わたしの母親は、資産家令嬢として生まれ、生粋の箱入り娘として育った。
そんな母は、大学で父に出会い恋に落ちる。
そして二十四歳の時に結婚し、翌年にはわたしが生まれた。

何もかもが順風満帆。母は、幸せの絶頂にいる――はずだった。

どうして、パパはかえってこないの?

わたしが物心ついた頃、父は数日に一度家に顔を出せばいい方だった。

幼稚園の友達のパパは、毎日一緒に遊んでくれるらしい、と聞いたわたしはよく母を困らせた。

その度に、母は寂しそうに言ったのだった。

……パパはね、おしごとがいぞがしいの。だから、しかたないのよ

娘とはほとんど顔も合わせない父の代わりに、母はよくわたしと遊んでくれた。

度々、母方の祖父母の家にも行った。祖父母もわたしを可愛がってくれたし、父がいない寂しさはそれほど感じなかった。

父なんていなくても幸せだった。
だけどそれは、長くは続かなかった。

わたしは成長するにつれ、自分の家の異常に気づいていく。
この頃には、父はほとんど家に寄り付かなくなっていた。

表向きは仕事ための別居。母自身がそう言っていたのに、母は毎夜帰らぬ父を嘆いて泣く。父のことを訊ねれば、ヒステリックになって叫んだりもした。

それでも、母は娘のわたしには父の悪口は言わなかった。
ただ一人で病んで、病んで、落ちていった。

わたしが父の不倫を知ったのは、中学生になってから。祖父母に貰ったお小遣いを貯めて、探偵を雇った。

この年頃になれば、大体の想像はついていたし、父に愛人がいたことにはそれほど驚かなかった。

驚くべきはその先。父と愛人の付き合いは、母よりも長かったのだ。出会ってからの時間も、男女としての仲も。

ならば何故、父は母と結婚したのか。

その答えは、母の実家と父の実家にあった。父の実家は会社を経営していて、父はその家業を継いでいる。しかし当時、会社は経営難で、会社の存続には莫大な資金が必要だった。
 
そこに現れたのが、資産家の一人娘で父に恋した母。
父は母と結婚し、母の実家からの支援金で会社の立て直しに成功する。

その間、愛人との関係は続けたままで、わたしが産まれた翌年には異母弟すら産まれていた。

結局のところ父は、少しも母を愛してなどいなかったのだ。

夫婦としての生活はほんの短い期間だけ。
あとは仕事と称して、愛人のところに通っていた。

母の不幸は、その心の弱さだったのかもしれない。
ついに病に倒れ、死に至るまで、母はとうとう父を糾弾することができなかった。

そんな母を哀れには思う。
けれど、尊敬はできなかった。

わたしなら絶対、絶対、あんな男を許さない。
母が死んだとき、そう思った。

1 プロローグ わたしの母の話

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