十二月二十日の日曜日。




 坂東川の駅前広場の噴水に、十三時で待ち合わせだとアキオ君から聞いていた。



 坂東川といえば以前、美術部部長の飯塚さん及びその他二名の美術部員と、画材を買いに来た街だ。




 僕は周辺にそびえ立つ大きなビル群を眺め渡すように、上を向きながら駅を出た。


 噴水は駅の出口からまっすぐの方向、すぐ側に存在している。



 六角形の大理石に囲われた噴水の側には、既にアキオ君とホアチャー君が立っていた。


 彼らから少し離れたところに、クラスメイトの女子二人が座って談笑していた。

アキオ

おいっす、わたりん

ホアチャー

ういっす

 アキオ君が満面の笑顔で、続いてホアチャー君が半笑いで僕に声をかけた。



 女子二人は僕に気づいた様子もなく、おしゃべりを続けている。

渡利昌也

早いね二人とも

アキオ

いや、俺らもさっき着いたばっかよ。
もうちょいしたら全員集まるんじゃね?

 アキオ君は身にまとったダウンのポケットに手を突っ込みながら言った。



 今日集まるのは男子七人、女子五人の計十二人だと聞いていた。


 よくもまあこれだけの人数を集めてこれるものだと感心してしまう。

ホアチャー

わたりん、わたりん

 ホアチャー君が小声で僕を呼び、手招きした。



 なんだろうと思いながら、僕はホアチャー君に顔を近づけた。

ホアチャー

今からお前に簡単なミッションを言い渡す

 ホアチャー君は不敵に笑い、隣のアキオ君もニヤついていた。

ホアチャー

あの二人に声をかけてこい。
今日を楽しむための大事なミッションだぜ

 ホアチャー君は、クラスメイトの女子二人を指差して言った。

アキオ

なんだったら口説きにかかっちゃってもええんやでぇ

渡利昌也

え?
ちょ、いきなり……えぇー?

 僕は二人の無茶ぶりに、本気で拒絶反応を示した。



 どうやら僕がここへ着く前に、彼ら二人で示し合わせた計画らしい。

ホアチャー

男にはやらねばならん時がある

アキオ

ユー、フライングしちゃいなよ

 二人は急に真顔になった。



 拒否は認めないという意思表示のようだ。



 やらねばならない時はあるのだろうが、それは今じゃないと思う。




 数分ほどゴネたのだが、二人は断固譲らなかった。


 僕は仕方なく、他のメンバーが集まる前に、この過酷なミッションを終わらせることにした。



 クラスメイトの女子二人の方を振り返る。



 僕から見て背を向けている方の女子は、軽くパーマのかかった長い髪を指にクルクル巻きつけている。


 もう一人は茶髪のセミロングで、かの有名なアヒル口だ。



 やばい。



 僕のようなボッチ経験者が一番恐怖を感じるタイプの女子だ。



 僕はさきほどからずっとおしゃべりの止まらないこの女子二人に、抜き足差し足で近づいた。



 手はなぜか、訪問販売のセールスマンのように揉み手になっていた。

渡利昌也

あ、あのぉ……

 声が小さすぎたか、二人はおしゃべりをやめる気配がない。



 ああ、憂鬱。

渡利昌也

あ、あの!

 女子二人がようやく僕の声に気づき、こちらを見て首をかしげた。

渡利昌也

こ……こんにちは……

 とりあえず挨拶してみた。


 恐らく僕の顔は、かなり引きつっていることだろう。

キャハ!
なになに?

なにこれ?
いきなりどうした?

 ただ挨拶しただけなのだが、この反応はなんだろう。

渡利昌也

あ、いや。
あの……ですね

 僕が吃りながら困っていると、長い髪の女子が笑いながら僕をバシバシ叩いた。

待って待って、落ち着いて。
ごめんねぇ、笑っちゃって。
はい、こんにちはー

はは!
こんちゃーっす

 僕はなんとか二人の女子から返事を返してもらい、ゆっくりとアキオ君たちのところに引き返した。


 後ろからは女子二人の「ウケるー」やら「マジでー」といった声が聞こえてくる。



 恥ずかしさと情けなさで、もう帰りたくなった。



 口からはエクトプラズムが出ているに違いない。

アキオ

ひっひっひ!
わたりん、ナイスファイト

ホアチャー

ぷは!
こんにちはって。
ははは、いいじゃんいいじゃん爽やかじゃん

 アキオ君とホアチャー君が腹を抱えて笑った。

おい、アキオ、ホアチャー!
やっぱおまえらか

あんまり渡利君をいじめないでよぉ。
可哀想じゃんねぇ

 女子二人がフォローしてくれたおかげで、なおさら情けなくなってきた。

アキオ

これで今日、おまえにも彼女ができるぜ。
つかみはオッケー

 アキオ君が人差し指と親指で丸を作り、ケツをプリッと突き出した。

渡利昌也

アキオ君の方こそ、彼女いるんだっけ?

 僕は口を尖らせてささやかな反撃に出た。

アキオ

俺はほら、みんなのアキオ君だしぃ

ホアチャー

おい、わたりん。
こんなアホほっといて今日は楽しもうぜ

 アキオ君のアホヅラを片手で横に寄せて、ホアチャー君が

言った。

 嫌な思いはしたが、ホアチャー君が少し友達としての距離を縮めてくれたように感じた。


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