
僕、そろそろ帰るね
僕がその言葉を切り出せた頃には十九時を回っていた。
そしてまだまだ帰る素振りを見せないアキオ君たちと別れ、一人トボトボ駅へと向かった。
坂東川駅から電車に乗って帰る間、僕は脳内で一人反省会を開いた。
なぜ、僕はみんなのように楽しんだりできないのだろう。
なぜ、たかだか会話程度のことがこうも難しいのだろう。
みんな同じ人間じゃないか。
なぜこうも違うのだろう。
幾度となくため息が出る。
電車はやがて、学校と我が家の最寄駅である光明寺に着いた。
僕は電車を降り、なにげなく駅のホームの時計に目を向けた。
その時計のほぼ真下に山根さんが立っていた。
僕は山根さんを見たとき、心の底から安堵した。
駅のホームのざわめきが遠のいていく。
僕のすべての感覚が、山根さんだけに集中したみたいだった。
山根さんは僕が乗ってきた電車に乗車した。
電車のドアが閉まり、そして電車が動き出す。
僕は山根さんが乗り込んだ車両を目で追った。
その車両が僕の前に来たとき、山根さんを見た。
山根さんは相変わらずうつむいて、僕のことに気づく様子がなかった。
山根さんを乗せた電車を見送ったあと、ホームが元のざわめきを取り戻していく。
山根さんの漫画がまた読みたい。
山根さんとまたお話がしたい。
そう思った。