神様なんていない。
小さい頃から、ずっとそう思っていた。
この名前は、その証。
彼女に母親が乗せた、怨嗟の楔。
神様なんて無い。だから、神無。

神無に父はいない。
正しくは、知らない。
母は生きているのか死んでいるかも不明。
神無の家庭環境は非常に面倒だった。
神無の母は何でもどこかの優秀な会社経営者の愛人で、神無は元々妾の子供。
当然都合が悪くなって男から捨てられた母は、シングルマザーとなって子供を育てることに。
これだけならまだ、救いようはあった。
だが、母は捨てられたことでその恨みに飲み込まれて狂ってしまった。

復讐を胸に誓った彼女は、幼い子供に、神様なんていないという憎悪を込めて「神無」と名付け、神無を親戚に押し付けると、父に復讐にしに行ったまま行方知れずになってしまった。
知りたいとも思わない。

押し付けられた親戚には何年も雑な扱いをされた。
嫌気がさされて、そこからも放り出されて次にいった家では居ないものとして扱われて、餓死しかけたこともある。
彼と出会った頃はちょうどその頃だった。

何とか中学までは卒業できたものの、卒業を狙っていたのか、その家の人間たちは神無を置いて雲隠れしてしまった。
……あの時の絶望感は半端ではなかった。
夕暮れに家に戻ったとき、蛻の殻となって途方にくれたのあの瞬間だけは、今でも忘れない。
玄関で、すっからかんになった家の中を眺め荷物を入れたバッグをおとした時の、絶望感は忘れられない。

そこから先は施設に行くしかなかった。
施設は施設で、今度は同世代の子供から攻撃をされるようになって。
その頃から、自分はいてはいけない存在なのだと思うようになった。
結局神無の人生なんて、最初から無ければよかった。
生きていたって、どうせ意味なんてない。
価値なんてない。
所詮は、妾の子。
社会的にも否定されて当然だと、それを知ったときには思った。
自分ですら、自分を認めていなかった。

死に場所を求めて、闇の世界に顔を出すようになったのは、その頃から。
価値のない自分を、自分で殺せるほどの強さもなく、結局は他力本願で、殺されることを望んでいた。

然しどういう因果か、彼女は勝ち続けてしまった。
様々なゲームをしてきた。
単なる殺し合いのサバイバルから、カードを使った命懸けの賭博など。
全くの素人なのに、神無は何故か生きていた。
毎回、勝ってしまうのだ。
その度、たくさんの人が死んでしまうのに、死にたい自分は、生きている。
生き残れてしまった。
なぜ自分だけが生きてしまう? どうして?

きっとこれは運命とか目に見えないモノですら、神無をイジメてくるのだと思う。
そんなものまで、自分を否定しなくてもいいのに、と思う。

人狼ゲームとかいうのに参加したのも、死ぬためだった。
頭脳戦なら、負けられるのではないかと。
運などよりも、知性が優先されるならば、きっと死ねるはずだと。
楽に死ねるのではないかと思っていた。

――だが、それは違った。
あの死にかたは怖い。
苦しそうに胸を押さえて悶えながら、ゆっくり殺されるのは、自殺と同じで怖い。
望んでいる「死」と違う。
一瞬で苦しまず、楽に死ねる。
都合の良い殺し方が良かったのに。
これじゃ、ただ殺し合いをしている方が余程楽ではないか。

楽に死ねない。知り合いとも逢ってしまった。
運命はどこまでも神無を追い詰めたいんだ、と思っていた。

……今は違う。真逆だった。
ゲームを生き残ったら、この世界にはもうこない。
生きることにした。
ただ、日々を生きる。
神無自身に、目的なんてなくてもいい。
必要としてくれた人がいる。求めてくれた人がいる。
こんな石ころと同じ神無を、友達だと肯定してくれた人がいる。
自分で自分に価値を見出すことは出来なかった。
でも価値を決めてくれた人がいた。
なら、もうそれでいいじゃないか。
自分では神様なんてないと言っても、彼が神様はいると言うなら、それでいいじゃないか。
どうせ空っぽだ。どうせ虚ろだ。
自分で満たせないなら――彼に満たしてもらおう。

依存でも、中毒でも、何でもいい。
兎に角、理由も理屈も後で用意する。
ただ、生きたい。死にたくない。
まだ、やりたいことが出来ている。
友達でいたいと思うから。

だから……居ないと思う神様に願う。
眠る前ベッドの上で、窓から見える夜空を見上げて、手を合わせて、只管願う。
どうか、私を。
私を、護って下さい、と。

同じ星空の下。
狼はお月様を見上げて吼え動く。
交差するハズのない蛇と狩人が混じり合う。
チロチロ舌を出して蛇は喜び、狩人は矢を番えてケモノに備える。
狐は月を見ながら北叟笑み、占い師は水晶玉を眺めて過ごす。
霊能者は昼間に死んだ幽霊と話し、孤独な共有者は狂人の無事を祈り、狂人は死にたくないと願い、村人は静かに眠る。

朝。談話室に集まる面々。
そんな中、頭数がひとり足りない。
誰かが、いなかった。
残りは、9名。

未来

一人……足りないッ!?
誰、誰がいないの!?

慌てふためく未来が、その居なくなった人の名前を全員に問う。

天都

田代って一年がいねえのか……?

神無

うん……多分……

春菜

ううん、天ちゃん
田代って人で、多分合ってるよ

昨日、あまり会話に入ってこなかった少年だ。
彼がいなかった。
部屋を飛び出していった未来が、彼の部屋に確かめに行ったのは間違いなかった。
どうせ、結果は見えているのに。

神無

……お互い、生きのびたね、天君

天都

あぁ……
だが何でこのタイミングであいつが……?

開けっ放しの扉から、未来の悲鳴が聞こえてきた。
やっぱりだったか。皆、顔にそう書いてある。
読みとは違う犠牲者に困惑する天都。
自分なりに、素人なりに必死になって考えたのだが。
やはり、自分程度では敵わないのだろうか、『狼』には。

月子

あらら……
あの様子じゃあ、もしかしてミスってしまいましたか
あいつが狼だと思ったんですけどねえ……

月子

まぁ、グレー潰したから、これで『狼』の隠れ蓑が一人減った分、一日短縮できたということにしておきましょうかね

しれっと、月子がそんなことを言い出した。
優雅にコーヒーなんて飲んでいる。

春菜

つ、月ちゃん……?
なんでそんなこと言うの?

近くにいた春菜が怯えたように、月子を見る。
既に険しい顔になっている天都、ニタニタ笑う立夏と黒花、昼寝をしているエビ、きらりと眼鏡が光る時雨、無表情の神無。
月子は彼らを一瞥して、クスクス笑う。

月子

じゃあ、今日は私がまっ先にカミングアウトしておきましょうか
私の役職は『蛇』
昨晩、田代って人を殺したのは私です

月子

ついでに『蛇』の役職の詳細を打ち明けておきましょう
『蛇』は一度だけ、夜間に他のプレイヤーの襲撃を可能としています
立場は第三陣営
『狐』と同じです
他にも『占い師』、『霊能者』に調べられるとその相手を殺し、『狼』に噛まれると『狼』の中で一人を巻き添えに死亡するのです
あぁ、あと投票で追放された場合も、自分に入れた相手の誰かをランダムに一人、連れて死にますのでご注意ください

月子

まぁ第三陣営ですんで、どっちの味方でもありませんけどね
何もしてこなければ、もう私は誰も殺しませんよ

月子

ただ……私を追放する気ならば、命懸けできてもらいますよ?
私はただで死ぬ気はありません
誰か一人は必ず連れて逝きます

『蛇』とカミングアウトした月子は、最後にニヤリと邪悪に笑い、周りを牽制した。
ぞくっと背筋に悪寒が走る春菜や時雨。
天都は慣れた様子で、それを流して問う。

天都

月子、お前があいつを殺したんだな?
ってことは、そういうことだよな?

月子

流石兄さんですね
『狼』は襲撃失敗が続いたようです
昨晩殺したのは私ですから
『狼』はまたミスったわけですね
恐らくは『狩人』のおかげでは?

これは貴重なことだった。
占い師が辟易して戻ってくる中、兄妹は違うことを考えていた。
兄は自分の憶測が外れたのではなく、妹によって捻じ曲げられたのと。
妹は、これで兄を疑わなくてもいい、疑われなくていいと安堵していた。
二日目の朝は、最悪のカミングアウトから始まったのだった……。

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