まさかの、現場にやってきた刑事さんが奈緒の親父さんだったという事実に驚く僕を無視するように、相月刑事は矢継ぎ早に部下に指示を下していた。

相月刑事

お前たちは別室で一人ひとり事情聴取を取れ
こっちは、この奴さんの身元を洗って死因を調べる

相月刑事の指示に頷き、警察の人たちが手早くそれぞれの仕事に掛かろうとしたときだった。

奈緒

死亡したのは矢賀磊孝信(やがらいたかのぶ)さん、42歳
死因は青酸カリによる青酸中毒
口から独特なアーモンド臭がしたから間違いないわ

マサヒロ

死亡推定時刻は、事件発覚の直前
ちょうど刑事さんたちが到着する1時間くらい前っすね……

鏡花

青酸カリが食べ物や飲み物に混入されていた形跡がないことから、被害者の口内に直接投与されたものと思います

奈緒

ついでに、そこの同僚さん曰く、自分中心のでっかい商談に失敗して落ち込んでいたらしくて、それが原因で自殺したって話よ?

これからドラマや映画などで見かける道具を取り出して現場検証をしようとしていた警察の人たちや、相月刑事がぽかんとした顔で奈緒たちを見る。
その対象に僕も含まれていることに納得できないでいると、相月刑事が深々としたため息と共に乱暴に頭を掻いた。

相月刑事

おまえらなぁ……
素人が勝手に現場検証した挙句に警察の仕事を取り上げるんじゃねぇよ……
奈緒……お前にはいつも言って聞かせてるだろうが……
刑事の仕事は刑事に任せろって……

奈緒

だって……
目の前で人が死んだのよ?
一刻も早く真実を明らかにするべきじゃない……
じっとなんてしてられないわ……
ね?
先生!

自分の感情に素直なことはいいことだと思うけれど、それに僕を巻き込むんじゃありません!
僕は死体を見慣れているわけでもなければ、推理もできないただの一般人なんだから!

そんなことをつらつらと考えていると、件の同僚の人がおずおずと前に出てきて、いろいろと話し始めた。

東海林

俺は東海林雅彦(しょうじまさひこ)です……
こいつと同じ会社の同僚で……
こいつ……商談に失敗したからってすっげぇ落ち込んでたんす……
だから、美味いモン鱈腹食わせてやれば元気になるかなってここに入ったんすけど……
俺が目を離したとたんに……

マサヒロ

自ら持っていた青酸カリを飲んで自殺した……と?

言葉を引き継いだマサヒロに頷き返す同僚の東海林さんに、今度は鏡花さんが問いかける。

鏡花

それじゃ、この大量のメニューはあなたが?

浅海

あの……
私がここのテーブルのお客様の注文を受けたんですけど……

奈緒

あんたは?

浅海

ここでアルバイトをしてる浅海(あすみ)と言います……

奈緒

それで?
そのアルバイトさんは何を言いたいの?

だから何で奈緒は誰に対してもそんなに偉そうなんだよ……。
ほら、お父さんもため息ついてるじゃん……。
そんな僕の内心のツッコミに反して、浅海さんは特に気にした様子もなく話を続ける。

浅海

その……
ここのお客様たちは、それぞれで注文をされていました……

鏡花

つまり、この死んだ矢賀磊さん自身が注文したということ……ですね?

浅海

はい……
それに、料理を運んできたときには、嬉しそうに料理を受け取っていたと思います……

奈緒

そう……
ありがと……

短くお礼を言った奈緒は、何かを考えるように眉にしわを寄せるなか、刑事の一人が相月刑事に話しかけた。

毒物の入手ルートが判明しました
どうやら近所の鍍金工場から数日前に盗難されたものらしいです……
管理番号が一致しました

それを聞いた途端に、奈緒が何かを確信したように頷いた。
そしてそれは、マサヒロや鏡花さんも同じらしく、三人はしばらく何かを相談しあった後、くるりと相月刑事や東海林さんを振り返った。

鏡花

そこの刑事さんの言葉で真相が分かりました

マサヒロ

俺もっす
やっぱり今回の事件は自殺ではなく殺人事件……

奈緒

推理は整ったわ……
さぁ、すべてを白日の下に晒しましょう……

奈緒が決め台詞を言い、そして彼らの推理が始まった。

奈緒

今回の事件、先生も私たちも自殺という意見は最初から持ち合わせていなかったわ……
だって、自殺と言うにはあまりにも状況が不自然すぎるもの……

マサヒロ

さっき、そこの東海林さんは言ったっすよね?
この被害者はでかい商談に失敗して自殺を図ったと……

東海林

あ……ああ……
それが何か?

鏡花

おかしいと思いませんか?
その話を事実だとすると、この人は突発的に自殺をしたことになる……
けれど、被害者が口にした青酸カリは数日前に近所の工場から盗まれていたもの……
どう考えても辻褄が合わないんです……

確かに、と僕や相月刑事が納得する一方で、東海林さんが戸惑ったように口を開いた。

東海林

そ……それは……
前々から自殺を考えていて……
今回のことがきっかけで自殺したんじゃ……

奈緒

だったら青酸カリなんて回りくどい方法を使うと思う?
青酸中毒ってドラマやアニメなんかと違って、すぐに息絶えるほど楽なものじゃないのよ?
細胞中の酸素が奪われて、散々苦しむの
いわば、窒息死と同じよ?
突発的な自殺にそんな方法を使うと思う?
私だったら、そこらにあるナイフで心臓を刺したりとか、もっと楽な方法を選ぶわ

そう言われれば確かにそうだ。
でも、じゃあ誰が毒を盛ったのだろう?
そんな僕の疑問を察しわけではないだろうけど、奈緒が満を持してびしりと東海林さんを指差した。

奈緒

今回の事件の犯人はあなたよ、東海林……
あなたは前々からこの人を殺害する計画を立てていた……
そしてそのために、近所の工場から青酸カリを盗み出しておいた……

マサヒロ

そして、今回の商談失敗を自殺のきっかけにすれば殺人を隠せると思って犯行に及んだ……

鏡花

被害者がH2ブロッカー、いわゆる胃酸過多を抑える薬を飲んでいたことを知っていたあなたは、その薬そっくりに偽装した青酸カリを、H2ブロッカーに混ぜた
もしかしたら、確実に飲ませるために直接手渡ししたのかもしれないけれど、ともかく毒を飲んだのを確認して、あなたは席を立った
違いますか?

高校生三人に詰め寄られ、頬を引き攣らせた東海林さんは、乾いた笑いを浮かべながらも反論してきた。

東海林

は……はは……
何を馬鹿なことを……
大体証拠もないのに、何で俺を犯人だって決め付けるんだよ……

奈緒

証拠は……
確かにないわ……
けど……、すべての状況があなたを犯人だと……

東海林

ふざけるな!!
証拠もないのに人を疑いやがって!!

怒鳴り、肩を怒らせる東海林さん。
それに対して、さっきまで勢いよく推理を披露していた奈緒たちは、どこか意気消沈したように僕を見た。

……正直そんな顔をして僕を見ないで欲しい……。
ぼくはやっぱり奈緒たちと違って推理なんてできないんだから……。

奈緒たちの縋るような視線から逃れるように、料理が載ったテーブルに目を向けた僕は、そこで感じた疑問を何気なく口にした。

正太郎

あの……
この料理って、死んだ矢賀磊さん自身が注文したんですよね?

東海林

その通りだけど、何だよ?

正太郎

いや……
よく知らないんですけど……
これから自殺しようって人がこんなに料理を注文するものなのかなって……?

相月刑事

まぁ……それは確かに……
ああ……でも、それは最後に自分の好きな料理を食べたかったんじゃ?

口を挟んでくる相月刑事に、小さく首を振る。

正太郎

だったら、せめて料理を食べてから自殺するんじゃ……

僕がそういった途端、突然東海林さんががっくりと膝を追った。

東海林

ぐっ……
まさかこんなにあっさりとばれてしまうだなんて……

東海林

そうです……
その子たちの言うとおり、俺がそいつを殺しました……

なんか、いきなり態度を変えて東海林さんが語り始めた!?

東海林

俺の妹はこいつと付き合っていたんです……
けど、こいつは妹を弄ぶだけ弄んであっさりと捨てた……
妹は結婚まで考えていたのに……
それが許せなかった……
だから殺したんです……
この子たちが言うように、毒を薬だと偽って手渡しして、直接飲むように仕組みました……
青酸カリは糖分で毒じゃなくなることは前に聞いていたので……

がっくりと項垂れ、すべてを独白してから、東海林さんは自ら両手を前に出す。
それを受けて、相月刑事はどこからか手錠を取り出すと、それを東海林さんに嵌めた。

相月刑事

東海林雅彦……
殺人容疑で逮捕する……

そのまま肩を落として店から出て行こうとした東海林さんは、くるりと僕を振り返った。

東海林

君……
横島君だったか?
見事な推理だったよ……

そういい残して、相月刑事と一緒に彼は立ち去っていった。
そして、後に残された僕はといえば……。

奈緒

さすが先生!
私たちですら気付かなかったことをあっさりと見破るとは!!

マサヒロ

しかもそれがきっかけで犯人が自白するように仕向けるとか!
流石っす!!

鏡花

私たちはまだまだだということがよく分かりました!!

何か、勘違いがさらに進んだ気がする……。

数日後。
新聞の片隅に、今回の殺人事件のことが小さく報道され、その事件を解決に導いた立役者として僕の名前が載り、母親がそれを発見して盛大にコーヒーを吹き出したのはまた別のお話。

File10 初めての殺人事件 解決編

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