…………

――--くん? ----くん?

……

アラタくん?

――――あっ。すんません……聞いてなかったっす

もう講義は終わったよ?……講義中もずっとボーっとしてたけど、どうしたの? 悩み事?

あー……まぁ、そんなとこっすかね

もし、私で良ければ話を――――

聞いてくれるんですかマジですかありがとうございます

そこは反応がはやくなるのね……

愛しのミドリ先生ですから。

なんて誰よりも綺麗なミドリ先生と話している横で、

…………

ニコニコと自称神様はそのやりとりを聞いていた。

その姿は二日前よりもより薄くなっており、目を離しているうちに消えそうだった。

僕は…………

――――すまぬ。つまらぬことを聞いたな

人の子よ、早く帰ろうぞ。あのレストランでの茜とやらの食べっぷりを見ていたら我も馳走が食いとうなったわ

あっ! おい

ぐだぐだしている人の子は置いて我は先に帰るぞよ。またの

待てって!

そうすたすたと前を歩く自称神様を呼び止める。

夕方の人通りのない道に僕の声だけが響く。

自称神様は前を向いたまま、歩みを止め、立ち止まった。

しかし。

「僕はこの自称神様をどう思っているか?」

その答えが出ていなかった。かろうじて、

お前は………お前は僕にどうさせたいんだよ……

そんな搾り取るようにそんな言葉しか出てこない。

しばらく、自称神様は無言のまま、立ち尽くしていたが、やがて……

――――さぁの? 全てはお主次第じゃ、人の子よ

そう言って。今度こと僕の部屋に向かってすたすたと歩き去ってしまった。

僕はただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。

そして、そんなことがあってから答えの出ない悩みに悶々と考えながら二日経ち……

自称神様は見る見る、文字通り薄くなっていった。

――――で? どうしたのかな? あ、もしかして恋の悩み? まさか茜ちゃんと?

違いますよ。あいつは妹みたいなもんでそんな感情は微塵もないっす

えー? お似合いだと思うけどなぁ

そう言って、先生はくすくす笑う。

悩み事を相談ということであまり他の人に聞かれないように大学の近くにある隠れ家的な喫茶店に場所を移動していた。

自称神様の悩みとはいえ、ミドリ先生と話せるのはラッキーだぜ。

茜ちゃんじゃないとすれば、どんなことに悩んでるのかな?

んー……ちょっと抽象的な話になっちゃうんすけど、いいっすか?

いいよー。話してみて?

ありがとうございます…………もし、自分の信念を捨てないと誰かの助けになれないとき。そんなときって自分の信念よりもその誰かを優先しないといけないんすかね?

…………

ほんと抽象的ねー。例えばどんな状況かしら?

んー例えるなら……目の前で人が出血して倒れています。でも、私は血は自分ものという宗派を信仰して輸血は出来ません。でも、輸血をしないとその人は死んでしまいます。で、その人をよく見たら私の宗教に批判的な知人でした

ふむふむ。今度は妙に具体的になってきたわね……

さぁ、自分の信念に基づいて輸血せず、自分の信仰を批判した友人を見捨てるか、信念を捨てその友人を助けるか……信念と人を天秤にかけることがナンセンスなのは十分承知なんですが、ミドリ先生ならどうします?

んー、私ならかぁ……

しばらくミドリ先生は口に手を当てて考え……やがて言った。

うん。信念の方を優先するかな

え! その人見捨てるんすか!?

その条件ならね。だって、その知人は「その人の信仰を認めない」って信念を押し付けてきたわけだから、私も信念に基づいて……

輸血せずに救急車を呼ぶかな

……!

私って欲張りだから、信念も目の前の人も助ける方法を探すかな。でも、もしその人が息子や娘だったら別。信念なんかかなぐり捨てて助けたいって思うもん

大和くんと鈴ちゃんですね?

そそ

な! ミドリとやらは子持ちだったのか、人の子よ!

今それはいいんだよ! 黙ってろ!

多分ね、アラタ君は考える本質が少しずれてるから悩んでるんだと思うんだ。ピントさえ合えばアラタ君考えるの得意だからきっと答えは出るよ

ピント――――っすか?

うん。アラタ君はその人を助けるに「信念を捨てるべき」か「信念を貫くべきか」で悩んでるでしょ?

はい

でも本質はね「その人」か「信念」かの二者択一……じゃなくて、「その人がどれだけ大切か」だと思うな

…………その人がどれだけ大切か…………

うん。「もっと言えばその人が信念に値するくらい大切かどうか?」じゃない? だって、もしその相手が親とか恋人だととか知人じゃなくて見知らぬ人だと、きっとアラタ君は悩まないんじゃない?

それはまぁ……

親とかだったら間違いなく速攻で信念捨てて輸血する。

知らない奴だったら、信念に基づいて輸血以外の行動をするだろう。

そうか…………そいつがどんだけ「大切」か。

うん、なるほど。

先生ありがとうございます。ちょっと方向性が見えた気がします

そう? お役に立てたならよかった

あ、ちなみ先生が倒れてたら信念を捨てて輸血するどころか、心臓マッサージからの全力で人口呼吸、つまりマウストゥマウ―---

バカ。まずは茜ちゃんを助けなさい

なんで茜も一緒に倒れてる設定なんすか! あいつと先生だったら、第一優先で先生ですよ! 茜はガン無視です!

清清しいまでに煩悩丸出しじゃの、人の子!

うっせ! 野郎はバカだから、大切な女性の前だと大体こんな感じになるんだよ!

どう考えてもお主だけだと思うが…………ふふっ

消えかけている体で自称神様は楽しそうに笑う。

なんだよ、そんな顔されたら-―――

じゃあ、私は「茜ちゃんを先に助けて」と指示します----ってアラタ君、どしたの? すごいニコニコしているわよ?

んー、なんとなく答えが見つかったんで。ほんとありがとっす

それは良かった

お礼といってはなんですが、どうです? この後、ミドリ先生と大和くんと鈴ちゃんと一緒にお食事でも

10年早いわ。出直しきなさい

人の子も人の子じゃが、このミドリという女子も鋭い返しをするのぅ

そこもまた魅力的だろ?

いや、さっぱり分からんわ

分かりました。仕方ない先生ですね、ふふ。では10年後にまた声かけますね

そんときにはアラタ君はきっと茜ちゃんと付き合っているから、難しいと思うな。浮気はだめだよ?

だから、なんであいつとくっつく前提なんすか! あのちんちくりんとは、そんな甘酸っぱい関係になんかなりませんて!

あっ----

おー…………

そう言ってミドリ先生と自称神様は僕のやや後ろを見たまま凍りついた。

いぶかしげに振り返るとそこには―---

…………

そこには。

おそらく、後ろから「だーれだ?」をして僕をからかおうとしていたのだろう、中途半端に手を広げ悲しそうな表情をしながら固まっていた茜がいた。

…………茜

あ、あはは。なんかアラタが先生とやたら長く話していたから、ぼちぼちおちょくってやろうと思ったんだけど……邪魔だったな、こりゃ。へへ、すまんね

い、いや茜? さっき言ったのは----

じゃーな、アラタ! あんまり、ミドリ先生困らせんなよ? また、明日なー

僕が全てを言い終える前に、そう言って茜はスタスタと行ってしまった……僕でも分かる、強がりの笑顔を浮かべながら。

あーぁ、茜とやら傷ついていたぞよ?

…………アラタ君?

う。ミドリ先生のこの声色は。

久しぶりに聞くこの声色は。

ミドリ先生の怒ったときに出す、「先生ガチおこモード」の声だ!

やべえ!

ははははい

宿題その一。茜ちゃんにちゃんと謝ること

もっ、もつろんでございまする、はい!

宿題その二

はい!

……悩み事の答えが出たのなら、しっかり行動して悩み事を解消すること

……先生

先生知ってるよ? アラタ君がしっかり考えられるだけじゃなくて、ちゃんと行動できる子だって。答えが見つかったのなら----

----しっかり、行動してみせます

よろしい

お礼とってはなんですが、ここの御代は僕が

学生が生意気言わないの。ここは私が払います。ほら、早くいきなさい

先生! ありがとうございます!

我からも礼を言おう。ありがとう、ミドリとやら。

そう言って僕と自称神様はぺこりと一礼し店を後にする。

店を出ると、そこには綺麗な夕日が広がっていた。

----2日前のように。

答えはでたのか? 人の子よ

二日前よりもずいぶん、薄くなった体で自称神様は僕に問いかけた。

夕焼けの光が自称神様の体をより透過し、2日前よりもなんとなく神秘的な姿だった。

うん。

もう、迷わない。

ああ。見つかった

いろいろ悩んで、考えた。

では、聞こう。お主の答えを

自称神様との日々も思い返した。

大切なミドリ先生からも相談し、ヒントを得た。

あぁ。僕の答えは----

答えは。

答えは確かに僕の中にあったんだ。

----さよならだ。自称神様

----え?

自称神様の声に呼応するように僕と自称神様の間にびゅうと、冷たい風が通り抜けた----

6参拝目「救えるのは……」

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