翌朝は、ひどく蒸し暑い快晴だった。まだ七月なのに、直射日光の下に晒されれば、立っているだけで汗が流れてきそうだ。
日に日に強くなる日差しは今夏の猛暑を予感させて、暑さが苦手なわたしにとっては、うんざりすることこの上なかった。

そんな夏の日、登校したわたしを待っていたのは、随分と気落ちした泉だった。

聞けば、昨日のデートで部長と喧嘩したらしい。喧嘩の理由は、本当に些細なこと。弟を騙して傷つけたことに比べれば、二人共落ち度があるとは思えないような。

あまりに沈んだ泉を見かねたわたしは、一限目の水泳の授業を、理由をつけて共に見学にした。

ねぇ、どうしたらいいかな


昨夜泣いたのか、泉の目は少し腫れぼったい。プールサイドからどこか虚ろに彼方を眺める姿が、ショックの大きさを物語っていた。

紗己子

うーん……


正直、昨日彼氏をこっぴどく振ってきたわたしには、適切なアドバイスはできそうにない。
陸もこんな風に落ち込んだのだろうか。それとも、怒っているだろうか。わたしのことを恨んでいるだろうか。

別に、わたしには、関係ないけど。

紗己子

謝っちゃいなよ……このまま夏休みになったら、旅行もあるしさ。気まずいのは嫌でしょ?

……でも、私悪くないもん。なのに、謝らなきゃいけないの?

紗己子

じゃあ、謝らせるように仕向けるとか

どうやって?

紗己子

さあ、わたし……付き合ったことないし……


卑怯な言い方かもしれない。それでも、わたしには答えられるはずがなかった。

紗己子……何か、あったの?

紗己子

え? どうして?


不意にわたしに話題を向けた泉に、わざとらしく首をかしげてみせる。

あ……ううん、なんでもないの。私の気にしすぎ……かな……

紗己子

そう?

もしかしたら、それは、気にしすぎではないかもしれない。泉のように目を腫らして登校してわけでもないのに、何かを感じとったのだろうか。

特に普段と何も変わってないはずだ。
わたしはそう、思っている。

そっ、それより、今日部活行くよね!

紗己子

いや、わたしは……

お願い! 一緒にいてよ、ね?

両手を合わせて懇願する泉を見て、府に落ちる。そういうことか――泉は、部長と顔を合わせた時のことを心配しているのだ。

紗己子

わかった……いいよ。一緒に行こう


本当は今日は部活には行かないつもりだった。夏休みの旅行の行き先を決める割りと大切な日だが、とてもそういう気分ではないし、もしも陸がいたら……と思う。

だけど、陸は来ないだろう。わたしが彼なら、絶対に行かないから。

紗己子

だけど、早く仲直りしちゃいなよ?

うん……頑張る……


自信がなさそうに言った泉の顔が、プールの水面に映って揺れる。

不思議だ、今は本当に自然に応援できる。というよりは、何も感じない。悪く言えば、どうでもいい。もちろん、泉には幸せになって欲しいとは思うけど。

放課後の部活には、いつもに比べるとかなり多くの部員が集まった。これが最後の旅行になる三年の部長と長谷部先輩はもちろん、陸と天童さん以外は全員。

長谷部先輩

皆(みな)ちゃん、天ちゃんと椎名くんって、今日は欠席かな?


二人と同じクラスの皆川さんは、長谷部先輩に聞かれて少し困ったような顔をする。

皆川さん

美咲ちゃんは、今日は来れないって……

長谷部先輩

そうなんだ……最近見かけないけど、体調悪いのかな?

皆川さん

いえ、そういうわけでは……すみません、あまり詳しくなくて


どこか歯切れの悪い返事。もしかして、二人は一緒にいる? そんな嫌なイメージが何故か頭の中に浮かんだ。

何を気にしているんだろう。全てが終わった今となっては、もはやどうでもいいことなのに。

皆川さん

ああ、でも、椎名くんは少し遅れるかもって言ってました

紗己子

……え? 来るの?


絶対に来ないと思っていた――その驚きから、思わず声に出してしまっていた。

皆川さん

何か問題があるんですか? 菅原先輩

皆の視線が一斉にこちらを向く。中でも、皆川さんは睨み付けるように怖い顔でわたしを見た。

紗己子

ううん、そうじゃないの。ただ、今日は用事があるって聞いてたから


皆川さん以外は、咄嗟の笑顔と嘘で誤魔化すことができたと思う。だけど彼女は、彼女だけは信用ならないという顔で、ずっとわたしを睨み付けていた。

もしかしたら、天童さんが何か話したのかもしれない――そう思った時、部室の扉が開いた。

すみません、遅れました!

急いで来たのか、彼の額には汗が浮かんでいた。それでも、いたって普段通りに見える。

まるで、何もなかったみたいに。

部長

椎名も来たな。じゃあ、始めようか

部長が言ったのをどこか遠くに聞きながら、わたしの視線は思わず陸に釘付けになった。

不意に――視線が重なる。そして、

あろうことか彼は、
こちらに笑いかけた。

紗己子

――っ!

すぐに視線は逸らした。けれど、心臓が早鐘のように脈打つ。

だって――ありえない。あれだけのことがあった後で、わたしにまた笑いかけるなんて。

確かに昨日は、かなりのショックを受けていたはずだ。それなのに、今日はもう、何食わぬ顔でわたしの前に現れた。

ただの能天気なら、まだいい。でも、そうじゃなかったら……?

……紗己子、大丈夫? 真っ青だよ?

隣に座る泉にそっと声をかけられて、今がミーティングの真っ最中であることを思い出す。

紗己子

……ごめんね、何でもないよ

泉に囁き返して、なんとか前を向く。

紗己子

今はちゃんと集中しないと――……

得体の知れない恐怖に、酷く怯えた。

自分が何か、大きな失敗をしてしまった気がして。

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