次の日の放課後、僕と山根さんは約束通り図書室にいた。



 だが、漫画研究部の二人組に妙ちくりんなことを言われたせいで、僕は変に山根さんを意識してしまっていた。



 以前、飯塚さんに茶化されたときは嫌々ながらも青春を感じたというか照れくさい感じで、実際はさほど嫌ではなかった。



 だが、今回は本気で嫌な気分になっていたのだ。



 山根さんには申し訳ないが、ボッチな彼女とお似合いだと馬鹿にされた気分だった。


 しかも見るからにモテなさそうな二人にだ。





 山根さんのネームを読んでいる最中も嫌な気分は抜けずにいた。



 修正がかけられているとはいえ、昨日も既に読んだ漫画のネームだ。


 気分を害していたことも相まって、全然ネームを楽しむことができなかった。

渡利昌也

うん。
いいと思う。
昨日よりさらに良くなってるよ

 不機嫌になっていることをなるべく表に出さぬよう、山根さんへ感想を述べた。

山根琴葉

あ、ありがとう……ございました

 山根さんはそう言って僕からネームを受け取った。




 普段からさほどおしゃべりをする方でもないが、今日の山根さんは無口だった。



 僕の不機嫌な態度が無意識に出てしまって、気を使わせていたのだろうか。






 昨日と同様、図書室から出ていく山根さんを見送ってから、僕も図書室を出た。

アキオ

おーい、わたりん

 声をかけてきたのはアキオ君だった。


 隣にホアチャー君もいる。


 僕はこの二人を見た瞬間、嫌な予感がした。




 彼らに変なことを言われたくない一心で、僕は自ら話題を振ることにした。

渡利昌也

アキオ君にホアチャー君。
部活は?

ホアチャー

ホアチャーはやめろよ。
てかそう呼ぶなら君付けすんなよ

 ホアチャー君はあだ名で呼ばれることに若干諦めを感じている様子だ。

アキオ

部活はねぇ。
今から行くよん、もちのろん。
俺ら二人、吉岡に呼ばれちってさ

 アキオ君が答えた。



 吉岡というのは担任の先生だ。



 いつも掃除をサボっているのがバレたのだろうか。


 それとも壁の落書きのことか。




 彼ら、とくにアキオ君は、マッチョな猫型ロボットや卑猥な国民的アニメキャラをいたるところにアートしているようだ。


 僕も何度か目撃している。

アキオ

ところでわたりんが図書室で話していたの、うちのクラスの山根じゃね?

 嫌な予感は的中だった。


 アキオ君とホアチャー君に見られていたのだ。

ホアチャー

珍しくおまえが女子と話してると思って見てたんだよ

 ホアチャー君はそう言ったあと、一番言われたくない言葉を口にした。

ホアチャー

なんでよりによって山根なんだ。
よくあんなイケてねぇのと喋れるな

 その言葉を耳にした瞬間、僕の中で色々な感情が溢れかえった。



 見られていたという羞恥心。


 確かにイケてないかもと思った共感。


 そう思ってしまったことへの罪悪感。


 人を傷つけるようなことを簡単に口にするホアチャー君への怒り。





 だが、そのすべての感情を凌駕したのは、イケてない女子と喋っていたという劣等感だった。

アキオ

ばっか、おめぇそんなハッキリ言うなよ。
彼女だったらどうすんだ

渡利昌也

違うよ

 フォローなのかなんなのかよくわからないアキオ君の言葉を、僕は強く否定した。

渡利昌也

違うよ。
単に漫画を読ませてもらっただけ。
ほら……僕、漫画が好きだから

 嘘偽りは一切ない。


 でも、このとき僕はえも言われぬ後暗さを感じていた。

アキオ

わかってるって。
冗談だよ冗談

 アキオ君はそう言ってバカみたいに笑った。

 アキオ君たちと別れて美術室へ向かって歩いている最中も、デッサンをしている最中も、僕の中の後ろ向きな気持ちが消えることはなかった。








 部活を終えて美術室を出たとき、外はもう夜になっていた。



 蛍光灯の光に照らされた廊下が薄暗く、不気味さを醸し出している。





 その廊下に山根さんが立っていた。


 どうやら彼女もたった今出てきたようだ。


 僕は彼女の方を見ないようにして、その場を立ち去った。




 イケてないと思われたくない。暗いやつの同類と思われたくない。






 ボッチだった頃の自分と決別したい。






 そんな僕にまとわりついたのは、世間体という名の得体の知れない魔物だった。


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