結構最悪なタイミング。
疑惑の渦中にいる人物に鉢合わせするなんて、考えずにはいられなくなる。しかも、部室には二人きりとか。
結構最悪なタイミング。
疑惑の渦中にいる人物に鉢合わせするなんて、考えずにはいられなくなる。しかも、部室には二人きりとか。
それでも最初は、頑張って忘れようとしたけれど。
……今日は皆川さんと一緒じゃないんだ?
そうなんですよ。茉奈ちゃんは、家の用事で来れなくって
一年生部員は、陸の他には二人の女子。それが天童さんと皆川さん。旅行好きな皆川さんが仲良しの天童さんを誘った経緯もあり、二人はいつも一緒に行動していた。
部活に来る時も、二人は一緒。少なくともわたしはそれしか見たことがない――だから、余計な邪推をしてしまう。
もしかして、陸を待っているんじゃないの?
天童さんって、彼氏とかいるの?
わたしは唐突に切り出した。
やめておけばいいのに、何故か地雷原に踏み出そうとするの止められない。
これ以上、陸の浮気疑惑については考えないようにする。そう決めたはずだったのに。
えっ!? あたしですか? いないです!
そうなんだ? 意外だね、可愛いのに
お世辞ではない。天童さんは取り立てて美人というわけではないが、愛嬌がある可愛い系だと思う。積極性もある。
でも、陸の好みかな?
いえ、あたしなんて全然。先輩こそ、付き合っている人とかいるんですか?
……いないよ。今はそういうの、いいかな
本当ですか?
否定したわたしを、まるで疑うように見る。陸との関係を知っているみたいに。
あたし、付き合ってはいないけど……好きな人はいます
直感する。おそらく陸のことだ。
陸が好きで彼を見ているのならば、泉のように陸の気持ちにも気づくに違いない。だからわたしを敵視する。
もちろん、表面上は笑っている。それはわたしも同じだから、よく分かった。
そうなんだ、片想いなの?
今は、まだ
天童さんは小さくそう言って、そして――
でも絶対、振り向かせて見せますから。だから、その気がないなら陸くんのことはもう放っておいてあげて下さい
あくまで知らないふりをするわたしへの。
これは、宣戦布告なのだろうか。
ごめん……よく分からないけど、天童さんは椎名くんのことが好きってこと?
部室の扉が開いたのは、わたしが取り繕った笑顔で、首を傾げて見せた時だった。
陸の姿を見た途端、天童さんは何事もなかったかのようにわたしから顔を反らした。
先輩……こんにちは。天童も来てたんだ?
陸くん……
陸も陸で、わたしたち二人を見てどこかばつの悪そうな顔をする。
やはり、キスをしていたという泉の話は、見間違いでもなんでもなく、本当の話のように思う。少なくとも、何かある。
珍しい組み合わせでしょ? わたしたち
確かに、そうですね。天童はいつも皆川と一緒だから
わたしは微笑んで、陸を部室の中に招き入れる。
そして、部室の中央に並べられた机の、天童さんの隣の席をあえて勧めてあげた。
いつも一緒なんて、大げさだよ。確かに、茉奈ちゃんとは小学生からの付き合いだけど
……そんなに長いの?
はい。小学生の時に、スイミングスクールで仲良くなって、それからずっとなんです
天童さんは、わたしにも愛想よく答えた。先程の挑戦的な発言は幻かと思ってしまうほど。
それでも、わたしと違って純粋なんだろう。表面上わたしと陸は付き合いを隠しているから、彼女には好きな男の子をその気もなく誘惑する悪女にうつる。
ある意味それは事実だけど、そんなことに憤って、先輩であるわたしにも怯むことなく向かってきた。純粋で、無垢で、馬鹿正直。
そんなところが、更に苛立つ。
スイミングかぁ、懐かしいね。わたしも少しやってたよ。とっくに辞めちゃったけど
あたしは、中三の夏までやってました
もしかして、選手コースとかで泳いでたの? すごいね
まぁ……でも、市レベルでそこそこな感じだったし。先がないなって思って辞めました。だから、陸くんみたいな才能が羨ましかったです
不意に視線が陸へと移る。すると、陸はまたもばつが悪そうに顔を背けた。
才能とか言い過ぎ。運で勝ってただけだから、俺は
ああ――もしかして二人は、同じスクールだったの?
はい。びっくりしました……陸くんが同じ高校で、同じ部活だった時は。まさか水泳を辞めてるなんて
どうやら、天童さんはただのクラスメイトではなかったようだ。何年の付き合いになるかは知らないけれど、確実にわたしのそれよりは長い。
絶対に振り向かせる――なんて自信は、過ごした時間の長さから?
だけど、それはあなたの勘違いだから。
ねえ、陸くんは何で辞めちゃったの? 本当にこの先もやらないつもりなの? 全国の表彰台も狙えるって、コーチ達も言ってたのに
まあ、いいじゃん俺の話は。過去の話だよ
ムカつく。
その、自分だけが陸くんの過去を知ってます感。
陸も陸だ。こんな子とキス、なんて。
浮気もいいところ。
いいじゃない。さっきも、二人で椎名くんの話をしてたんだよ?
え? 俺、ですか
――っ!?
ああ――ムカつく、ムカつく、ムカつく。
二人への苛立ちは募るばかり。
まさか、と驚いた顔をした天童さんが目に入ったけれど、構わず言ってやった。
今朝、二人が校舎裏で一緒にいるところ見たの。隠すなら、もっと上手くやった方がいいよって
言葉を失った二人をよそに、わたしは用事を思い出したと言って部室を出た。
日の当たらない廊下のひんやりとした空気が、わたしの頭を現実へと引き戻していく。
途端に、酷く、動揺した。
動悸が収まらない。自分でも分からない。
急に用事なんて、わざとらしいにもほどがある。
そうじゃない。そうじゃなくて。
わたし、一体、何を……?