結構最悪なタイミング。
疑惑の渦中にいる人物に鉢合わせするなんて、考えずにはいられなくなる。しかも、部室には二人きりとか。

それでも最初は、頑張って忘れようとしたけれど。

紗己子

……今日は皆川さんと一緒じゃないんだ?

天童さん

そうなんですよ。茉奈ちゃんは、家の用事で来れなくって


一年生部員は、陸の他には二人の女子。それが天童さんと皆川さん。旅行好きな皆川さんが仲良しの天童さんを誘った経緯もあり、二人はいつも一緒に行動していた。

部活に来る時も、二人は一緒。少なくともわたしはそれしか見たことがない――だから、余計な邪推をしてしまう。

紗己子

もしかして、陸を待っているんじゃないの?

紗己子

天童さんって、彼氏とかいるの?


わたしは唐突に切り出した。
やめておけばいいのに、何故か地雷原に踏み出そうとするの止められない。

これ以上、陸の浮気疑惑については考えないようにする。そう決めたはずだったのに。

天童さん

えっ!? あたしですか? いないです!

紗己子

そうなんだ? 意外だね、可愛いのに


お世辞ではない。天童さんは取り立てて美人というわけではないが、愛嬌がある可愛い系だと思う。積極性もある。

紗己子

でも、陸の好みかな?

天童さん

いえ、あたしなんて全然。先輩こそ、付き合っている人とかいるんですか?

紗己子

……いないよ。今はそういうの、いいかな

天童さん

本当ですか?


否定したわたしを、まるで疑うように見る。陸との関係を知っているみたいに。

あたし、付き合ってはいないけど……好きな人はいます

直感する。おそらく陸のことだ。
陸が好きで彼を見ているのならば、泉のように陸の気持ちにも気づくに違いない。だからわたしを敵視する。

もちろん、表面上は笑っている。それはわたしも同じだから、よく分かった。

紗己子

そうなんだ、片想いなの?

天童さん

今は、まだ

天童さんは小さくそう言って、そして――

天童さん

でも絶対、振り向かせて見せますから。だから、その気がないなら陸くんのことはもう放っておいてあげて下さい

あくまで知らないふりをするわたしへの。
これは、宣戦布告なのだろうか。

紗己子

ごめん……よく分からないけど、天童さんは椎名くんのことが好きってこと?

部室の扉が開いたのは、わたしが取り繕った笑顔で、首を傾げて見せた時だった。

陸の姿を見た途端、天童さんは何事もなかったかのようにわたしから顔を反らした。

先輩……こんにちは。天童も来てたんだ?

天童さん

陸くん……


陸も陸で、わたしたち二人を見てどこかばつの悪そうな顔をする。

やはり、キスをしていたという泉の話は、見間違いでもなんでもなく、本当の話のように思う。少なくとも、何かある。

紗己子

珍しい組み合わせでしょ? わたしたち

確かに、そうですね。天童はいつも皆川と一緒だから


わたしは微笑んで、陸を部室の中に招き入れる。

そして、部室の中央に並べられた机の、天童さんの隣の席をあえて勧めてあげた。

天童さん

いつも一緒なんて、大げさだよ。確かに、茉奈ちゃんとは小学生からの付き合いだけど

紗己子

……そんなに長いの?

天童さん

はい。小学生の時に、スイミングスクールで仲良くなって、それからずっとなんです


天童さんは、わたしにも愛想よく答えた。先程の挑戦的な発言は幻かと思ってしまうほど。

それでも、わたしと違って純粋なんだろう。表面上わたしと陸は付き合いを隠しているから、彼女には好きな男の子をその気もなく誘惑する悪女にうつる。

ある意味それは事実だけど、そんなことに憤って、先輩であるわたしにも怯むことなく向かってきた。純粋で、無垢で、馬鹿正直。

そんなところが、更に苛立つ。

紗己子

スイミングかぁ、懐かしいね。わたしも少しやってたよ。とっくに辞めちゃったけど

天童さん

あたしは、中三の夏までやってました

紗己子

もしかして、選手コースとかで泳いでたの? すごいね

天童さん

まぁ……でも、市レベルでそこそこな感じだったし。先がないなって思って辞めました。だから、陸くんみたいな才能が羨ましかったです

不意に視線が陸へと移る。すると、陸はまたもばつが悪そうに顔を背けた。

才能とか言い過ぎ。運で勝ってただけだから、俺は

紗己子

ああ――もしかして二人は、同じスクールだったの?

天童さん

はい。びっくりしました……陸くんが同じ高校で、同じ部活だった時は。まさか水泳を辞めてるなんて

どうやら、天童さんはただのクラスメイトではなかったようだ。何年の付き合いになるかは知らないけれど、確実にわたしのそれよりは長い。

絶対に振り向かせる――なんて自信は、過ごした時間の長さから?

だけど、それはあなたの勘違いだから。

天童さん

ねえ、陸くんは何で辞めちゃったの? 本当にこの先もやらないつもりなの? 全国の表彰台も狙えるって、コーチ達も言ってたのに

まあ、いいじゃん俺の話は。過去の話だよ

ムカつく。
その、自分だけが陸くんの過去を知ってます感。

陸も陸だ。こんな子とキス、なんて。
浮気もいいところ。

紗己子

いいじゃない。さっきも、二人で椎名くんの話をしてたんだよ?

え? 俺、ですか

天童さん

――っ!?

ああ――ムカつく、ムカつく、ムカつく。
二人への苛立ちは募るばかり。

まさか、と驚いた顔をした天童さんが目に入ったけれど、構わず言ってやった。

紗己子

今朝、二人が校舎裏で一緒にいるところ見たの。隠すなら、もっと上手くやった方がいいよって

言葉を失った二人をよそに、わたしは用事を思い出したと言って部室を出た。

日の当たらない廊下のひんやりとした空気が、わたしの頭を現実へと引き戻していく。

途端に、酷く、動揺した。
動悸が収まらない。自分でも分からない。

急に用事なんて、わざとらしいにもほどがある。

そうじゃない。そうじゃなくて。

紗己子

わたし、一体、何を……?

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