照明の落とされた、喫茶『ぷらんく』の最奥には、小さなお立ち台が設置されていた。

その前に並べられた椅子は四脚。

左から順に、私、あんな、女の子、男の子が腰を下ろしている。

おにいちゃん、なにがはじまるの?

しー! いいから見てろって

待ちきれない様子の妹を、兄が小声で諫める。

直後、お立ち台の上に、EARTH・RAYの三人が姿を現した。

パッと間接照明が灯り、お立ち台周辺だけを明るく照らす。

葛城天音

アースレイ・レッド! 葛城天音!

一ノ瀬透子

アースレイ・ブルー……一ノ瀬透子

神楽柚希

アースレイ・グリーン♪ 神楽柚希

葛城天音

愛と元気の力で地球を救う全力救世主アイドル! アースレイ!

名乗りが終わった瞬間、音楽が流れはじめた。

アースレイだ!

な! 言っただろ!

目を輝かせる妹に、兄は自慢げな笑みを浮かべてみせる。

そんな二人を、天音は微笑ましそうに見つめていた。

葛城天音

さあ一緒に! フレー! フレー! フレー! 地球!

ふれー! ふれー! ふれー! わたし!!

一ノ瀬透子

愛のリズムでドキドキさせて!

竜胆あんな

フレー! フレー! フレー! みんな!!!

女の子だけでなく、あんなまでもが一緒になって声を上げる。

神楽柚希

君と地球に舞い降りた!

葛城天音

全力救世主アイドル!

「 アースレイ!」

小さなお立ち台の上で、三人は器用に入れ代わり立ち代わりパフォーマンスを披露していく。

幼い兄妹は歌を完璧に覚えているようで、一緒になって唄っていた。

葛城天音

フレー! フレー! フレー! みんな!!!

掛け声を最後に、音楽がフェイドアウトしていく。

次の瞬間、パッと店内の明かりが灯った。

葛城天音

ハッピーバースデー!

天音の声に合わせ、透子と柚希がクラッカーを鳴らした。

ふわあ……! おにいちゃん、ほんとにアースレイとともだちだったんだ……!

興奮しているのか、女の子は頬を真っ赤に染めて兄を尊敬の眼差しで見つめている。

そんな妹からの視線を、男の子は照れくさそうに、けれど誇らしげに胸を張って受け止めていた。

神楽柚希

ふふふ、サプライズは大成功のようですわね

竜胆あんな

この子の誕生日のお祝いだったんですね

一ノ瀬透子

お兄ちゃんの方が、天音と公園で知り合って友達になったとかで。EARTH・RAYファンの妹のためにライブをするって、勝手に約束してきちゃったのよ

口ではそうは言いつつも、喜ぶ兄妹の姿を見て、透子は嬉しそうに顔を綻ばせている。

神楽柚希

天音さんは芸能人オーラは皆無ですけれど、なぜか昔から子供には人気があるんですの

月城虎子

へえ、意外ね……

神楽柚希

まあ、同レベルだと思われているだけかもしれませんが

葛城天音

柚ちゃんひどーいっ!

天音のその声に、ふっと場の雰囲気が和らいだ。

次の瞬間、誰もが堪えきれないといった様子で笑いはじめる。

最初はきょとんとしていた天音も、みんなに釣られて最終的には笑っていた。

月城虎子

……常識はずれだし、イロモノだけれど、こういうライブも悪くないわね……

狭い店内だからこそできる、観客に寄り添うような空間作り。

小さなステージを器用に生かしたライブは、個々のパフォーマンス能力の高さを感じさせるものだった。

広い舞台の上でも、きっと映えることだろう。

竜胆あんな

えへへー、いいですよねー

そんな私の評価を聞いて、あんなは嬉しそうに微笑んだ。

なぜ、あんなが喜ぶのだろうかと、内心首を傾げる。

理由を尋ねるべきか思案していると、お立ち台の上からコントのような掛け合いが聞こえてきた。

神楽柚希

せっかくのサプライズですし、もう少しインパクトがあってもよかったかもしれませんわね

葛城天音

例えばどんな?

神楽柚希

そうですわね……間奏部分で激辛ケーキロシアンルーレットに挑戦する、なんて面白そうじゃありません?

一ノ瀬透子

絶対イヤよ、そんなの! 大体、その手のものは私に回ってくるんだから!

葛城天音

じゃあ、私やってみたいなー

大きく首を振って拒絶する透子の横で、天音が手を上げた。

一ノ瀬透子

……え?

神楽柚希

いえいえ、ここは私にお任せくださいな

そう言って、柚希が一歩前へ出る。

一ノ瀬透子

そ、それなら、やっぱり私が……!

神楽柚希

どうぞどうぞ

透子が声を上げた瞬間、二人はさっとうしろに下がった。

一ノ瀬透子

あううっ……また乗せられてしまったわ!

神楽柚希

あら。いじめられるのが好きな透子さんには、むしろご褒美では?

一ノ瀬透子

ちょ、ちょっと! 子供の前で変なこと言わないでよ!

そんな三人のやりとりに、男の子はお腹を抱えて笑っている。

一方、女の子は、わずかな困惑と確かな呆れの混じった表情で透子を見つめていた。

私も、百年の恋も一時に冷めたような気分だった。

月城虎子

前言撤回。いいと言ったのは取り消すわ。アイドルよりも、芸人の方が向いているんじゃない?

葛城天音

えー、そんなあ……

話を聞いていたらしい天音が、がっくりと肩を落とす。

葛城天音

んんー…………あ! ちょっと待っててね!

そのまましばらく俯き、唸り声を上げていたが、突然、壇上から降りて、カウンターの裏へ駆けていった。

そんな天音の行動を見て、柚希は何かに気づいたようだ。

神楽柚希

透子さん、ちょっと手伝ってください

透子に声をかけ、脇に除けていた二人がけのテーブルへと歩み寄っていく。

一ノ瀬透子

ああ、そのことね。わかったわ

察した様子の透子が柚希を手伝い、二人でテーブルを持ち上げた。

私たち四人を少し下がらせ、女の子の前にテーブルを置く。

そして再び、店内の照明が落とされた。

間接照明だけが、ぼんやりとお立ち台周辺を照らしている。

なんだろうと様子を見守っていると、天音が戻ってきた。

葛城天音

お待たせー!

天音の手の上で、小さな炎がゆらりと揺れる。

よく見るとそれは、ホールケーキに刺さったロウソクの灯火だった。

テーブルの上に置かれたケーキの中央には、ハッピーバースデーと書かれたチョコレートプレートが飾られている。

いちごのケーキだ~!

真っ白なクリームと赤いイチゴが鮮やかなショートケーキを目の前にして、女の子は大きく身を乗り出した。

その表情は、EARTH・RAYを見たときに負けず劣らず輝いている。

どうやら、先ほどのコントもどきの記憶は、ケーキの感動に押し流されたらしい。

少し現金なところも、あの子に似ているなと改めて感じた。

葛城天音

ロウソクを消すのはお祝いの歌を唄ってからね

ウィンクを投げかけられ、女の子は頬を赤く染めてこくこくと頷く。

葛城天音

実はね、今日はシークレットゲストがいるの。私たちのお友達、あんなちゃんだよ

そう言って天音は唐突に、女の子の隣に座っていたあんなの手を引いた。

竜胆あんな

え? ええっ? 私?

促されるままに立ち上がりながら、あんなは戸惑ったように首を巡らせる。

ふーん……あんなも、きゅーせーしゅアイドルなの?

竜胆あんな

私は救世主というよりは宇宙じ……じゃなくて! ゲストなんて聞いてないよ!

あんなの叫び声に、私はハッと我に返る。

予想外の事態に思考が追いつかず、つい流れを見守ってしまっていた。

慌てて、うしろからあんなの腰に抱きつくようにして引き止める。

月城虎子

ダメよ。うちのあんなには、あなたたちのようにイロモノみたいなことはさせないから

きっぱり宣言すると、天音は驚いたように目を瞬かせた。

お立ち台の上にいる透子と柚希も、不思議そうに顔を見合わせ、何やらこそこそと話している。

神楽柚希

もしかして、あんなさんのこと、ご存知でないのかしら?

一ノ瀬透子

そういえば、テレビ局で初めて虎子さんに会ったとき、あんなは私たちと知り合いなことを隠そうとしていたような……

神楽柚希

なるほど……それはそれで、面白いことになりそうですわねえ……

話の内容はよく聞こえなかったが、善からぬことを考えていそうな笑みを浮かべてこちらを見やる柚希に胸がざわめく。

月城虎子

何?

眉を顰めて問うも、柚希は微笑むばかりだ。

葛城天音

いいからいいから! 一緒にお祝いの歌を唄って?

イヤな空気を散らすように、天音が声を上げた。

竜胆あんな

まあ、それくらいなら……

月城虎子

ちょっと、あんな!

竜胆あんな

だって、虎子さん……隣……

チラチラと目線で促されてあんなの右隣を見ると、兄妹揃って恨みがましそうな目をこちらへ向けていた。

心なしか、ロウソクが短くなっているような気がする。

月城虎子

うっ……仕方ないわね。お祝いの歌だけよ

無言の訴えに負けた私は、そう言って手を離した。

あんなは天音に導かれるまま、お立ち台へと上がっていく。

小さなステージはやや定員オーバーのようで、四人は身を寄せ合うようにして一列に並んだ。

葛城天音

では、気を取り直して! みんなも一緒に唄ってね! さんはい!

竜胆あんな

ハッピーバースデートゥーユー

天音の掛け声で、ハッピーバースデートゥーユーの合唱がはじまる。

アイドルがアカペラで唄う誕生歌など、なんて贅沢だろう。

女の子はその価値をわかっているのかいないのか、そわそわと歌が終わる瞬間を待ちわびているようだ。

葛城天音

ハッピーバースデートゥーユー! はい、消していいよ

天音の言葉を聞き終わらないうちに女の子は身を乗り出し、ロウソクを一息で吹き消した。

わずかに暗くなった店内に、拍手の音が響く。

葛城天音

お誕生日おめでとう!

天音、今日を本当にありがとな! かっこよかったぜ!

葛城天音

どういたしまして!

店の出入り口前。
天音は男の子と、固い握手を交わしていた。

まあまあ、よかったんじゃない。その……ありがと

妹は照れくさそうに兄のうしろへ身を隠し、素直でない言葉を交えながらもお礼を言う。

そんな態度にも、天音は臆することなく女の子の手を取り、

葛城天音

よかったら、また来てね

と微笑みかけた。

き、きがむいたらね……

言葉とは裏腹に、女の子の顔には嬉しくて仕方がないと言わんばかりの笑みが浮かんでいる。

葛城天音

帰り道、気をつけてね。ケーキも落とさないようにね

おう! またな!

……バイバイ

男の子は左手にケーキの箱を、右手に妹の手を握り締め、店を出ていった。

ドアベルの音が、やけに大きく響く。

先ほどまで賑やかだった反動か、子供たちの去った店内は妙に静かに感じられた。

神楽柚希

いかがでしたか? 私たちのライブは

いつの間にか隣に立っていた柚希が、声をかけてきた。

問いかけの体ではあるものの、答えはひとつしかないだろうとでも言いたげな、自信に満ち溢れた笑みを浮かべている。

不思議と、生意気だとは感じない。

歳不相応な貫禄のようなものが、柚希にはあった。

月城虎子

……イロモノ感は拭い切れないけれど、悪くなかったわ。もしEARTH・RAYを本格的に再結成するなら、今度はあなたたちが、あんなのライブへゲストに来てくれないかしら?

そう答えながら、私は名刺を差し出す。

神楽柚希

ええ。そのときはぜひ

柚希は、隙のない所作で名刺を受けとった。

葛城天音

お待たせしましたー。遅くなっちゃいましたが、ケーキ食べていってください

私たちが話している間、天音たちはキッチンへ行っていたらしい。

人数分のケーキと紅茶を載せたトレイを持った三人が、客席へと歩み寄ってきた。

竜胆あんな

事務所にいる里見さんにもって、お土産のケーキもらっちゃいましたー!

月城虎子

あら、悪いわね。ところで……そのトレイの端にいる鳥みたいな物体は、何?

天音の持っているトレイの端。

くちばしが異様に大きく、目つきの悪い鳥らしきリアルなフィギュアが異彩を放っていた。

葛城天音

これは、スタンプを集めるともらえる当店オリジナルフィギュアです! もしよかったら、カードどうぞ

差し出されたスタンプカードを、反射的に受け取る。

二つ折りの表紙には、リアルなタッチの鳥がこちらを睨みつけているようにしか見えない絵が描かれていた。

月城虎子

こんな可愛くないもの、欲しがる人がいるの?

葛城天音

えっ、結構可愛くないですか? はしびろこうサン

月城虎子

これ、はしびろこうだったの……?

言われてみれば、かの鳥に似ているような気もする。

竜胆あんな

あれ、虎子さん知らないんですか? 小惑星探査で有名な『はしびろこう計画』のマスコットキャラクターですよ?

月城虎子

その計画は知っているわ。確か、神楽財閥の…………神楽?

符合に気づき、柚希へ目を向けると鮮やかに微笑み返された。

神楽柚希

いかにも、我が神楽家が進めている宇宙開発プロジェクトですわ。神楽が経営している一部飲食店での共通キャンペーンで、ポイントを全部集めると、はしびろこう計画の壮大なジオラマが完成するという仕組みになっていますの

月城虎子

ふうん……

この店も神楽財閥が経営しているものだということには、少し驚いた。

けれど、EARTH・RAYのライブが行える環境であることに、むしろ納得がいった。

説明を聞いても、キャンペーン自体にはあまり興味を引かれない。

なんとはなしにポイントカードの裏を見ると、ポイント経過でもらえる景品が小さな文字で羅列されていた。

竜胆あんな

虎子さんが好きな、リッケー君のフィギュアもありますよ

月城虎子

えっ!?

思わぬ指摘に、私は目を皿にして景品一覧を確認する。

上から順に読み進めていくと、半分よりも下の位置に『小惑星に降り立つリッケー君』とあった。

月城虎子

こ、これは……! 確かにリッケー君が宇宙に行く計画が本格的に進められているとは聞いていたけれど……!

神楽柚希

その情報は少し古いですわね。リッケー君はあらゆる実験をクリアし、いつでも宇宙に出られる状態となっていますわ。今後は、はしびろこう計画とのコラボグッズがもっと増える予定ですの

説明しながら、柚希はスマートフォンの画面をこちらへ向けた。

そこには、小惑星に降り立つリッケー君らしきフィギュアや、Coming Soonと書かれたシルエットの画像が映し出されている。

葛城天音

柚ちゃんが悪い顔してる……

一ノ瀬透子

しっ! 下手なこと言うと巻き込まれるわよ

竜胆あんな

虎子さん……

外野で何かを言っているのはわかっていたが、私は柚希が操作するスマートフォンの画面から意識を離すことができなかった。

神楽柚希

こんなものも、そんなものも、あーんなものも追加予定ですわ。ぜひ、集めてみてくださいな

月城虎子

くっ……仕事に追われてリサーチ不足に陥るとは、なんたる不覚……これは必ず集めなければ……!

にやりと、笑う柚希に気づくことなく。

私は、喫茶『ぷらんく』へ通うことを心に決めるのだった。

空港の国際線ロビーは、多くの人々で賑わっていた。

アナウンス

……ロサンゼルス行きは、ただいま、ご搭乗の最終案内をいたしております。21番ゲートより、ご搭乗ください

飛び交うアナウンスに急かされるように、スーツ姿の男性が、子供連れの家族が、二人組の男女が、足早に通り過ぎていく。

みなさん、こんにちはー!

窓際で青空に飛び立つ飛行機を見上げていた陸は、喧騒の中に聞き慣れた声が混じったような気がして辺りを見回した。

しかし、それらしき影は見当たらない。

そのとき、再び声が響いた。

お昼の情報番組『ヒルアンDon!』、高校生キャスターの逢沢光流です。本日もみなさんに、とっておきのピックアップ情報をお届けしてまいります! よろしくお願いします!

ロビーの隅に設置された大型テレビの画面の中。

探していた相棒の姿を見つけ、陸は苦笑を浮かべる。

嵯峨山陸

テレビか……そうだよな、光流がこんなところにいるわけないよな……

もともと老若男女から人気のあった光流は、最近、昼の情報番組で高校生キャスターとして注目されはじめていた。

いまはまだ一部のコーナーを任されているだけだが、経験を重ねていけば、司会者の道も開けるのではないかと言われている。

今日はスポーツの話題がメインのようで、昼の番組に相応しい明るく爽やかな笑顔で、VTRの紹介を行っていた。

そんな光流の姿に、陸は眩しいものでも見るように目を細める。

しばらく見入っていた陸だったが、ふいにポケットに入れていたスマートフォンが震えた。

画面を確認し、小さく息を吐く。

嵯峨山陸

そろそろ時間か……

陸はどこか名残惜しそうにテレビの中の相棒を一瞥すると、空港の奥へと消えていった――。

~ つづく ~

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