森加奈子

小暮くん。これからは仕事。あなたは私の下僕だから。少しでもトロい動き、余計な言動、まして敬語サボったら覚悟しなさい、パチプロメガネ?

小暮忍

(こんな女だったっけ?)…はい、わかりました。





後日

真山の病室へと加奈子と共に小暮は向かった。

今現在、


織原経華にやらせている

健康マット入りの

青いショルダーバッグを

小暮が持ちながら

加奈子の後ろに付いて行く。

小暮忍

うぅ、重い

森加奈子

何かごじゃごじゃ言った?そこの下僕メガネ?

小暮忍

特にありません

織原経華

ひーん!重いよぅ!これじゃあ施術してもすぐ背骨歪むじゃないですか!まるで餓鬼界のようだ!




病室に着くとまず美代子が

丁寧にあいさつをしてくれた。

真山美代子

こんばんは。本日もよろしくお願いいたします

真山仁

あれ、粧子先生は?


病室のベッドの真山は

プロレスラーの面影がなかった。


金髪のパーマこそそのままだが

やせ細り小皺が濃く、


どこにでもいる加齢臭漂う

疲れた中年男性になっていた。

小暮忍

真山仁選手ですよね?

真山仁

何だ、俺のファンか?

小暮忍

20年くらい前に…浅草のリバーサイドスポーツセンター大会のトイレの事覚えてます?

真山仁

あんときの!?そうかあ、大きくなったなあ。時の流れは早えなあオイ。そりゃあ歳とったよな、俺も。

公表通りなら

50歳になるであろう真山は

寂しそうに呟いた。

真山仁

で、なんでお前がここにいるのよ?






小暮は正直にここに至るまでの

経緯を話した。



安田粧子が自殺未遂を図り、



精神病院に入ってリハビリしている事。





安田粧子の元恋人であり、



その意思を受け継いでいま

カイロプラクターに

なろうとしている事。




真山は黙ってうんうんと

頷いて聞いていた。



真山仁

お前の言い分はわかった。だから言わせてもらう。絶対やめとけ。

小暮忍

言いたい事はわかります。でも俺は…

真山仁

男に生まれたからはなあ、女の夢にすがるなよ。他人の生き様に乗っかろうとするな

真山仁

それにお前自身本当はわかってんだろ。その勝負をするにはとっくの昔に時を逸しちまってるって事をよ?お前はまだ若い。考え直しな。

小暮忍

それでも俺は…

小暮忍

痛!ケツの皮がねじれてる!?

森加奈子

いま、お前の話じゃねえだろうが?
いい加減にしろよ、おしゃ×りク×メガネ。
仕事の邪魔するなら家帰って×スかいて寝てろよパチン×ス

小暮忍

ご、ご紹介が遅れてすいません。
こちらが本日から代理で施術してくださる森加奈子先生です。

森加奈子

ごめんなさいね、思い出話に水をさしてしまって。
本日は私が粧子先生のカルテ通りに施術させて頂きますので、よろしくお願いします。





それから小暮がやったことは

病室ベッドの上に施術マットを重ねるだけで、




あとは加奈子の手際良い施術を

美代子と並んでじっと黙って

眺めるのみであった。





森加奈子

よし!やっちゃるか!



加奈子は長い黒髪をピンで

高くまとめ、


背筋を伸ばして支度に入った。



ベッドで仰向けからの足首回し、


首裏の後屈、


半身起こしての肩部筋矯正…



今の小暮でこそ

当たり前の基礎技術だが、


それまでまともに粧子の

カイロプラクティックをしている姿を

観た事の無い彼にとっては

不思議に映った。


真山仁

先生。女の手でこの体動かすの大変だろ?安田先生も汗だらだら垂らしながら毎回やってくれるもんな。プロレスの試合みてえによ


加奈子の前髪が汗で

頬に何本か張り付いている。



それを拭いながら笑顔で

森加奈子

たしかにそうかもしれませんね。でもこれぐらい大きな患者さんも普段見ているので大丈夫ですよ。私たちも毎日試合してます



加奈子は気丈に笑って見せた。




仕事に自信と誇りを持っているから

自然に出る笑みだった。




小暮は思わず美代子に質問した。

小暮忍

美代子さん。変な事を聞くようですが、安田先生もこんな大変な事をしていたんでしょうか?

真山美代子

もちろんです。全身全霊でプロの仕事をして下さいました。特にこの人はそういう事には人一倍うるさいので


美代子の温かい満面の笑みと

冷ややかに軽蔑する眼差しが


小暮の背筋を凍らせた。



続く

ドリームファイター その6

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