僕がこの学校に転入してきて二ヶ月半が過ぎた。



 もうすぐクリスマスがやってくる。


 まあ当然ながら、一緒に聖夜を楽しんでくれる彼女などいるわけがない。




 今年も家族と過ごすのかと思うと、気が重くなった。






 僕はふと、山根さんのことを考えた。





 図書室で山根さんと二人きりのところを、アキオ君とホアチャー君に目撃されたあの日から、僕は意識的に山根さんを避け続けていた。



 山根さんとすれ違っても、お互い声をかけることなどなくなった。



 山根さんのことが嫌いになったわけじゃない。


 むしろあのまま何もなければ、お友達になれたと思う。



 だが、ホアチャー君からはイケてないと言われ、アキオ君もその意見に同調し、変な二人組からは『琴葉たん』などと呼ばれている。



 そんな山根さんと一緒にいると、またバカにされそうで、それが怖かった。





 休み時間、僕は山根さんの方に目を向けた。



 相変わらず周りには誰もおらず、一人で何かを書いている。



 プロットというやつを書いているのだろう。


 山根さんは、教室ではプロットしか書かないことにしているそうだ。



 中学のときに教室で絵を描いていた際、その絵をネタに何度もからかわれたらしい。


 それ以来、教室で絵を描くのが怖くなったのだと図書室で僕に話してくれた。



 やはり漫画はオタクのイメージが強くて、馬鹿にされやすいジャンルなのだろうか。

アキオ

わたりん、元気ないやん

 僕が考え事をしていると、隣の席のアキオ君が話しかけてきた。

渡利昌也

そんなことないよ

アキオ

どうせあれだろ?
彼女もいないクリスマスの心配でもしてたんだろ?

 アキオ君だって彼女がいないのに、自分のことを棚に上げて彼は笑っていた。

アキオ

そんなわたりんに朗報だ。
クリスマスイブの四日前。
つまり十二月の二十日にだな。
男女混合でカラオケ行く話があるのよね。
そいつにわたりんも招待してやるぜ、チェケラ

 アキオ君は両手の人差し指と中指を、DJ風に僕に向けて言った。



 アキオ君のお誘いは嬉しいのだが、以前のボーリングのときに全然馴染めなかったことを思い出し、不安になった。



 だが、僕はこの誘いを断るわけにはいかない。



 なぜならこれこそボッチだった頃の僕が憧れた、楽しい学生生活のあり方だったからだ。

渡利昌也

行っていいの?
ありがとう

 僕はさも楽しみにしているかのように答えた。


 それは演技というよりも、楽しみだという自己暗示をかけているのに近かった。

アキオ

よっしゃ。
元気出たな。
クリスマスイブの四日前ってのがポイントなんだぜ。
クリスマス当日とかだと独り身の女子でも参加しづらいだろ?
もしかしたらそんな女子が、クリスマス前にわたりんの彼女になっちゃうかもよ

 アキオ君は越後屋が悪代官に内緒話を持ち込むときのように、顔を近づけて言った。



 十二月二十日は日曜日だ。

渡利昌也

アキオ君、部活は?
日曜日は休みなの?

アキオ

いやぁ、その日は親戚に不幸がある予定でなぁ。
まいっちゃうな、ハッハー。
ちなみにホアチャーも頭痛がひどくなる予定だってさ

 要するにサボるつもりのようだ。

アキオ

おまえんとこの部は、別にそんな理由なくても大丈夫なんだろ?

渡利昌也

うん。
うちは自由だから

 実は最近、僕は部活を休みがちだった。


 山根さんを避け始めたあの日から、全然やる気が湧いてこないのだ。



 とにかく、二十日のカラオケは楽しまなければならない。



 そう強く念じた。



 過去、あれほど望みながらも、ただ遠くから眺めることしかできなかった和気あいあいとした学生生活。



 その輪の中に交じれるというのに、僕の中には不安の二文字しかなかった。

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