たまたま休日に、街で事件を探していた僕ら探偵部が、たまたま昼御飯に立ち寄ったファミレスで遭遇した殺人事件を解決した数日後、僕は部室で深々とため息をついていた。

その原因は、僕の目の前で不機嫌そうに頬杖をついている奈緒。
彼女は、目に見えて苛立っていて、さらにそれを隠そうとしなかった。

ほかの部員――マサヒロと鏡花さんは、奈緒から滲み出る空気に震えあがり、何も言えずにいる。
というか、むしろ二人して、先生お願いします!と訴えかけてくる。
ぶっちゃけ、僕も奈緒が纏う空気に気圧されているのだけど仕方ない。
僕はもう一度深くため息をつくと、おずおずと話しかけた。

正太郎

あ~……奈緒さん?

奈緒

はい、何ですか?

てっきり、鋭い目つきで睨まれ、そっけない返事が返ってくるだろうと予測していたけど、意外に普通の態度で首をかしげてきた。

予想を外したことに一瞬だけ目を丸くしてから、なぜそんなに機嫌が悪いのかと問うと、ある意味予想ができた答えが返ってきた。

奈緒

だって……
せっかく探偵部が写真付きで新聞に載ったっていうのに、探偵部に持ち込まれる依頼はくだらないものばかりなんですよ?

そう、奈緒の言うとおり、あれ以来少しずつだけど、僕ら探偵部に依頼が持ち込まれることが増えてきた。
けれど、その内容と言えば、迷子のペット探しだったり、失くし物探しだったり、ごくごく単純なものばかりだった。
個人的には、そのくらいが平和でちょうどいいのだけれど、目の前の少女にはそれがお気に召さないらしい。

奈緒

お父さんのところなら何か事件が入ってきてるんじゃないかって思って聞いてみたんですけど……
いくら娘とはいえ、流石に捜査状況を教えるわけには行かないって……

ああ……よかった……。
奈緒のお父さんはその辺の常識はしっかりと持っているらしい。
じゃなきゃ、ほいほい娘に事件を話してそれを僕に……ひいては探偵部に持ち込まれて、今頃大変なことになっているところだったよ……。

内心で僕がほっとしていると、扉がノックされ、この学校の制服を着た女子生徒がひょっこりと顔を出した。

ルル

あの……
探偵部……でいいですよね……?
依頼があるんですけど……

マサヒロ

はいはい……
どうぞ中に入って座ってくださいっす!

鏡花

お茶をお持ちしますね!

てきぱきと依頼人の対応を始めるマサヒロと鏡花さんに対して、奈緒は依頼人の口から語られた依頼内容にますます不機嫌そうに顔をゆがめた。

それにしても……平和だなぁ……。

月と星が夜空を彩る静かな夜に美しさを感じながら、私はゆっくりと目的地――このあたりでも有名な美術館にやってきた。

とっくに閉館している時間帯だが、そこには大勢の制服を着た警察官たちが、あるいは入り口を前に陣取っていたり、あるいは慌しく何かを抱えて走ったりと、かなり騒がしい。

まぁ、それも仕方のないことだ。
何せ、この美術館にはここ最近、世間を騒がせている怪盗ソルシエール――つまり私から予告状が届いたのだから。
このフランス語で「魔法使い」を意味する名を冠するこの私からね。

ちなみに言えば、私は元々そんな名など名乗っていなかった。
だが、私の完璧なまでの変装術や犯行の手口を見た誰かがそう呼び始めたのがいつの間にか世間に浸透し、ちょうどいいからと私もそれを使うようになったのだ。

何故フランス語なのかといえば、恐らくかの有名な大怪盗のアルセーヌ・ルパンに肖ってということだろう。

そんなことを考えながら、私は慌しく行き来する警官に混じって美術館の入り口へと近づき、びしっと敬礼を決めて見せる。

ソルシエール

ご苦労様であります!
この街の市警から応援に来ました!!

私が声をかけると、入り口に立っていた刑事は、しばし私の顔をじっと見つめると、どこか安心したように息をついた。

そうか……
それじゃ中の警備を頼む……

ソルシエール

はっ!

もう一度敬礼をしてから、ゆっくりと中へと入っていきながら、私は内心ほくそ笑む。
どうやら私が変装していることを疑ったのだろうが、その辺には抜かりない。
すでに変装用のマスクを被ることは知られているし、逆に顔を引っ張って変装かどうかを確かめるということを私は知っているのだ。
そうと知っているのだから、マスクに顔を引っ張って紅くなった跡をつけておくという対策を打つこともできる。

実のところ、私は変装術よりも、こういう事前の情報収集にこそ重きを置いているのだが、警察はそれを知らないと見える。

くつくつ、と顔に出ないように笑いながら、私は何食わぬ顔で美術館を歩き回ると、目的のものを見つけ出す。

さて、それでは今夜も華麗に盗むとしようか……。

その日、部室に集まった僕らの話題は、最近隣街に出現した怪盗のことだった。

マサヒロ

ほへ~……
厳重な警備の中をまたあっさりと盗み出したものっすねぇ……

鏡花

まるで魔法のように、気がつけば獲物を奪われているから、魔法使いって呼ばれてるだなんて……

奈緒

この名前をつけた奴はよっぽどセンスがないのね……
もうちょっと捻った名前にすればよかったのに……

新聞を広げ、そこに書かれた怪盗ソルシエールの記事に、言いたい放題言う探偵部。
まぁ、実際に僕らが事件に絡んでるわけでもないし、所詮は他人事なのだろうけど……。

正太郎

あれ?
でも奈緒のお父さんは刑事でしょ?
そんな他人事みたいに暢気に言ってていいの?

僕が口を挟むと、奈緒はからからと笑った。

奈緒

ああ……
うちのお父さんは同じ刑事でも殺人事件を追う捜査一課ですから関係ないんですよ
泥棒なんかを追うのは捜査三課ですから……
むしろ、落ち込む三課の人たちをからかってるくらいです

それはそれで問題ある気がするけどいいのだろうか?
とはいえ、僕が口を挟めるようなことでもないし、別にいいのだろう。

そう結論付けると同時に、部室のドアがノックされて依頼人が姿を現し、それにマサヒロと鏡花さんが対応する。

依頼人が持ち込んできたのは、彼女の浮気調査。
その内容に、一瞬で奈緒が不機嫌な顔になり、僕らが慌てて彼女を諌める。
うん、いつも通り平和な日々だ……。

だからこそ、僕らは夢にも思わなかった。
新聞やテレビを騒がせる怪盗ソルシエールが僕らの街に手を伸ばし、その事件に僕らが関わることになるだなんて……。

奈緒

先生といえば名探偵!
名探偵といえば怪盗!
ついに来たわね!!

マサヒロ

どうやらアルセーヌ・ルパン顔負けの大怪盗らしいっすからね!
これを捕まえたら俺ら、英雄っすね!

鏡花

そうなったら難事件もたくさん持ち込まれて!
ゆくゆくは警視庁公認探偵とかになれたりして!

正太郎

なんかすごいハードル上がってるんですけど!?
僕も怪盗もいい迷惑だよ!?

鏡花

わわっ!?
そんなことより予告しなきゃ!!
次回!「名探偵と呼ばないで!」File11!

マサヒロ

名探偵といえばライバル!? 捜査編!
お楽しみにっす!

奈緒

怪盗の意地と先生の冴え渡る名推理が激しくぶつかる!

正太郎

だからハードルあげないで!?

ルル

そんなことより私の依頼……

File11 名探偵といえばライバル!? 事件編

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