放課後。
僕は掃除当番だったんだ!
ということを思い出した。
遊ぶ約束をした日に限ってこれだ。
まったくもってツイてない。
放課後。
僕は掃除当番だったんだ!
ということを思い出した。
遊ぶ約束をした日に限ってこれだ。
まったくもってツイてない。
はは、馬鹿だな。
サボれサボれ
ホウキを持ちながら謝る僕に、アキオ君が当然の如く言った。
さすがにそれはちょっと。
他の当番の人もちゃんとやってるし
正しいことを言ってるはずだけど、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
仕方ねぇじゃん。
先に行ってようぜ
そうね。
んじゃ、掃除終わったらさっさと来いよ
アキオ君とホアチャー君はそう言って、足早に去っていった。
薄情だなぁ、待っててくれないのか。
僕は彼らと本当の友達になれているのだろうか。
僕はそんな不安を振り払うように、手に持ったホウキでゴミを掃き散らした。
教室の前から後へと掃きすすめる。
そして後方窓際付近に到達した、そのときだった。
渡利さん、琴葉さんとゴミ捨て行ってくださるぅ?
突然、誰かがそう言った。
渡利というのは僕のことだ。
それはわかる。
掃除をやってるわけだからゴミ捨ても理解できる。
不可解なのはその声だ。
まるで子供の声だった。
もしかしたら掃除当番の女子の中に、そういう声の持ち主がいるのかもしれない。
その声は窓の外から聞こえた気がした。
窓の外はベランダのようになっており、人が立つスペースはある。
だが、ベランダには誰もいなかった。
考えても答えが出そうにないので、集めたゴミを回収している二人組に聞いてみることにした。
あ、あの
はい?
ホウキで掃いている方の女子が返事をした。
今、僕に話しかけました?
ホウキの女子が眉を寄せた。
心当たりがない様子だ。
琴葉さんという人とゴミ捨てに行ってくれって。
誰かが僕に頼んだみたいなんですが
琴葉?
ホウキの女子はその名前に覚えがないらしい。
あー、琴葉って確かねぇ
チリ取りを持っていた男子が、名前の主を知っている様子だった。
山根さん
チリ取りの男子は、窓を拭いている女子に向かってそう言った。
山根さんと呼ばれた女子は、スローな動きでうつむき加減に窓を拭いている。
長い髪がそのうつむきのせいで垂れ下がり、横顔が見えない。
は、はい?
わわ……わたし……ですか?
その女子は必要以上に怯えた様子でこちらを振り向いた。
彼女は転校初日に見かけたボッチさんだった。
メガネが相変わらず光っている。
確か下の名前って琴葉だったよね
は、はは……はい
彼女はつっかえながら返事をした。
渡利君が山根さんに用があるってさ
僕は別に用などない。
ゴミ捨てを頼まれたという事実確認がしたかっただけだ。
な、なな!
なんでしょう
なんでしょう、と言われても困ってしまう。
えっと……僕たちゴミ捨てお願いされちゃったみたいでして
僕はそう言って引きつった笑顔を彼女に向けた。
誰にお願いされたのか、その疑問が解決できていないんだが……。
助かるよ。
お願いな
チリ取り君が流れに乗ってそう言った。
ゴミ捨て頼んだっけ?
ホウキさんはちゃんと疑問に感じているようだ。
なにせ掃除当番は僕ら四人。
ホウキチリ取りペア以外にゴミ捨てを頼む者はいないはずなのに、当の本人たちは覚えがない様子なのだ。
あの二つね。
よろしく
チリ取り君は僕の抱えている疑問などお構いなしに、二つのゴミ袋を指差した。
なんか急にすいません
僕はなんとなく山根さんに謝った。
い、いえ。
めめめ滅相も……
彼女の喋り方は常に早口で低音だ。
俗に言うコミュ障ってやつの典型だと感じた。
二つのゴミ袋を山根さんと山分けし、僕らは教室を出た。
これ、どこ持っていけばいいんですか?
つつ、ついてきていただければ
山根さんは言葉を発するたびにどもっていた。
普通の人にはこの喋り方が、滑稽で笑えるのかもしれない。
だが、僕にはわかる。
友達を作り損ねたあの頃があるからわかるんだ。
僕も突然話しかけられると、早口になったり声が裏返ったりした。
その度に、なぜ僕はこうなのだと自己嫌悪して悲しくなった。
今の彼女もそうなのだろうか。
そう思うと山根さんに対し、やるせない気持ちになってきた。
あの……山根さん
僕は山根さんに声をかけてみた。
彼女への共感によるところも大きいが、女子としゃべれない僕でも彼女が相手なら気負いすることなくしゃべれる気がした。
は、はは……はい?
大したことじゃないんですけど。
山根さんって休み時間になにか描いてるのをよく見かけたから。
絵を描いてたりするのかなって
は、はひ?
山根さんの声が裏返った。
ちょっと深入りな質問だったかな。
いや、なんとなくそんな気がして
あ、あれはですね。
プ、プロットといいまして……ただそれだけです、はい
プロットってなんだろう。僕は首を傾げた。
その、漫画とかの……私、マン研なものですから。
あ、マン研というのはですね。
漫画研究部というものでして
要領を得ない説明だけど、とりあえず山根さんが漫画研究部に所属していることだけはわかった。
漫画描いてるんだ。
すごいな。
読んでみたい
めめめ、滅相もございませぬ。
と、とても人様の目に触れるほどの作品で……あ、ありませぬゆえ
彼女は腰を曲げ、右手で拝み手を作り、その右手を小刻みに上下させた。
まるで江戸時代の風来坊がすれ違いざまに「ごめんなすってぇ」と言ってるようだ。
山根さんと雑談している間に、ゴミ収集所へとたどり着いた。
既にパンパンに詰まっているゴミ収集箱のフタを空け、僕の持っているゴミをねじ込んだ。
そして山根さんの持っているゴミを受け取ろうと、僕が手を差し出した時だった。
よ、読んでいただけ……ますか?
山根さんは両手でゴミ袋を持ちながら言った。
突然だったので一瞬なんの話かわからなかった。
ま……漫画!
です
え?
いいの?
正直僕は驚いた。
読んでみたいとは言ったものの、彼女が実際に読ませてくれるとは思ってもいなかった。
なんで……見せてくれるの?
僕の方からお願いしておきながら、あまりの意外さに妙な質問をしてしまった。
お、面白い漫画を……描くには第三者のですね。客観的な意見も必要でして
山根さんは少し間を置いた後、更に話を進めた。
な……内緒にしてもらえますか?
わ、渡利さんにはちゃんと、読んでいただきますんで
僕にだけ読んで欲しいということだろうか。
暗くてボッチでメガネが反射しているとはいえ、女子に特別扱いされたことに僕は少なからず舞い上がった。
な、なんか今の。
偉そうでした。……すいません。
よ、読んでいただけたら、助かります
あの……なんで他の人には内緒なの?
そんなの恥ずかしいから、馬鹿にされるのが怖いからに決まっている。
それを予見しておきながら、僕はあえて質問した。
読みたくなければ……む、無理にとは。
無理を言って……すいません
ご、ごめん。
ぜひ読ませてください。
ほんと、読んでみたいんで
え?
あ。
は……はい。
お願いします
もしかすると山根さんも、僕に対して自分に近しいものを感じたのかもしれない。
僕ならバカにせず読んでくれると思ったのではないだろうか。
教室へ戻ると誰もいなかった。
既にホウキチリ取りペアは帰ったらしい。
あ、帰ったみたいだね。
僕らも帰ろうか
はぁ……ではでは、失礼します
山根さんは自分の席に掛けていた手提げカバンを取り、ささっと教室を出て行った。