天狗さん?
天狗さん?
しばらく真っ暗な洞窟を歩いていたけれど、少しずつ明るくなってきた。
電灯のような明かりではなく、石が自然に発光しているような微かな光。
…………。
…………。
翔さんがいるであろう場所に、天狗の面をつけた人がいた………。
……こっちが魑魅魍魎っていう可能性を考えてなかった。
あ~、うん。
そうか……。
だよな……。
そもそも人がいるような場所じゃないし……。
慶子の手がギュッとボクの手を握る。
お……お兄…………。
慶子にも天狗が見えたみたいだ。
今は弁慶でいてくれ……。
あのふてぶてしさは、こういう時に発揮するべきだ。
心配いらないよ。
ボクがいるからね。
……うん。
最悪でも、慶子だけはなんとかしないと。
誘拐犯かもしれないし……。
大事な息子さんと娘さんは預かった。
って、言ってたし……。
でも、ここじゃ逃げる場所もない。
かろうじて天狗さんっていうことが安心する要因のひとつか?
昔、世話になったし……。
鞍馬山にいた時だった。
はぁ、はぁ、はぁ
月も出ていないような夜でも、彼らは修行をしていて、牛若は寺を抜け出し、山の裏側に行き、天狗さんから剣術を教わっていた。
ちょこまかと逃げおって!
正々堂々対峙せんか!
それでも武家の子か?
口車には乗せられない!
前にそれで酷い目にあった。
そうだ、ボクは貴族ではない。
武家の子だ!!
正々堂々と勝負だ!
って、天狗さんの前に出たら、
そこかぁ!
って、ボコボコにされた。
ばぁ~か者めが。
素直すぎるにも程があるぞ。
くぅっ!
そこがお主の善きところでもあるが。
え?
まっすぐで気持ちが良いくらいのバカ者だ。
…………。
それが悪いと言ってはおらぬ。
そうでなければ、剣術を教えようとは思わなんだ。
素直な良い子じゃ。
…………。
だがそれでは、今の世は生きられぬ。生きる術を学ばれよ。
なぜワシはお主に声をかけたと思うか?
ああ言うってことは、ちょこまか逃げられるのが苦手なんだ。
ふん!
天狗さんはすぐにこちらにやってきて、木刀を振り下ろす。
牛若はそれを受けて、また走った。
くっそー!
声で場所を知られたか!
次からは声をかけられても、
返事するもんか!
天狗さんとした剣術の稽古は、自分で考える時間が多かったような気がする。
次はどうしたらいいとか、あれはダメだったとか。
考えないと、手も足も出ない。
考えてやっても、全部返された。
でも、考えないで突っ込んでいくだけだったら、すぐに天狗さんは姿を消して、ボクの前に現れなくなってしまうような気がした。
考えて実行しなければ、教わる意味はない。
源氏の復興、平家打倒とかを考えていたわけではなく、教わるのが楽しかった。
考えて裏をけかけて、
なかなか面白い手を
仕掛けてくるのぉ。
と言われると、とても嬉しかった。
天狗さんも、それを楽しんでいるように思えた。
足音も立てないように。
でも素早く。
剣術を将来役立てようとか思っていたわけではない。
だって、天狗さんはとても強くて、ボクが強いなんて思えなかった。
力も弱くて背もそんなに高くないんだから、他の利点を伸ばそう。
やっぱ、愛嬌かな?
ボク可愛いし。
って、思ってた。
天狗さんは強いと思っていたけど、それがハンパなく強かったと知るのは、もっと後のことだった。
走るの疲れた……。
ちょっと隠れよう。
闇に紛れて気配を消せば……。
……………………。
天狗さん、どこにいるんだ?
それまでは天狗さんは目立つ場所にいた。
ここだ。
え?
痛い~。
後ろから木刀で殴られた。
まだまだだのぉ。
ボクにとって、天狗さんといえば、こういうイメージだ。
京にいられなくなる16くらいまで、天狗さんたちに剣術を教わっていた。
奥州平泉に行く時、何人かは一緒に来てくれて、海尊もその一人だった。
海尊と天狗さん……。
まさか、あの時の天狗さん?
←
この人
お面、一緒のような気がする……。
口調が若いんだよね。
でも、無理しているようにも思える。
あの頃は若いからジジイの振りをしていて、今はジジイだから若ぶっているのかもしれない。
区別つかないって。
会ってたの800年以上前なんだし。