入学式の翌日。早朝の生徒玄関前で、さっそく新入生に対する部活勧誘が始まる。

派手な運動部の勧誘の横で、わたしたちの部は地道にビラ配りを続けていた。

旅行研究同好会――実は部ですらない、同好会。耳慣れない名前ではあるが、活動内容はその名の通りだ。

旅行研究同好会でーす。よろしくお願いしまぁす

柏木泉――明るくて、可愛くて、優しくて、純粋で。非の打ち所のない、わたしの友人が配るビラは、次々に捌けていく。

紗己子も配りなよ。結構楽しいよ? プラカード、代わるから

隣でプラカード持ちに徹するわたしに、泉は屈託なく言った。

紗己子

いいよ。今日はもう終わるし……

始業時間まであと十分に迫り、登校してくる新入生はほとんどいなくなっていた。わたしたちもそろそろ引き上げなければ遅刻になってしまう。

じゃあ明日は、交代だね

紗己子

うん。ありがとう

本当はプラカードを持って立っている方が楽だから嬉しい、なんて言ったら泉はどんな顔をするだろう。

言えるわけない。だけど、取り繕うことだけが得意なわたしは、いつかこの友人に全てを見透かされてしまいそうで、時々怖い。

今、この瞬間も、わたしの中にはどす黒い感情が渦巻いているというのに。

登校する新入生の中、異母弟の姿を探してみた。だけど、見つけることはできなかった。見逃したのかもしれないし、見た中にはいなかったのかもしれない。
まあ、見つけたところでどうするのか。それはまだ決めていなかったわけだけれど。

急ぐことはない、時間はたっぷりあるのだから――と、そんなことを考えながら、引き上げるために荷物を片付けていた時だった。

???

柏木、菅原。朝から悪いな


背後で知った声を聞いた次の瞬間、泉の声が弾んだ。

部長! 遅いですよぉ。もう終わっちゃいましたから!

部長

悪い、悪い。明日からは俺も手伝うし


もうすぐ校門も閉められる――そんな時間になって、ようやくやって来た旅行研究同好会の部長。彼は、じゃれあうように泉と挨拶を交わした。

そんな二人を、わたしはただ眺めていた。二人が眩しく見えるのは、太陽のせいだけではない……と思う。

部長

菅原も、助かったよ


不意に笑顔向けられて、どきりとする。

紗己子

いえ、わたしは……何も

部長

ありがとな


いつも通りに微笑めば、ぽんと頭を叩かれた。

紗己子

ずるい。そんな風に言うのは

でも部長が遅刻ぎりぎりなんて、珍しいですよね。何かあったんですか?

部長

電車が遅れてさ。人身事故

ああ……最近なんだか多いですよねえ。私もこの間……

すぐ近くにいる二人の会話を遠くに聞きながら、わたしは荷物を持って歩き出す。

お似合いの二人だ。邪魔をする気にもならないほど。

始業時間まであと五分。今日は一限から数学の小テストがある。準備はしてきたけれど、見直す時間があるに越したことはない。

来週には校内模試もある。気を引き締めておかないと――と、思ったその時だった。

あっ……紗己子っ!


泉がわたしを呼んだ。しかし、振り向いた時にはすでに遅く。
死角になっていた角から飛び出して来た人影に、わたしは思わず目を瞑った。

紗己子

――っ!


 互いの肩がぶつかってよろめいた次の瞬間、聞こえてきたのは焦ったような男の子の声だった。

???

すみません! 大丈夫ですか!?

目を開けると、そこには不安にわたしをのぞき込む真新しい制服の一年生。
その瞬間、目が離せなくなった。

彼だ――父のもう一人の子供。わたしの弟。

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