次の日の土曜日。



 坂東川の改札口で飯塚さん達と待ち合わせていた。



 現在僕が通う学校、そして僕の住む家があるのはS市光明寺であり、坂東川駅はその最寄駅から三駅離れたところにある。




 光明寺駅周辺はのんびりとした印象だ。



 お客のおばちゃんと店主がバカ笑いしているお肉屋。


 3パック買うと2割引の特典を猛烈アピールしているオッサンの惣菜屋。


 猫だらけの手芸店。


 生活感を感じるどこかのんびりとした商店街が目の前にあった。






 対する坂東川は、高いビルが立ち並ぶオフィス街であることが電車の窓からも伺えた。

 駅前は、前方もしくはやや斜め下を直視しながら早歩きしている人間でごった返していた。




 しばらくして美術部の男子が二人一緒にやってきた。


 確か、名前は加藤君と東川君だったか。



 遅れること十五分、部長の飯塚さんが満面の笑顔で駅のホームに現れた。



 そういえば僕はここに越してきて……
 いや、高校生になって学校の友達と休日を過ごしたことがあっただろうか。



 この場に集まった彼らの私服姿と斜め上から照らす日光。


 休日を過ごしてるなぁと思わず感慨にふけってしまう。




 ふと、他の人たちはどのような休日を過ごしているのだろうと考えた。



 アキオ君たちは今時の高校生らしく遊んでるのかな。


 山根さんはどうだろう。

飯塚俊司

それじゃ、ついてきてよ。
いいとこがあるんだ。
そこに行くとワクワクしすぎて、いっつも腹を下してしまうほどなんだぜ

 飯塚さんはうれしそうに、僕らに向かって言った。



 駅を後にし、大多数の人間が向かう方角を歩いて行くと、賑やかな商店街にたどり着いた。



 おしゃれなカフェやレストラン、デパートに映画館、でかい本屋などなど、あらゆるお店が左右にズラッと並んでいる。


 道端では楽器を持ち込んで路上ライブをする若い四人組や、広場で大道芸を披露する者までいた。



 僕は飯塚さんの観光案内を聞きながら、人ごみをかき分け前へと進んだ。


 しゃべっているのは飯塚さんのみで、僕と他二人は相槌を打つのみだった。







 十五分ほど歩いたところで、飯塚さんが立ち止まった。


 続いて僕らも立ち止まる。






 ようやく目的の画材屋にたどり着いたようだ。



 一、二、三、四……五階建て?


 この大きな建物すべてが画材屋なのか?

飯塚俊司

まあ、画材屋というかでっけぇ文房具店なんだ。
ここで手に入らない画材なら、もうネットでもなかなか見つからないんじゃないかな

 なるほど、これは僕でも中を見るのが楽しみになってきた。



 店の自動ドアを抜けて中に入ると、文房具店特有の静かな香りが僕を包んだ。



 僕は左から右へ顔を大きく動かすように全体を見渡した。



 一階から五階まで吹き抜けになっている。


 さらに体を斜めにして奥の方を覗いた。



 綺麗に陳列された雑誌。ズラッと並んだペン類、紙類、消しゴム類。



 いやぁ、これはテンションが……。



 うん、別に上がらないかな。


 さて、画材はどこだ?

飯塚俊司

画材は四階に一通り揃ってるんだ。
行こうぜ行こうぜ

 飯塚さんは無邪気にはしゃぎながらも抑えた声で言った。


 一応、周囲の雰囲気に気を遣ったようだ。



  若者らしく階段で四階まで上り、画材コーナーにたどり着いた。


 本当はエレベーターを使いたかったが、飯塚さん曰く階段の方が早いとか。

飯塚俊司

渡利君は鉛筆デッサンがやりたいんだったよね。
だったらそうだな。
スケッチブックと鉛筆と練り消しは必需だな。
あとは

 飯塚さんは指折り数えながら必要なものをピックアップしていった。



 他二人はいつの間にかいなくなっている。


 どうやら各自、掘り出し物を探しにいったようだ。

飯塚俊司

うぐほ!

 飯塚さんがいきなり顔を歪めて低音の声を発した。

飯塚俊司

すまん渡利君。
毎度お馴染みのやつがきた。
ちょっと大きい方行ってくる

 飯塚さんは腹を抑えながらお手洗いへと退場していった。


 ワクワクがリミットを超えたようだ。



 別に時間はあるし、どんな画材があるのかゆっくり眺めるのも悪くない。



 僕は目の前に陳列されている鉛筆を眺めた。



 鉛筆といえばHから2Bくらいまでしか見たことなかったが、3Hとか6Bまである。



 この濃さの違いで立体を出すわけか。






 そう思うと、すぐにでもいい絵が描けそうな気がしてきた。



 不意に……。


 軽い何かが僕の左こめかみに当たり、ポトンと床に落ちた。



 その物体を確認する。


 小さい消しゴムだ。



 つまりこの消しゴムが飛んできて僕に当たったわけか。




 続いて飛んできたと思われる方向を見た。



 そこには小学校低学年くらいの小さな男の子が立っていた。


 くせっ毛でところどころ寝癖らしきものが跳ねているが、なかなか可愛らしい顔をしている。


 その子は白いシャツと紺のズボンを身に付け、まるで入学式を思わせるような格好を……。



 どこかで見たような気がする。


 どこかで。




 だが、親戚以外に子供の知り合いなどいないので、気のせいだということにした。



 その男の子は悪びれた様子を見せず、無垢な顔で僕に手を振った。



 そんなことをされても困る。


 子供の期待に応えられるほど僕は社交的でもなければ子供好きでもない。



 僕は無視して目の前の鉛筆を手に取ろうとした。



 コツン。


 また何かが左こめかみに当たった。


 床にはもう一つの小さな消しゴム。




 少しだけ怒った表情を作って男の子を見た。



 彼は黒目を上に向けて身を乗り出し、僕に向かって舌を出した。



 そんなことしたって、本当はただ相手して欲しいだけなんだろう。



 引き続き無視しようとすると、彼は第三弾の消しゴムを砲撃する素振りを見せた。

渡利昌也

ちょっ!

 僕は口からそれだけを発し、早足で彼のところへ向かった。

???

わ!


 彼は驚いた顔をして素早く左の方向へ逃げた。


 隣の棚の列へ隠れたのか、それとも逃げた方向にある階段へ向かったか。


 どちらにしても小学生が高校生の足から逃れられる術はあるまい。



 まあ、追いついたとしてもちょっと注意して終わりだけどね。




 僕は大人なのだ。



 走って階段の方へ行ったのなら、あの子の姿をすぐに確認できたはずだ。


 姿が見えないとなると、どこかの棚の列に隠れたな。




 僕は一つ一つ画材コーナーの列を確認して回った。



 だが、あの男の子はいなかった。



 そして四つ目の列を見たとき、男の子ではなく意外な人物を見つけた。


 いや、長い髪に隠れて顔がよく見えないので、正確にはもしやと思っただけだ。



 確証は得ていない。



 その人物がいる列は『漫画コーナー』という札が天井から垂れ下がっていた。



 そして見覚えのある猫背と寝癖の跳ねた長い髪に、チラチラ見えるメガネのフレーム。



 何かのキャラクターがプリントしてある真っ黒いトレーナーに、濃いジーンズの私服姿だが、ここまで条件がそろうと例の女子だと考えるのは至極当然の思考であろう。

渡利昌也

山根……さん?

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