山根さんも帰ったことだし、僕も帰るか。




 ……いやいや、ボウリングだった。




 山根さんとの会話が意外にも心地よくて、すっかりメインイベントを忘れていた。



 僕は足早に正門を目指した。



 しかし、正門付近までたどり着いたとき、僕は大事なことを思い出した。


 というより、大事なことを忘れていた。




 なんと、ボウリング場がどこにあるのか聞いてなかったのだ。


 そもそも僕は学校付近を含めて、町のどこに何があるのかほとんど把握できていない。




 確かに場所を聞いていなかった僕にも落ち度はある。


 だが、アキオ君は僕の歓迎会だと言っていた。


 にも関わらず、僕を待たずに行ってしまった挙句、場所を教えないというのはいかがなものだろう。

 場所がわからないのではどうしようもない。




 僕は、普通の高校生なら誰もが持っているであろう携帯電話を持っていなかったのだ。





 斜めから差したオレンジ色の日差しで、校舎や木の影がニューっと伸びている。



 途方に暮れた僕は、しばらくじっとりと放課後の校庭を見ていた。


 すると、正門に見覚えのある人物が立っているのに気がついた。




 僕は小走りで彼のもとへと向かった。


 そこにいたのはイケメンスポーツメンの卜部君だ。

うらべっち

あ、渡利……であってるよな

 卜部君が僕に気がつき、そう言った。

うらべっち

あいつら、大丈夫大丈夫とか言って先に行っちまったけどさ。
お前、場所知らんよな

 ああ、なんていい人なんだ。


 彼は僕のことを待っててくれたのだ。


 イケメンでスポーツメンでいいやつメン。


 非の打ち所がなさすぎる。

渡利昌也

じ、実はそうなんだ。
ありがとう、卜部君。
助かったよ

うらべっち

うらべっちでいいよ。
俺もわたりんって呼ぶことにするわ。
行こうぜ

 彼は表情を変えずに淡々とそう言って歩き出した。



 彼の優しさに答えたい。


 ここは頑張ってあだ名で呼んでみよう。

渡利昌也

あ、えと。
う、うらべっち……君

 ああ……‘君’を付けてしまった。


 まだまだ難易度が高かったか。

うらべっち

はは、やっぱいきなりだと言いづらい?
でも慣れるまで続けてくれよ、わたりん

 彼の話し方は実に自然体で羨ましい。

うらべっち

んで?
なんか聞きたいことあった?

渡利昌也

いや、大したことじゃなくて。
う、うらべっち……ってバスケやってるんだよね

 うらべっち君のことは、アキオ君から少しだけ聞いていた。

うらべっち

そうだよ。
わたりん、バスケ興味あんの?

 おっと、こいつはヤブヘビだったか。



 僕は運動が苦手なのだ。


 『スポーツといえば』ですぐさま連想されそうなバスケに、興味などあるわけがない。

渡利昌也

とんでもない。
僕なんてとてもとても

うらべっち

はは、そんなかたくなに拒否ることないじゃん。
そういや、わたりんは部活やってないのか?

 部活……。




 中学のときは友達に誘われて、流されるまま卓球部に所属していた。


 もっとも、その卓球部自体が弱小だったし部員もさほどやる気がなかった。


 僕自身もちょいちょい顔を出す幽霊部員のような有様だった。




 そういえば高校生になってから、あまり部活について考えたことがなかった。



 学校は苦痛の対象であり、早く帰ることしか頭になかった。



 家に帰ったところで、満たされる何かがあったわけではないのだが……

うらべっち

別にバスケじゃなくていいけどさ。
なんかやってみるのもいいんじゃね?
絵が趣味なんだろ?

渡利昌也

え?
なにそれ

うらべっち

なにって。
初日でお前、言ってたじゃん。
趣味は漫画と絵を描くことだって

 確かに、おぼろげにだが自己紹介の時に言った覚えはある。




 実のところ趣味が漫画だけっていうのも印象が良くない気がして、時間つぶしにやっていた落書きを、さも立派な趣味がありますと言い換えただけだったのだ。

うらべっち

んー、まあいいや。
部活やってみたほうがってちょっと思っただけだよ。
あんまり気にしないでくれな

 僕が答えに困っているのを察したのか、部活の話題をお開きにしてくれた。



 ただ、そこから会話が完全に途切れてしまった。



 無言の中、僕らは歩く。



 シャッターが閉まった呉服店。


 レジ前でおばちゃんがボーッと座っている時計屋。


 数名のお客さんが談笑しながらお茶している、見たことのないファーストフード店。





 そんなお店が一直線に並んだ閑静な商店街を、二人で黙々と歩いていく。

うらべっち

ほい。
着いたぜ

 商店街を抜けて少し広めの道路に出たとき、うらべっち君が前方斜め上を指差した。



 その先には、屋上に大きなピンが飾られている、実にわかりやすいボウリング場がそびえ立っていた。


 屋上のピンは下半分が黄ばんでおり、年季の入りようを物語っている。






 ボウリング場の中に入ると、ひときわ騒いでいるレーンがあった。


 その中でもさらに飛び抜けてはしゃいでいるアキオ君の姿が目に止まる。




 あれ?




 てっきりアキオ君とホアチャー君だけかと思ったら、ざっと見ただけでも十人近くの男
女がいた。



 楽しみだったはずの僕の内面は、ただただ緊張と不安で埋め尽くされていった。

うらべっち

来たぞー!

 うらべっち君が彼らに向かって叫んだ。

アキオ

おっせぇぞ、うらべっちー!

 アキオ君がうらべっち君にハイタッチした。

ゴミ捨てご苦労

 チリ取り君が僕に言った。



 ん?


 チリ取り君までいるじゃあないか。


 となりにはホウキさんまでいる。


 僕らを置いてさっさと帰った二人がこの場にいるなんて、これはいったいどういうことだろう。



 とりあえず、空席を見つけて座った。


 アキオ君がボールを勢いよくガーターへ投げ込んで、僕のところへやってきた。

アキオ

今日は楽しもうぜ。
なにせお前の歓迎会だからな

渡利昌也

うん。
ありがとう、アキオ君


 人見知りを発動させた僕の、これが本日最後の言葉となった。

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