母が死んでから半年。四十九日もとうに過ぎて、既に母がいない日常にも慣れてしまった。そんなある春の日のこと。

その日校門前は、入学式を終えたばかりの新入生とその保護者で混雑していた。 
満開の桜の木の下で、入学式の記念撮影をする幸せそうな家族たち。

ちょうど一年前、わたしもここで母と写真を撮った。それが随分、昔のことに思える。

そんなこと考えた次の瞬間、ある一組の家族が目にとまった。

息が――止まるかと思った。

紗己子? どうしたの

泉の声で我に返る。
友人は、急に立ち止まってしまったわたしを不思議そうに見ていた。

紗己子

ううん。なんでも

かっこいい新入生でもいたんじゃないの?

紗己子

まさか。初々しいなあって、思っただけだよ

そう言って軽く微笑んでみせれば、泉は納得したように頷いた。

確かにいいよね。なんかみんな可愛くて

入学式の後、新入生とその保護者で混雑する校門前をすり抜けて、わたしたちは駅までの道を歩き出す。

わたしは、泉に見えないように一度だけ振り返った。

間違いない、あれは父だ。
父とその愛人と、二人の間に生まれた息子。

確信に変わった途端、父に対する憤りが沸々と沸き上がる。
本妻の子と愛人の子を同じ高校に通わせて、堂々と入学式にも現れるなんて。

紗己子

いったいどういう神経をしているの

わたしが何も知らないと思って舐めているのか、それとも単にわたしがここに通っていることを知らなかったか。

多分、その両方だと思う。

昔から父は、わたしに興味がなかった。
一緒に遊んでもらったこともなければ、誉めてもらったこともない。
親戚の集まりの時だけ、白々しく母とわたしの名を呼んだ。

きっと今、父は母が死んでせいせいしているのだろう。
母の葬儀の時だって、涙一つ流さなかった。それらしく神妙な顔をしていたって、わたしには分かる。

汚らわしい男。初めから、母の実家の援助だけが目当てだった。

母を死なせておいて、自分だけがのうのうと幸せになるつもり?

許さない。そんなこと、絶対に。

ねえ、大丈夫?

紗己子

え? なにが

なにがって……さっきから、ずっと上の空だったでしょ

気づけば、駅の改札口だった。わたしと泉の家は逆方向にあるから、いつもここで別れる。

紗己子

ごめん。ちょっと考え事してた

もう、紗己子ってば。心配したんだからね

母が死んで間もないことを泉は知っているから、いつもこうして気遣ってくれる。優しい子。わたしが心許せる数少ない友人だ。

だからといって、全てをさらけ出せるわけではもちろんない。
父の不倫も、家庭が冷えきっていることも何も話してはいない。
 
話せるわけない。こんな真っ黒い感情を。

紗己子

大丈夫だよ。でもありがとう、泉

いつものように笑顔を作れば、素直で可愛い泉はほっとしたように微笑む。

紗己子

また明日、学校でね

上りのホームへ向かう階段に消えていく泉を見送りながら、わたしはどうしようもなく沸き上がる苛立ちを噛み殺した。

何度思い出しても腹が立つ。
もう母のことなど忘れたような顔の父。
わたしたちから盗んだ幸せを、当然のように謳歌する女。
そして、何も知らない異母弟(おとうと)。

両親に愛されて、自分の罪深さも知らないから、ヘラヘラと笑っていられる。それが憎い。

紗己子

壊れちゃえばいいのに……

不意に浮かんだ考えが、何故かとても魅力的に思える。
どうして今まで思いつかなかったのだろう。
もっと早くに、そうすればよかった。
わたしにはその権利があるのだから。

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