追放者――御子柴良太には、非など一切なかった。
ただ、初日という状況、情報が少ないコト、共有者の片割れが自滅したこと……様々な不運が重なり殺されることになっただけ。
いうなれば、人柱や贄、スケープゴート。
他者が生きるために犠牲にされる必要経費。

もっとざっくりと説明しよう。
簡潔に、一言で。面倒なことなど一切なし。

彼は、運が悪かった。

良太

なぜ貴方達は僕の話を聞いてくれないのですかッ!?
僕は『狩人』だと言ってるでしょう!!

彼は懸命に訴える。
存命したい、死にたくないと文字通り、必死で。
だが誰一人、その言葉に耳を傾ける者はいなかった。
言外に、満場一致で初日に追放するのはこいつだと皆で決めたのだ。
投票の時間になりました、と天井のスピーカーから機械音声が流れだす。
今日の追放者を指定してください、と指示される。
耳を塞ぐもの、目を逸らすもの、何も考えないもの、それぞれの逃避の方法で、彼の事を無視して、決断する。

良太

あなたたたちはおかしいと思わないのかっ!?
違うと言っている人間を殺すことに、何の躊躇いも感じていないとっ!?
最低だ、全員が揃いも揃って外道だとは思いませんでしたよ!

感じていない訳がない。彼らは、機械ではないのだ。
誰だって悪いと、心の中で謝りながら、犠牲になるであろう『狩人』だという彼を見送っている。
憤慨する御子柴は、指定した神無に睨んだ。
詰る。
責める。
罵る。

神無

…………

神無は、黙ってその言葉を聞いていた。
反論も、謝罪もしない。
これが彼女の意思で選んだ方法。
殺される羊の言葉を、全部矢面に立って受け止める。
他の人に飛び火しないように、彼女が率先して動いた結果。

追放する人間を指差しで指名しろ、と言われる。
神無はまっ先に、御子柴を指差した。
続いて、黒花と立夏。

立夏

立夏は人殺す覚悟なんて出来てますよ?
ほら、一条って人だけ貶していないで、立夏も責めてくださいよ
まあ、ヘイト稼がせてもらいますけど

立夏

ってことで、精々こっちのためにくたばりやがれ、スケープゴート
運が悪かっただけだから、安心してあの世に逝ってくれていいよ?
そっちに非はないから、何にも悪くない
悪いのは運命とかそういう見えないもん
死体は部屋の中にでも放り込んでおいてあげるから

立夏

そう、そっちは何も悪くない
悪くないと、いいね?

立夏はケラケラ嗤って散々馬鹿にしてから、人差し指で彼を指名した。

黒花

……さて、何を言って送り出せばいいのやら
何というか、まるで殺虫剤で苦しむ害虫ですね
見苦しいにも程があるんで、早く死んでください
その耳障りな声と目障りな眼鏡がないと思うと、せいせいします

肩を竦める黒花は軽く虚仮にしてから指をさす。
神無に向いていた矛先がこれで二人にも飛び火して、喚き散らす彼に次々と指を指していく他の参加者から一瞬、気が逸れた。全員が、彼を差し出すと決めた。
これで、今日の追放は決定した。

無機質な音声が、投票を完了しましたと告げる。
ハッとして、思いつく限りの罵倒をしていた彼だったが、

良太

がっ……!?

急に苦しそうにうめいて、胸を押さえる。
……追放の時が来たらしい。
目を背ける、耳を両手で塞ぐ、震えながら我慢する。
様々な自衛を取りながら彼らはその結末を迎え入れた。
倒れる御子柴は、恨めしそうに神無を見上げて、呟いた。

良太

ぉ……のれ……ぃちじょ……ぅ……
僕は……悪く、な……ぃ……

最期まで自分は正当だと言いながら、呪詛を残しながら、御子柴は俯せに倒れて……動かなくなった。

悲しそうに、でも目を決して離さず、神無は彼の呪いを、全て受け止めていた。
泣きそうな顔だった。本当は怖かった。
だけれど。
意地でも涙は流さないと、神無は決めていた。
これが、自分の犯した罪なのだから。

神無

…………悪くないとか、悪いとか……
……このゲームも、生きることも……
……そんなじゃないの……

思わず漏れた言葉。
善し悪しで全てが決まれば、誰だってこんな道は選びたくない。そもそも、こんなところには、いない。

黒花

何が悪くない、ですか
どの口が言うのでしょうね、本当に
選ばれた時点で、ここにきている時点で死ぬ覚悟も、殺す覚悟もするのが筋ってものでしょう?
死人に口なしだからと言って、言えることは生きているうちに言うなんて……
最期の最期まで未練がましい奴でしたね
ふんっ……クズが、生きる価値もない
死んで当然ですよこんな男

何を憤っているのか知らないが、黒花は動かぬ温かい肉塊となったそれを見下ろして言う。
顔には、嫌悪感丸出しであった。

立夏

ほかの奴らも、分かったよね
このゲームするってことはさ、こういうことなんだよ
ビビってたら、全員バッドエンドだってこと
次は、ハッキリ進めようね
先輩も占い師も、霊能者もだよ
進行役するなら、殺す相手率先して決めよう
進めるはイコールで殺す相手を選定する立場なんだから
本来は一条って人がやる場面じゃないと思うよ、さっきの

ぎろりと睨まれた三人。
春菜と未来は絶句して、目を合わせないで何も言わない。
彼女の言うことが正論であることを理解していた。
理解はしていても、頭は保身の為に嫌がって拒否していた。

天都

あぁ、気をつける
次からは俺達で決めよう

未来

ちょ、夜伽兄……ッ!

天都

それが確定白の共有者と占い師、霊能者の役目だ
追放は俺達が決めないといけないのが、あいつのいう筋ってもんだろ
お前も占い師なら、腹をくくれ
直接殺してねえだけ、まだマシだ
春菜、お前もだ

春菜

…………

天都はしっかりとその忠告を受け止めて、胸にしまい込んだ。
これで、昼間の話し合いは終了。
追放者の身体は、のちに回収しておくので解散だと放送で言われる。
後味の悪い中、彼らは三々五々、それぞれ散っていく……。

部屋に戻って休もうと思っていた天都は、チャイムを鳴らされて仕方なく対応をすることにした。

神無

…………

ドアの前にいたのは神無だった。
彼は溜息をついて、彼女を部屋に招き入れた。
何も、神無はいわなかった。
ベッドに腰掛け感情のない、空っぽの瞳で天都を見ている。

天都

さっきは悪かったな
お前に面倒な役目、押し付けて
アレは俺たちの役目だったのに

天都が礼を言うと、彼女は首をゆっくりと振るだけ。
何も、言わない。
天都はコーヒーを入れて、彼女にマグを差し出す。
彼女は黙って受け取り、チビチビと飲み始めた。
天都は彼女の隣に腰掛けた。
途中「苦い」と文句を言って、天都を見上げて頬を膨らませた。
それを見て漸く笑う天都。
ぽんぽん、と彼女の頭を撫でてありがとう、と言うといいえ、と神無はちょっと赤くなって言った。
……照れているようだった。
死人が出ている現状では、不謹慎かもしれないけど、ちょっと可愛いと思った。
彼女は傷ついたのは、自分のせいだ。
神無の気持ちを知っていながら、一歩踏み出せなかったせいで、彼女にイヤな役目を押し付けてしまった。
……自分を優先するのは今でもそうだ。
弱いからこそ、自分が生き残ることを最優先にする。
でも、助けてくれた彼女に「悪い」というお詫びではなく、お礼の「ありがとう」を言うのは、大切だとも思った。

だから、彼は自分の推理をまっ先に打ち明けた。

天都

これでお前は完全に狼に目を付けられた
今夜噛まれるとしたらお前か……春菜だな
久遠寺も捨てがたいが……
だから、こんなこと言っても意味ねえかもしれねえけど、気をつけろ

神無

えっ……?

神無は驚いたように、天都を見上げる。
その目には、なぜ? という疑問符が浮かぶ。
天都は先ほど感じた違和感を、彼女に説明する。

天都

思い出せ、神無
さっき、御子柴をお前が選ぶと言ってから急に態度を一変させた奴がいただろ?

神無

……誰?

神無は分からない、と首を振る。
多分、このことに気付いているのは、自分と……もう一人だけだ。
あるいは、狼も気づいているかもしれない。

天都

如月だよ
あいつ、御子柴が『狩人』だって言いだした時、お前の無謀に乗り出すとか突然言い出しただろ
それまで、ただ眺めて遊んでいたあいつが、だ

神無

あっ……

思い出したように神無は頷く。
そう、神無の次に彼を殺すと言い出したのは黒花。
それも『狩人』だと言い出してから、参加を表明した。
そしてあの言動。
どの口が言うのか、などの悪態の数々。
それはつまり、どういうことか。
考えつく答えは一つ。

天都

あいつは恐らく本物の『狩人』だ
偽物である『狩人』に対して、確実にこいつは黒だとわかるのはあいつ一人
だからお前の案に乗ったんだよ
黒である御子柴を殺すためにな
黒確定だと分かるのはあいつだけだけど
恐らくあいつの視点からすると、『狼』か『狂人』かの区別は、ついていないだろうがな
俺たちだけはわかるだろ?
御子柴は多分『狼』だ

神無

それじゃあ……
私は……『狼』を裏切ったってこと?

天都

そうなるな
……この場合は『狂人』の自滅、ってことなんだろ
幸い、お前が『狂人』だってことを知ってるのは俺だけだ
まだ黙ってるから安心しろ
俺もお前は味方だと信じるよ

彼女は態度で示した。
生命を賭けて、天都を護って、助けた。
その決意に、天都も応えなければいけない。
それが、友人としての筋ってものだ。

神無

……私はただ……
私でも、天君の役に立てるならそれでよかったんだけど……

深い意味はない、と言う神無。
そんな彼女の頭を、優しく撫でる天都。
女相手に、ここまで心を許したのは……春菜以来だった。

天都

助けられたのは間違いねえだろう?
俺はお前に助けられた生命だ
全力で生き残るつもりだよ
なぁ、神無
お前も適当にやろうぜ
生きろとは言わねえ
ただ……もしも、だ
このゲーム生き残ったら一緒に遊ぼう
お前は俺の数少ない友達だからさ
また、一緒にさ

神無

……え、と……
そんなこと急に言われても……
私も、その……困るというか……
いあ、嬉しいんだけどね?
うん、嬉しいよ?
嘘じゃないよ、ホントだよ?

中学時代、ちょっと一緒にいただけ。
でも、数少ない自力で作れた友達。
せっかく再会できた友人を、失いたくない。
同時に、自分の勝手を押し付けるつもりもない。
最終的に選ぶのは、神無自身。
だから、オマケのような形でだが、また遊ぼうと誘った。

神無からすると……それは今までの自分を全否定するだけの衝撃を感じた。
自分を優しく肯定してくれたばかりか、意味の無いこの生命の使い道をありがとうとお礼を言われた。
ここ数年、存在自体が忌避されていた、自分を。
こんな自分に、彼は『友人』だと言ってくれた。
また一緒に遊ぼうと言ってくれた。
それは要は……現在ばかりか未来をも、天都は肯定してくれたということ。
役たたず、疫病神と言われたこんな自分を、恩人だと笑う彼。

神無

そっか……
天君、まだ私のこと友達だって思ってくれているんだ……
それにこれから先も、友達で居てくれるんだ……

神無

……………………
何だろう、これ……?
私……何してたんだろう……?
死ぬのは、ダメな気がしてきた……
天君が友達だって言ってくれてるのに……
死んで、いいのかなぁ……?

神無

ううん……違う……
生きなきゃ、ダメだ……
私も……生きなきゃ……
天君の友達だから……
私も、天君の友達でいたいから!

……決めた。神無は、一大決心をした。
生きよう。死ぬのなんて、やめよう。
天都が友達だという。
一緒に遊べる未来があるという。
それは今まで孤独だった神無には、非常に魅力的だった。
生き残れば、要はご褒美があるのだ。
同時になんか変なふうになる。
つまり、それは、ええと……?

神無

……それ以上を望んでもいいのかな……?

若干、邪な想いが胸を過ぎる。
黙り込む神無に、推理を続けていた彼は今頃気が付いた。

天都

――だから、今夜噛まれるのは春菜の可能性もあるってわけで……

天都

ん? どした神無?

神無

……んーん、なんでもない……

天都

なんで冷や汗たらしてるんだお前?
お前は『狂人』でもこっちの味方だろ?

神無

……何でもない……
気のせいだよ……

天都

そか

話を聞いていなかった神無は、もう一度お願いと言う。
自分の中の変化、決心はまだ、彼には伝えないまま。
彼は首を傾げていたが、彼は繰り返して語りだす。

天都

つまりだ
残された人狼としては『狩人』だと言って死んだ『狼』の事を、生きている俺たちに知られるのは嫌なわけだろ
知らなければ、俺達は遺言である『狩人』を殺したと信じ込むわけだ

天都

ここで狼の直接的な被害を出すのは春菜の『霊能者』
これは死んだ役職をバラすのが仕事だからな
せっかく残した遺言がパーになる
だったら、狼の視点からだと、知られる前に殺しちまった方が得策だろう?

天都

『狩人』殺しも薄いとは思う
アレ殺しに成功したら守護対象を巻き込むからな
本物の『狩人』が『霊能者』を護ると読んで、『狩人』を殺そうとした場合はイイけど、万が一『狩人』に自分が狙われるとも限らない
逆に『占い師』を護っている場合は、『霊能者』が殺せても、『占い師』が生きている時点で少なからず被害が出る可能性もある
『狩人』は死んだあいつを間違いなく黒だと知っているわけだし、春菜を見殺しにして、それっぽい所を護るとも邪推出来る
だから前提として、護られていると『霊能者』か『占い師』を狙うか、あるいは……

神無

感情的に許せないであろう、私を殺しに来る……
そういうことだね?

彼の言いたいことは分かった。
今夜は、『狩人』の動き次第で全てが変わる。
堅実に『霊能者』を守るか、それともそれらしいところを自滅覚悟で攻勢に出て、『霊能者』である春菜を生かす確率を上げるか。
『霊能者』を無視して、『占い師』を先に護るか。
『狼』は、護られている確率の高い『霊能者』を狙うか、博打で本物の『狩人』を狙って、『霊能者』と一緒に葬るか。
または『占い師』を狙って、失速した分を取り戻しにくるか。それも護られている可能性は否定できない。
あるいは、ノーガードの可能性の高い、狼殺しを実行した言い出しっぺ、神無を殺しに来るか。
ただこいつはグレーなので、自分の隠れ蓑を減らすことになる。
理屈的じゃないと思うがプレイヤーも人間だ。
感情的になれば、互いを分かる人狼からすると、許せないのは神無だ。
狙われる可能性は十分ある。
そして優先順位が低いから、確実に殺せる。

神無

でも、白確定の天君も狙われる場合もある……
グレーが減らないから、デメリットはない

天都

それはねえな

天都はスッパリと否定した。
彼女の問いに、先んじて答える。

天都

デメリットはねえ……
だが、大したメリットもねえ
俺は何の特殊能力もない『共有者』だ
相方は既に死んでるしな
ただそこいるだけで、そこまで奴らに実害をだすモンじゃねえし
それよりも厄介なのが残ってる
大体、一晩失敗しているのに貴重な時間を勝敗に関係ないやつに使うだけの余裕はねえよ

神無

そっか……
今は、村人優勢なんだね……

立場が違うから、ちょっと視点も違った。
ってことは、ある意味彼は安全ということか。
『狼』からすると、順位は低いのだ。
それ以上に『占い師』と『霊能者』がいるのだから。

天都

だから、気を付けてくれ
お前も、今夜は十分狙われるってことを自覚して欲しい

神無

うん……そうだね……
これが最期にならないように、祈るよ

彼の心配そうな顔を見て、神無は思った。
これが、自分の運命の分岐点なのだと。

神無

死にたくないな……

久しぶりに、そう思うのだった。
運命の夜まで、あと数時間。
今夜の悲劇が、また始まる……。

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