穂波さま

いや、召喚されたから、ではなくてじゃ

リピカ

うーん、それ以外言い様がないのです

穂波さま

本来の仕事はどうなったんじゃ。アカシック・レコード、もとい星霜の書は記録せねばならんじゃろう?

リピカ

いえいえ、私は分霊体(わけみたまからだ)なのです。本体のはいまもせっせっせーと記録しているのです

穂波さま

分霊体、じゃと? そんな宇迦の小娘じゃあるまいし

今この世界にいる神様はだいたいが分霊体ですよ?

リピカ

はいい、そうなんですよ

穂波さま

そ、そうなんじゃな

ええ、神様本体を持ってこれるほどの召喚は召喚器が耐え切れませんし、
それに召喚できたとしても、影響度が強すぎて世界が狂ってしまうので

リピカ

なので、分霊体が基本なのです。特に名のなる神様や、概念となるとそうならざるを得ないのですよ

穂波さま

なるほど、なのじゃ

まあ、分霊体といっても、出力する限界が違うだけなので、本質と役割は同じです

リピカ

そうなのです。なので、過去見ちゃってもいいです? 索引だけでもできると、おもしろい本を紹介……

だめ、リピカ

 と、司書室の奥のほう、表に出していない本を保存する保管庫の方から、女の人の声が響いた。

リピカ

えー、歩香、ひどいです

穂波さま

な、なんじゃ?

 驚く穂波さまが向く方から、黒いブラウスに赤いカーディガンを来た赤いメガネが印象的な女性が這い出てきた。

ああ、歩香さん。こんにちは

歩香

や、少年。今日も元気にご本読んでるかい?

ええ、ほどほどに。またそこで寝てたんですか?

 少しぼさっとした髪を見て、僕は尋ねる。

歩香

そ、流石に四本翻訳してたら意識ぶっ飛んでた

 はっはっは、と快活に笑う歩香さんは、凄腕の翻訳家だ。

 スピードもさることながら、言語の歴史、その本の脈絡、作者の意図を受け継ぎながら、現代の日本語に落としこむのが上手いと評判だ。

 書籍限定だけど。

相変わらずですねー

 僕もはは、と笑う。

リピカ

歩香ー過去みたいですー

 リピカさんはすたたた、と歩香さんに近づき、涙声で訴えていた。

歩香

だめ。あれやるとあんた面白がって数日戻ってこないくせに

 すぱっと却下。さすがだ。

リピカ

歩香はずっと本読んでるじゃないですか

歩香

だって、これは私があんたに願ったことじゃない

リピカ

そうですけど

 リピカさんはそれでも納得していない様子だった。

穂波さま

誰じゃ、こやつは

 そして、事態をよくわかっていない穂波さまのターン。

ああ、この人は

歩香

おっと、私は自分で名乗るよ、少年。どうもはじめまして、私は湯崎歩香。このリピカの神付きさ

穂波さま

なるほど、お主がそうなのか

歩香

で、あなたは穂波山に居た神様だね? やっぱり狐神だったか

穂波さま

な、なぜ分かるのじゃ!?

歩香

なぜって……全部読んだから?

穂波さま

何をじゃ?

歩香

ここらへんの郷土史全部、一通り

 素っ気なく、歩香さんは答えた。

 歩香さんは本の虫だ。
 なにせ、リピカさんを召喚する時に願ったことが

『一生、本を読んで暮らせるようにしてくれ』

 なのだから。

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