天狗さん?

しばらく真っ暗な洞窟を歩いていたけれど、少しずつ明るくなってきた。

電灯のような明かりではなく、石が自然に発光しているような微かな光。

…………。

経次郎

…………。

翔さんがいるであろう場所に、天狗の面をつけた人がいた………。

経次郎

……こっちが魑魅魍魎っていう可能性を考えてなかった。

あ~、うん。
そうか……。
だよな……。

経次郎

そもそも人がいるような場所じゃないし……。

慶子の手がギュッとボクの手を握る。

慶子

お……お兄…………。

慶子にも天狗が見えたみたいだ。

経次郎

今は弁慶でいてくれ……。

あのふてぶてしさは、こういう時に発揮するべきだ。

経次郎

心配いらないよ。
ボクがいるからね。

慶子

……うん。

経次郎

最悪でも、慶子だけはなんとかしないと。

誘拐犯かもしれないし……。

大事な息子さんと娘さんは預かった。

経次郎

って、言ってたし……。

でも、ここじゃ逃げる場所もない。

経次郎

かろうじて天狗さんっていうことが安心する要因のひとつか?

昔、世話になったし……。

鞍馬山にいた時だった。

牛若

はぁ、はぁ、はぁ

月も出ていないような夜でも、彼らは修行をしていて、牛若は寺を抜け出し、山の裏側に行き、天狗さんから剣術を教わっていた。

ちょこまかと逃げおって!
正々堂々対峙せんか!
それでも武家の子か?

牛若

口車には乗せられない!

前にそれで酷い目にあった。

牛若

そうだ、ボクは貴族ではない。
武家の子だ!!

牛若

正々堂々と勝負だ!

って、天狗さんの前に出たら、

そこかぁ!

って、ボコボコにされた。

ばぁ~か者めが。
素直すぎるにも程があるぞ。

牛若

くぅっ!

そこがお主の善きところでもあるが。

牛若

え?

まっすぐで気持ちが良いくらいのバカ者だ。

牛若

…………。

それが悪いと言ってはおらぬ。
そうでなければ、剣術を教えようとは思わなんだ。

素直な良い子じゃ。

牛若

…………。

だがそれでは、今の世は生きられぬ。生きる術を学ばれよ。

なぜワシはお主に声をかけたと思うか?

牛若

ああ言うってことは、ちょこまか逃げられるのが苦手なんだ。

ふん!

天狗さんはすぐにこちらにやってきて、木刀を振り下ろす。

牛若はそれを受けて、また走った。

牛若

くっそー!
声で場所を知られたか!

牛若

次からは声をかけられても、
返事するもんか!

天狗さんとした剣術の稽古は、自分で考える時間が多かったような気がする。
次はどうしたらいいとか、あれはダメだったとか。

考えないと、手も足も出ない。

考えてやっても、全部返された。

でも、考えないで突っ込んでいくだけだったら、すぐに天狗さんは姿を消して、ボクの前に現れなくなってしまうような気がした。

考えて実行しなければ、教わる意味はない。
源氏の復興、平家打倒とかを考えていたわけではなく、教わるのが楽しかった。

考えて裏をけかけて、

なかなか面白い手を
仕掛けてくるのぉ。

と言われると、とても嬉しかった。
天狗さんも、それを楽しんでいるように思えた。

牛若

足音も立てないように。
でも素早く。

剣術を将来役立てようとか思っていたわけではない。
だって、天狗さんはとても強くて、ボクが強いなんて思えなかった。

牛若

力も弱くて背もそんなに高くないんだから、他の利点を伸ばそう。

牛若

やっぱ、愛嬌かな?
ボク可愛いし。

って、思ってた。

天狗さんは強いと思っていたけど、それがハンパなく強かったと知るのは、もっと後のことだった。

牛若

走るの疲れた……。

牛若

ちょっと隠れよう。
闇に紛れて気配を消せば……。

牛若

……………………。

牛若

天狗さん、どこにいるんだ?

それまでは天狗さんは目立つ場所にいた。

ここだ。

牛若

え?

牛若

痛い~。

後ろから木刀で殴られた。

まだまだだのぉ。

ボクにとって、天狗さんといえば、こういうイメージだ。

京にいられなくなる16くらいまで、天狗さんたちに剣術を教わっていた。

奥州平泉に行く時、何人かは一緒に来てくれて、海尊もその一人だった。

経次郎

海尊と天狗さん……。

経次郎

まさか、あの時の天狗さん?


この人

経次郎

お面、一緒のような気がする……。

経次郎

口調が若いんだよね。

でも、無理しているようにも思える。

経次郎

あの頃は若いからジジイの振りをしていて、今はジジイだから若ぶっているのかもしれない。

区別つかないって。
会ってたの800年以上前なんだし。

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